第55話

 老紳士の名は、岸秀夫という。

この、目に異様な力を宿した中肉中背の男は、一代で巨大な企業グループを築き上げた。

 しかし、その経歴は、貧しい家庭に育ったということ以外、何一つ知られていない。

 財界でも重要な地位に居るだけに、その気になれば自伝などの書籍をいくらでも出版出来る程の人物だが、新聞や雑誌、テレビやSNS上の情報媒体には、一切姿を見せなかった。どのようにして、自らの情報を管理しているのか、それさえも謎なのである。

 彼が、ここまで大きな存在になれたのには、その手法に原因があった。

 ある程度の規模の企業に狙いを定め、その企業の支配権を乗っ取ってしまうのだ。


 そのやり方を貫く為に、彼は、「情報」というものを重視し、最大限活用した。

 対象とする企業の財務面だけでなく、経営幹部の公私両面にわたる細かな情報まで調べ上げるのを常としていた。

 乗っ取る手法も様々だ。

 多くの場合は、公開されている株式を買い占めるのだが、人を送り込んで内部から支配してしまう場合もあった。


 情報を重視する以上、それへの出費を惜しむことは、一切しなかった。

 岸とともに秘密主義を徹底してくれて、仕事が確かで、最高品質の情報を提供してくれるなら、個人・会社を問わず取引をし、相手の言い値を支払う。

 それだけに、逆の場合は、情け容赦が無かった。


 今日、秘書である若い男と共に訪れた会社は、信用情報を扱うこの業界で最も大きく信用のある会社であると言われている。

 岸というこの初老の男が、今日の地位を築くにあたって、この会社から買った情報がどれほど役に立ったか知れない。

 個人であれ、企業であれ、この会社の持つ優れた情報収集能力にかかれば、一切の秘密が白日の下にさらされてしまうのである。

 後は、岸がその情報を元に、「対象物」をゆっくりと料理していけば良いのだ。

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