第40話:カローブルックへ

 出発前、屋敷から軽装で現れたグスタフが俺達に言った言葉は簡単なものだった。


「俺から、いまさらごちゃごちゃと言う事は無い。ともかく、元気でな。また会おう」


 この簡単な言葉で、兵士達はもとより、俺とジークも身が引き締まる思いだった。

 信頼と責任を今更ながらに感じずにはいられない。


(これが当主の言葉かぁ……)


 貫禄が違いすぎる。



 そんなこんなで、俺とジーク、そしてソニア。

 そして――名目上、俺が指揮権を持っている事になっている騎士団の旅が始まった。



 旅、といっても自由気ままではない。先々の予定もあれば、他人の目もある。


 想像とは違っていたものの、少なくとも寂しさは全くなかった。



「エルトリッド様!今から剣の手合わせをするのですが、俺とこいつ、どちらが上なのか見届けては頂けませんか!」


「……いいけど、ケガさせた奴は負けにするからな」



「エルトリッド様!見てください、レッドミノタウロスがこちらを見ただけで退いていきます!」


「え?そんなことあるのか?」


「私も今まで見た事はありませんが、いかがいたしましょう?討滅いたしますか?」


「いや、手を出してこないなら放っておけ」



 血の気が多すぎる。

 そして、あれだけレッドフォードに対する脅威の尖兵だったモンスターが子犬のように遠くで威嚇しては、遠くの森や岩陰に隠れていく。


「拍子抜けね」


 すっかり馬に慣れてしまったソニアが馬上から話しかけてくる。

 右手には当然のように戦槍が握られている。グスタフから送られた餞別だ。

 俺が兵士に槍を無心したところ、なぜかグスタフにまで話が回ったらしく、幾人もの兵士を伝って渡された逸品……だと思う。



「あの時の感触が残ってる間にもう一回槍を合わせたかったのだけど」


 俺なんかよりよほど勇敢な言葉。

 赤を基調とした旅装の上に、白銀の肩鎧と胸当て。



「ソニア、騎士っぽくなったね」


「そう?誰のせいかしらね」


 満更でもなさそうに、ソニアは明るく笑ってくれた。



 §§§§§§



 中央大陸の東、辺境に面した地方都市カローブルック。

 現在、カローブルックの領主を務めるアーディン・フォウルズ伯の屋敷では、緊急会議が開かれていた。


「皆、よく集まってくれた。さっそくだが、確認したい。街に迫っている危機について知らない者はいないか」

 そう言ってアーディン伯が見回すと、皆が緊張した面持ちで見返してくる。



「都市の近くでモンスターが集結しているとか聞きましたが、やはり事実なのですか」


「その通りだ。その事について、今後の方策を練りたい」


「モンスターが集結している理由については?」


「不明だ。現在調査中だが、差し当っては都市に迫る脅威をなんとかしたい」


「モンスターの規模は如何ほどでしょうか?」


 そこは意図的に隠した情報だった。

 が、これ以上隠し通すことはできない。意を決して口を開く。


「正確なところは分かっていないが……およそ100、とのことだ。東方面で集団を形成しているらしい」


「100!?」



 議場がざわつく。

 それはそうだろう。


 モンスターとは、原理が不明ながら自然発生し、あとは本能のまま暴れまわる存在だからだ。


 このように明確な意図をもって集結して軍団を形成する例など聞いたことがない。


 もちろん、その対応方法もよくわかっていない。


 そして、アーディン・フォウルズをはじめとして、カローブルックの貴族たちには数百、数千の兵団を率いたような戦闘経験はない。


「信じがたいことだとは思うが、まず間違いない」


「すぐに動かせる兵の数は?」

 青ざめた表情の貴族が助けを求めるように聞いてくる。


「都市の常備兵としては100といったところだが……他はどうか」


 努めて冷静にアーディンは尋ねた。声が震えなかったことに内心で胸を撫で下ろす。


 100対100。

 数字上では拮抗しているが、1人の兵士が確実に1体のモンスターが倒せるかというと、不安が大きい。


 確実に勝利して都市を防衛するためには、3倍の兵力――つまり、あと200以上の兵力が欲しいところだった。


(いや、実を言うと戦闘後の治安維持なども含めるともっと欲しいところではあるが、今は言うまい)



「私の部隊は訓練中の連中を呼び戻せば、50ほどとなります」


「私のところは……30ほどですね」


「首都からの要請で北伐に派兵しておりますので、私のところからは…」



 貴族たちの話をまとめると、なんとか300ほどは確保できそうだった。


(しかし、何人残るのか……)


「フォウルズ様」

 従兵が室外から入ってきた。


「なんだ、会議中だぞ」


「それが、首都から使者が来ておりまして……陛下からの伝言を携えている、とのことですので」


 他でもない国王陛下からの伝言となれば、どうあがいても邪険にはできない。

 アーディンはあきらめたように嘆息した。

「……わかった。なんという使者だ?名は?」


「はい。ブラックロッド卿、という方です」

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