第52話:鍵
ソニアが一人で南大陸へ発った日。
俺とジークは並んで、領主の館、その主人の寝室前で待ちぼうけを食っていた。
療養中であるアーディン・フォウルズの面会待ちなので、仕方ない。
それに、時間があるのはありがたかった。
おかげでゆっくりと、兄であるジークフリード・レッドフォードに、ソニアを一人で南大陸へ向かわせた事情を説明できたのだった。
「ソニア様は、この街の状況を大変に憂慮しておりまして……見送りはいいから、とにかく早くなんとかしてあげて欲しいとの事でして……」
俺はしどろもどろになっていた。
常識的に考えて、めちゃめちゃ怒られることになるからだ。
俺の説明を聞き終わったジークは怒るでもなく、呆れた様子だった。
「まさか、ここまでお転婆とはな」
続く言葉を待っていると、意外な一言がジークの口から出てきた。
「公爵閣下のこと知っているのか?」
ジークは顎に手を当てて、虚空を睨んだ。
「公爵閣下?」
話の流れからして、ソニアの家の家長……お父さんにあたる人か?
「なんのことです?」
「なんだ、知らんのか。……大した行動力だな」
「それって……」
「
ジークは一瞬あたりを見回し、そっと呟いた。
「え!?暗さ……」
あまりに驚いてつい大声を出しそうになったところを、ジークの手が俺の口を塞いだ。
「バカ、大声で言うな」
「あ、ああ……すみません。でも、それって……あまりにも……」
「うむ。……俺の時と似ている。不運な事に、閣下の場合は応急処置も間に合わなかったようだが」
(応急処置って、あの、刺された腹を凍らせたやつのことか?)
執事や兵士から何度か聞いた、ブラックロッドから腹を短剣で刺された際、氷の魔法を使ったのだとか。
巷では氷の美青年と女性から騒がれてるのは知ってるが、まさかそんな無茶苦茶な緊急措置をするような男だとは知らなかった。
後で聞いてみると、「必要だからやったまでのことだ。お前が禁断領域の〈帰らずの森〉に行っていたようにな」と返されてしまい、ぐうの音も出なかった。
しかし――暗殺だなんて今の今まで知らなかったが、ソニアにとっては実父だ。
追放した張本人とはいえ、自分の父親が殺されたなどと知ったら、ソニアはどんな顔をするだろう。
「ブラックロッドは公爵閣下ともなんらかのつながりを持っていたのだろう」
ジークが話を元に戻した。
「公爵閣下という位の人物は、いかに王宮での地位があろうが、なんのつながりもない人間が気軽に会えるような人種ではないからな」
「つながり……」
一瞬、脳裏によぎったのは奴が戦闘の際に口走っていた〈ユルティム〉とかいう言葉だった。
断言するが、〈ウィズダム戦記〉には〈ユルティム〉などという用語は存在しない。
そのあたりがカギとなるような気がするのだが……。
(結局のところ、奴の正体が問題か)
なんか考えるのが面倒になってきたが、ともあれそういうことだ。
「あの」
おずおずと話に入ってきたのは、カローブルック領主の息子、ジェラール・フォウルズだった。
顔も服装も整っているが、八の字になった眉といい顔色といい、その表情は緊張と不安でいっぱい、といった風情だった。
「父が目覚めました」
「ああ、これはどうも」
俺との会話から一変して急に表情を崩し、さわやか好青年の笑顔で応対するジーク。
いいな、この変わり身。〈ウィズダム戦記〉でも社会人のスキルって必要だな。
「できればすぐにでも今後の事について協議させていただきたいのですが……」
申し訳なさそうにジークがいますぐの面会を申し出ている。
「はい。レッドフォードの人達を待たせていると言ったら……あの、すぐに来ていただけ、と言ってます」
「……そうでしたか」
さすがに無理だろ、と内心思っていたのだろう。返答にわずかな間があった。
俺も無理だとばかり思っていた。
戦闘後の療養中に寝室に押しかけているのだから、普通は怒るところだ。
(まあ、それだけ緊急時だという意識があるのかもな……)
あまり深く考えず、俺とジークは背を丸めたジェラールに促され、寝室へ入った。
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