第33話 罠
ジャーマノイドが開けたドアの先に踏み込んだそこは──広大で、壁も床も真っ白な……何もない部屋だった。
「なんだ、ここ……?」
辺りを見渡す。そこは本当にただ広いだけの部屋で、俺たちが入ってきた非常口とは別に、部屋の四隅に両開きらしき扉があった。部屋がまだ先に続いているということだろう。
「浜百合ツバメも、石神
「ええと……」
俺は再び【
「……向こうだ。正面の扉からもう少し先に行ったところに
「浜百合ツバメは?」
「……
「よし、行くぞ────っ!?」
──プシュゥゥゥっ、と。
突如として、俺たちの居る部屋の天井や壁から何かが噴き出すような音がし始める。
「……まさか、ガスかっ!?」
「罠だろう……! 走るぞ少年!」
俺とジャーマノイドは全力で部屋の中を走ると、4つある内の、俺たちの正面にある扉へと走り寄る。
「ロックされてるっ!」
「さっきみたく解除はっ!?」
「……クソッ! 完全な絶縁処理……手動ロックのドアだ! 電気操作が通じない……!」
「分かった。なら、どいて」
「えっ……ってお前、まさか──」
俺は拳へと魔力を集中させる。【
「らぁぁぁッ!!!」
俺がぶつけた拳が、グギュルルルッ! とその扉を渦巻かせるように歪曲させ、圧し潰すと、大きな爆発音と共に粉砕した。
「──よしっ!」
「あの規模の爆発のエネルギーを操作したのか……っ? ともあれ、よくやった! 急ぐぞ!」
俺とジャーマノイドは言い合いつつも、破った扉の奥にあった長い廊下を走る。あのガスが致死性の猛毒だったらひとたまりもない。口論ならもっと余裕がある時に──
「……くっ」
「ジャーマノイドっ?」
ジャーマノイドが突然立ち止まった。まだたいして動いていないにもかかわらず、その額に大粒の汗をかいていた。顔色も青い。
「まさか、ガスを……っ?」
「違う。体調が万全でないだけだ」
よく見れば右脚を少し引きずるように……右胴体を庇うようにして走っていた。
「お前、やっぱり昨日のダメージが……」
「いま気にすべきことではない。それよりも……急げ。追手が来ている」
「えっ……!」
後ろ、燻るようなガスの中、ガスマスクを装備した人間たちが俺たちの来た道を辿ってこちらへと駆けてきていた。
「先ほどの部屋に通じる横の部屋に待機していたようだな……」
「ジャーマノイド、掴まれ! 俺が抱えて走るっ!」
「……いいや、少年。お前が先に行くんだ」
ジャーマノイドは追手たちの方を向き、通路に立ちふさがるようにする。
「この部屋の奥にあると予想できるのは核分裂炉……引火性かもしれないガスを流し込むわけにはいかない。足止めをする必要がある」
「奥に核分裂炉があるって知ってて、引火性ガスを用意するかっ? 普通しないだろっ!」
「分からんぞ。先ほどの話を聞く限り、浜百合ツバメがこの現代世界に未練があるようには思えんし、追手のヤツらが浜百合ツバメの研究のことを知っているかどうかも不確かだ。最悪、自分が異世界に旅立てさえすればこの研究所のことはどうでもいいと考えている可能性は捨てきれない」
「……!」
「それに、浜百合ツバメの異世界に関する超能力の内容が不確定な今……ヤツに対峙すべきなのは、万全な力を振るえない俺よりも──少年、お前が適格だろう」
「でも、ジャーマノイド。今ここに迫ってるのが引火性のガスだとしたら、お前の電気の能力は……」
「E.H.Aのトップヒーローを舐めるなよ」
ジャーマノイドは懐から500mLペットボトルを取り出すと、それらを逆さにする。黒い砂が流れ落ちてきたかと思うと、それらは意志を持つようにうねり、ジャーマノイドの周りを漂った。
「砂鉄……!」
「少年との戦いでも見せた通り、電気を操るとは何も電流のみではない。磁気すらも、俺の手の内だ。日本の人工超能力者程度が相手ならいいハンデと言ったところか」
そう言ってジャーマノイドは鼻を鳴らした。
「行け、少年。石神
「……分かった。ありがとう、ジャーマノイドッ!」
俺はジャーマノイドを残して長い廊下を再び走り始める。
その白く明るい廊下はいつまでもどこまでも続くかのように真っすぐと伸びている。俺は床を踏み砕かんばかりの勢いで駆け、そして、
「あそこがゴールかっ!」
とうとう見えたその最後の扉へと手をかけた。
……気配がする。もう、魔法を使わなくたって分かった。
ガチャリ。電子錠もなく、扉が開く。
「待っていましたよ、丸山くん」
一転して、暗い部屋の中。
淡いオレンジ色に光るマシンの前に、浜百合ツバメは立っていた。
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