10/5 青いハンドル
彼が不意に私を見て、言った。お前はずっと、俺のもんな。言われなくてもずっと前からそうだよって、言いたかったけど、そんなこと言ったら拗ねちゃうから駄目だよね。だから言わない。黙って俯いて、恥ずかしそうな顔するだけよ。もしくは何それって、むくれて睨むだけよ。最近の彼は、そういう生意気な感じが好きだから。
ずっと前から気づいてた。彼が浮気してることは。何年彼のことを見たと思っているの。連れ添ってからも何年愛してきたと思ってるの。その位、直感で分かる。逆に分からなかったら、おかしいわ。
浮気って、どこまでがセーフでどこまでがアウトなんだろうか。人による、気の持ちようって言うけれど、やっぱり現在進行形で苦しんでいる連れ合いの立場としては、縋れるものが、欲しい。
繊細な人なら手を繋いだだけでも駄目だし、何なら見つめ合っただけで怒り狂う人もいる。そういう激しい態度が取れる人は、やっぱり相手に認められているんだろう。そんな態度を取ってもいい女として認められ、許されている。私もそういう許しが欲しい。それだけがあれば、何もいらない。それさえあれば、後は本当に気の持ちようで、何とでもなると思うから。
私は当たり前の前提としての許しを、彼に与えられていない。それは認める。でも同じことをこれだけ愛した人にしたいとは思わないから、彼の与えないという甘えを許してしまっている。キスをしても平気だし、二人きりで旅行に行かれてもいい。子どもを作られてもいい。その子供を、押し付けられそうになったとしても。
あの頃とは真逆の立場、だけど後悔はない。後悔してはいけないから今はぎりぎりの所で踏みとどまっている。でも私は優しいし、子供に対してもそうだから、半年後、いや三ヵ月後には結局、彼の言うことを聞いてしまうと思う。私達には子供がいないから、彼と知らない女の子の面影のある子供を自分の子として育てていける。私の腕の中で泣いている子にミルクをあげて、それをあやしながらご飯を作って、椅子に座らせてそれを食べさせて、その食器を何も言わずに片付ける。ほら想像したら多分出来る。と言うか、出来ないと人間じゃない。だって出来ないと、その子野垂れ死ぬ。
・・・でもその先は、どうだろう。はいはい出来るようになって、言葉を覚えて、いっちょ前の生意気な口も利くようになる。毎朝着ているものに文句を言いながら何でも自分でやりたいやりたいと泣き叫ぶようになったら、私はその子を、まだ愛せる? 分からない。だってこれは彼がいつもやって来たことでもあるから。仕事を盾に私を言い負かし、結婚記念日のプレゼントの服のセンスがないと言い、自分は慰謝料の支払いを滞らせるくせに私のことは信用出来ないから行動を全て報告させる。不倫していた頃から兆候はあったけれど、再婚してからそれはより顕著になった。
ああ彼の嫌な所が、そうなればどんどん似てくる。当たり前だよね親子なんだから。もしそうなったらこの先の人生、彼の嫌な所に私は包囲されながら生きていくことになる。一時の若気の至りに囲まれるだろう。ねえ、これは罰? このまま進んだらやっぱりダメなのかな。まるで青いハンドルみたいなもやに、ぐるぐるぐるぐる取り巻かれていくみたい。でもだからと言って引き返すことなんて、もう出来ないと思うんだけど・・・。
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