第14話 コゼルト薫香店
ミリオンに何とも言えない危なっかしさを感じた男は、目に見えて焦りをみせる少女に、掛ける言葉を変えてみることにした。
「もし、あなたの次の目的地まで時間が掛かるのでしたら、一つご提案がございます。今日はもう暗い……。こんな中、恩人に何も返さず別れたとあっては商売人の風上にもおけないとの謗りは免れません。私も小さな小間物屋を営む身です。どうか、私のためだと思って恩返しをさせてもらえませんか?」
こっそり立ち去ろうとしていたミリオンは、思いがけない丁寧な誘い文句に、パチパチと目を瞬いた。
「わたしに仰ってますか?」
「はい? 可愛いお嬢さん、あなた以外に私の命の恩人はいませんよ」
「何かの間違いでは?」
「いえいえ、店を出たところでさっきの破落戸たちに攫われて、身代金の種にされるところだった私を、ゴーストの魔法で助けてくださったのは、紛れもなくお嬢さんですよ」
「ゴーストでは……」
どこまでも謙虚な反応を返し、むぐぐ・と口籠ったミリオンに男が苦笑しつつ畳み掛ける。
「私を助けると思って、恩返しをさせてください」
笑顔を向けてくれたボロボロの男の人に案内されて進む先は、何故か人目につきにくい道ばかりだった。
なんでだろうと呑気に構えていたのはミリオンだけ。男はワケアリな恩人少女の助けになろうと苦心していたのだけれど、物珍しげに辺りを見回すミリオンにその心遣いは残念なほど響いていない。
2人は、男のお節介の甲斐あって、誰の目にもつかないまま、彼の営む「コゼルト薫香店」に辿り着いた。
「旦那様!! よくぞご無事でっ」
勝手口の扉を開けるなり、ミリオンよりも少し年上くらいの少年が勢い良く男に飛び付いた。あまりの勢いに、ただでさえボロボロの男は二三歩後ずさり、ミリオンは「お邪魔いたしま……」と言い掛けた口の形で固まる。
「やぁ、ペシャミン。心配かけたみたいで悪かったね」
呆気に取られたミリオンに苦笑を向けつつ、男――店主コゼルトは、胸元にしがみついている少年ことペシャミンの頭をポンポンと宥めるように撫でる。泣くのを堪えて顔を伏せるシャミンは、そばかすの散った頬を赤く染め、栗色の髪にスッキリとサイドを刈り込んだショートカットの頭を微かに震わせている。纏うのは清潔感ある白のブラウス、焦げ茶色のスラックスで、隙の無い店員の姿だ。けれど、コゼルトに甘えている様子は、彼を風貌以上に幼く見せる。
「裏の林に採取に出ていた
「いやー……ははは」
コゼルトは、まさにその人攫いに拉致されて、手酷い扱いを受けてきたところなのだが。安堵のあまりうっすら涙を浮かべるペシャミンに、正解だとは言い出せない。
「良いですね。心配してくれる人がいるって」
ポツリとこぼれた言葉で、ようやくペシャミンはミリオンの存在に気付いたらしい。特に言葉はなかったけれど、視線が害虫を見付けた時のソレに変わった。その反応は、これまでミリオンが何度も目にしたものだったから、すぐにピンときた。
「あなたはわたしを『できそこない令嬢』だって知っているのね」
確認のつもりで、淡々とした口調での問い掛けだったにも拘らず、コゼルトがハッと大きく目を見開いてミリオンを見詰め、次いで鋭くペシャミンを振り返る。思いがけず、主人の咎める視線を受けたペシャミンは、ばつが悪そうに視線を泳がせ「だって……みんな噂してます」と、消え入りそうな声で話し始めた。
「この店に来る、貴族の使用人の中には俺と年の変わらない子もいっぱいいて。それで、その子たちもやっぱり同じように年の近い主人から聞かされてるんです……」
「ペシャミン、お客様との交流は貴重なものだけれど、語られる言葉には
無責任な噂話と、実際に経験して知り得たモノの信憑性について問われているのに気付いたペシャミンは、ぐっと息を詰まらせる。けれど、奉公先の主人であるコゼルトから話の先を促されては、引き下がることも出来ず、しぶしぶ口を開いた。
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