第12話

「大将、お代わり!」

「月ちゃん、飲み過ぎじゃないかい?薄くしておくからな。その分料金も負けとくよ」


 月代の隣には、ただ氷だけが解けてしまった、生絞りレモンサワーのグラスが1つ。

 グラスの上には、半分に切られたレモンが乗ったまま。

 新たに運ばれてきた生絞りレモンサワーの半分のレモンを手に取り、器具を使って果汁を絞る。

 レモンの酸味と苦みが、陽太の幻影を月代に見せるかのように辺りに漂った。


「陽ちゃんから手紙は来ているのかい?」

「はい・・・・月に1通くらい、ですけど」

「そうか」


 降り止まない雨では客足も鈍るのか、大衆居酒屋も今日は閑散としていて、大将は恨めしそうな顔で窓の外を眺める。


 陽太からの手紙は月に1度は届くものの、相変わらず差出人欄に住所の記載はなく、消印の場所もバラバラだった。

 当初は、結婚を前提に付き合っていると言っていた彼女が陽太を支えてくれているのだろうと思っていたが、その後偶然この大衆居酒屋で顔を合わせた彼女に話を聞くと、陽太が彼女と付き合っていたという話自体が嘘だったということが分かった。


『ブラコンの妹を心配しての嘘だったのよ。ごめんね。でもね、陽太は本当に、月ちゃんのこと大切に思っていたのよ。月ちゃんには絶対に幸せになって欲しいって。それを見届ける義務が俺にはあるんだって。あんたこそだいぶシスコンよ?って、言ってやったんだから、私』


 もしかしたら、と月代は思う。

 陽太は自分の想いに気づいていたのではないだろうかと。

 気づいていたからこそ、自分を遠ざけようとしていたのではないだろうかと。


「陽ちゃんの、ばか」


 八つ当たりの様に、隣のグラスに自分の持つグラスをガチンと音を立ててぶつけ、月代は勢いよくグラスの中身を喉の奥へと流し込む。

 酸味よりも苦みの方が、胸の中に染み渡っていくような気がした。


「ほんと、陽ちゃん雨男」


 呟きながら、月代はスマホを取り出し、陽太へとメッセージを送る。


 ”酔っぱらっちゃった~。陽ちゃん、迎えにきて!”


 いつまでも、既読の付くことのないメッセージ。

 雨はまだ、降り続いている。

 隣のグラスに乗せられた半分のレモンの黄色の鮮やかさが、月代には陽太の笑顔のように眩しく感じられた。


 -end-

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