Les passagers de la nuit / 午前4時にパリの夜は明ける
ひとつ前に観た映画の予告編で知った「午前4時にパリの夜は明ける」。どうにも仕事が忙しくて、ずっと観に行こうかどうしようか迷っていたのですが、結局上映終了のぎりぎりで行ってきました。
ザ・フランス映画、です。
地下鉄か電車なのだろうか、駅構内に設置された地図を見上げて指で辿る黒髪の少女。路線図の点々と灯る小さなライトは星座のように輝いていて、一見、少女の道標にも見えるのだけれどその表情は硬いまま。
未知の世界には、期待よりも不安が大きくなるものですよね。
そしてもう一人。
夫と別れ二人の子供を育てることになった主人公エリザベートもまた、一九八一年五月の、フランス大統領選で沸き立つパリの街を不安を抱えながら眺めていました。それもそのはず、今まで子育てだけでまともに仕事をしたことも無い。私が聞いても、「あぁぁ……」と思うような失敗をして即解雇。
生活があるのに。
子供たちを育てなければならないのに。
年老いた父親が救い手を伸ばしてくれるけれど、そればかりに甘えていられない。エリザベートはやがて深夜のラジオ放送の仕事につくことになり、そこで出会ったのが黒髪の家出少女タルラでした。
ラジオ局の前のベンチでカフェが開くのを待つ。行き場のないタルラを自宅に招くエリザベート。厚意からやがてタルラは一緒に暮らし始めることに。
生活が厳しいにもかかわらず、困っている人がいると放っておけない主人公の物静かな優しさと繊細さは、私の中のフランス人のイメージとは少し外れた主人公です。こう、自分の意見はガツンと言う気の強さは無くて、深夜にこぼすリスナーの悩みにそっと耳を傾けるという。
作品の雰囲気も、そういった日々の暮らしを一枚一枚重ねていく。お菓子のミルフィーユみたいにほんのわずかな力で崩れるような、繊細な物語のように感じました。
将来に悩む、高校生の息子マチアスの誠実さや、その姉ジュディットの明るさ。日々を懸命に生きるエリザベートの優しさに触れて涙するタルラ。やがて小さな恋も芽生えていくけれど、そこでハッピーエンドとならないのが人の難しい所ですよね。
淡々と流れていく日々の様子は、人によっては少し退屈に見えるかもしれません。それでも何でもないような毎日が大切なのだということは、この数年に世界を襲った疫病からも身に染みたことです。
乾いた昼の光と寒々とした夜の狭間を繋ぐ、霧がかった柔らかな夜明け。
八十年代でありながら近未来都市のようにも見えるマンションからの景色や、タバコを片手に遠くを見つめるエリザベートの横顔は――絵になります。
彼女らが暮らす部屋の空気感といい、もう、創作欲を刺激されまくりです。
冒頭から七年が過ぎていく物語は、家族が成長していく話でもあります。
その中で、母から女として前を向いて行くエリザベートと孤独に生きる少女タルラは、一つの対比のように観る人たちを惹きつけていくのがいいですね。
この物語がハッピーエンドであるかどうかは、登場した人たちが人生を終えるその時に決まるのでしょう。
長い人生の中にあった、大切な時間をそっと見せてもらった。
そんな心地で映画を終えて、やっぱり観て良かったと思う作品でした。
監督 ミカエル・アース
主演 シャルロット・ゲンズブール(エリザベート)
ノエ・アビタ(タルラ)
二〇二二年 / フランス
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