時の魔法使いと3つの憂鬱
しろのえ
序章
1
魔法使いである彼の階級が新しい魔法を作る事が出来る
その時に彼は例外なく願った。
死にたくない、と。
そして、それが新しい魔法を作るきっかけとなった。
時の魔法。
途端に身体がまるで洗濯機に入れられたかのようにぐるぐるぐるぐると回転をした。いや、それは恐らく脳内での出来事なのだが、回転をして、段々と小さくなって行き、やがて頭の中が真っ白になっていき、静寂の中で心臓の音が一つ脈打って、それから役目を思い出したように連続で鳴り出して、鼻が息を吸って吐き出した瞬間に彼は再び目を覚ました。
「……生きている……のか?」
分厚い雲に覆われた白い空を見上げながらそう言った。
身体に不調は無かった。いや、寧ろすぐに上半身を起こせる程に腰の調子が良く、杖を支えにしなくも躊躇なく立ち上がる事が出来るくらいに膝も滑らかであった。
だが異変はすぐに起きた。立ち上がった瞬間に目の前を何かが覆ってきた。もう5年以上も禿頭だった彼はそれをゴミか何かだとすぐに振り払おうとしたのだが、なんとそれは黒々とした髪の毛であり、その久しぶりの感触に死んで生き返った事よりも驚き、そしてかなり嬉しかった。肌も髭が無くつるつるだった。
若返り。
──しかも、赤ん坊ではなく少年、もしくは青年の姿での。
時間は? 世界の時間も巻き戻ったのか?
彼はそれを確かめる為に今朝まで滞在していた町に戻った。
町の雰囲気に変化はなかった。4時間ほど前に朝食を買いに行った際に会話した果物屋の店主の様子も変わらず、どうやら世界の時間が戻っている訳ではないようだった。
自分の時間だけが巻き戻った。
年齢は? 幾つまで戻った?
彼はすぐ宿屋で宿泊手続きを済ませて客室の鏡で自分の姿を確認をして、それが15歳から18歳くらいの姿であると理解した。
魔力は?
──いや、たぶん変わっていなさそうだった。最盛期だった68歳の頃とたぶん同等の魔力のままだった。
だとしたら──
「随分と俺だけに都合の良い魔法だ……」
そう、これではまるでただの不死。
だがそれが「……良い事なのか? それとも……」は自分でも分からなかった。
時の魔法使い。
彼の名前は、ミヨク。と言った。
◇◇◇
全くもって何故そうなったのかは分からない。
ただミヨクは奇跡の復活(巻き戻り)をしたその5年後に、世界の時間を止める魔法を作る事に成功していた。
明確な意思をもってその魔法を作ろうとした訳では無かったのだが、言うなれば、なんとなく出来てしまった。ほんのシャレで、時の魔法使いを名乗るなら時間を止めるくらいありじゃね? みたいな軽いノリで。勿論そんな恐ろしい魔法が実現できる訳もないだろう的な感じで。
しかし完成してしまった。
何故なら、残念ながらミヨクは魔法の天才であったからだ。
なにせ世界の時間を止める前に、不死の魔法を作っていたのだから。
「……どうしよう」
あらゆる音が無となった不気味な世界で彼はボソリとそう呟いた。雲が動きを止め、さっきまで降っていた無数の雨粒は今は宙に浮いたままで、町の人々からは呼吸も心臓も動いている様子もない、まさに1枚の写真のよう景色の中で。
勿論その中をミヨクは自由に歩ける。呼吸も心臓も動いている。宙に浮いている無数の雨粒はまるで暖簾のようにミヨクが通り抜けた後に定位置に戻っていく。
魔法の解除の仕方は分かっていた。けれど、彼が先程不安そうにどうしようと言ったのはそんな事からではなく、この魔法の脅威に対しての怯えからであった。
「……これって……世界を滅ぼせるじゃん……」
そう、これは控えめに言ってもそれ程までに恐ろしい魔法だった。故にミヨクは段々と思考が停止していき、そして「……うん。まあ、俺が気をつければいいだけだよね……」と開き直る事でなんとか正常を保つようにした。そもそもそんな破滅的な思想をもっているわけでもないし、と。
時の魔法使いミヨク。
彼は不死であり、世界の時間を止める事ができた。
◇◇◇
世界を作ったのは神だ。
管理をするのも神だ。
故に、個人の圧倒的な力は認めない。
──という事なのだろうか。
ミヨクが昼食の準備中にうっかりと卵を落としてしまい、それが床に衝突する前に世界の時間を止めた、まさにその瞬間にそれがやってきた。
ザクッ。
時間を止めた筈の世界から聞こえきたこれまでの常識を覆した奇跡のような音。
それと同時にミヨクの腹に強烈な痛みが走り、そこに目を向けると腹部から刃物の先端が飛び出していた。
大きな鎌。それが背中から突き刺されている。
誰が? どうやって? なんの為に?
必死に振り返ろうとするミヨク。けれどその前に鎌が腹部の向こう側に戻っていくと、背後にいた何者かがミヨクの目の前に回り込んできた。
左目に黒色、右目に銀色の瞳を持つ黒髪の長い女が。
誰だ?
「話すのは嫌いだ。特に男とは。だが初対面でそれではあまりに酷だろうから仕方なく話をしてやる」
瞬きをしない黒と銀の瞳。唇も声が出る最小限にしか動かさない女。なによりも世界の時間が止まっているのに普通に動いているのがミヨクには不思議で堪らなかった。
「──ファファル。それが
女──ファファルはそう言うと手に持っている大きな鎌を振り上げた。
「ま、待ってくれ! お前はなんで時間が止まっても──」
「愚問だ。吾の魔力がお前と等しいからだ」
ファファルはそう言うと大鎌を振り下ろしてミヨクを真っ二つに切り裂いた。
そして──
ミヨクの時間が巻き戻る。また、15歳から18歳と推察されるあの姿まで。
2度目の復活。
そこでミヨクが理解した事は、痛みはきちんとあるという事。そして死という恐怖もしっかりと味わうという事。それは震えが止まらない程に恐ろしいものであり、もう死にたくないと自然と涙が溢れた。
◇◇◇
実はファファルにもよく分かっていなかった。
ただ新法大者になり、空間の魔法使いとなった時に、たまに自分以外の周りの景色の全ての時間が止まる事を不思議には思っていた。
その奇妙の正体がなんなのかは分からなかったが、無表情な顔同様の性格故にあまり気にしていなかった。自分は動けるし、永遠に時間が止まっているわけではないし、と。
それよりも自らが作り出した空間魔法の威力を高める事に興味があった。
3年の月日が経過した頃、ファファルはこの世界とは別の空間を作り、それで自身の身体を包む事でこの世界の時間を無視した不老の肉体を手に入れた。それにより完璧な若さと美を保つ事に成功をした。そのついでに空間魔法で世界を外側から覆い、どこへでも瞬間移動が出来るようにもした。彼女にとっては前述の目的に比べればそれは些細な事であったが、これで買い物に行くのが便利になると出不精故に思っていた。
その夜、眠りに就くか就かないという寸前のちょうど心地のよい時に脳内に直接響く不思議の声が聞こえてきてファファルはミヨクの存在を知った。
正直、ファファルにはどうでもいい話だったのだが、ミヨクが不死である事と自分と同等の魔力を持っている事、それと今まで謎だった時間が止まる理由の解明には少し興味があった。
「ふうん。我と同レベルの魔法使いか……」
そう言ってふっと笑った。その笑みは天才であるが故の孤独による寂しさからくるものだったのかも知れなかった。
「──よし、殺すか」
……いや、同族嫌悪に対する苦々しいもののようであった。
不老のファファルと不死のミヨク。世界に大きな事件が起きたのはこの日より72年後の事──
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