親友に恋をして。
おもり。
第1話
放課後。空き教室。
ここにいるのは私と、私が呼び出した
この空き教室は特に今現在特にほかの部活動や委員会の類に利用されていないため、いまこの時間、ここは人の来ることのないふたりきりの空間だ。
締め切られたカーテンの向こうから聞こえてくるどこかの運動部の掛け声に負けないくらいに、私の鼓動がばくんばくんと激しく高鳴っている。
呼び出したくせに黙りこくっている私の隣で、さして気にした様子もなく笑う彼女を見つめて。
「貴方のことが、好き」
私は、告白をした。
「私も、私のことすきだよ」
ふふん、と笑いながら堂々と胸を張って彼女はすぐにそう返した。
ふつう、こんなふうに張り詰めた空気ではそんな軽い冗談は言えなくなりそうなものだけど。
場の空気というものを全く読めていなさそうなそんな彼女を、けれどもどうしようもなく愛おしいと思ってしまう。
もともと、彼女が「場の空気を読む」だとか、「言葉の意味を推し量る」なんてことを苦手としていることは承知している。
だからこうして、私は彼女に直接好意を伝える必要があるのだ。
静まる様子のない心臓を落ち着かせるためふぅぅ、と息を吐いた。わかっていたけれど、高鳴りはちっとも収まってはくれない。
意を決してもう一度、意図の伝わっていない彼女に対して今度は私の中の愛おしさを乗せて、繰り返して言った。
「……貴方のことが好き」
美月は一瞬呆気に取られたような顔をして、すぐに今度はやわらかい微笑みを向けて返した。
「私も、
そのまま「なんか、照れんね」と続けて髪をくるくると弄りながら頬を赤らめる彼女にこのまま飛びついて抱きしめてしまいたくなる。
だけど、まだほんとうに伝えたいことをちっとも伝えられていない。
私は私の中の衝動をどうにか押さえ込んだ。
──このまま流してしまってもいいんじゃないか?と、私の中の臆病な部分が囁く。
彼女には、親しい友人と呼べる人間が私以外にいない。去年は部活動の先輩達に懐いている姿も見かけたが、その先輩達は皆卒業してしまった。
美月自体はクラスメイトなんかとも仲良くすることを望んでいるハズだが、対人関係の苦手な彼女はその望みを叶えることができずにいた。
家族との関係も悪いとまでは言えないが、良好とも言えないらしく、美月が屈託のない笑顔を浮かべ、「すき」だなんて言える相手は私だけだ。
──妙なことをしなければ、私はいまのままでも美月の一番でいられる。
そんな私の葛藤が、未だ煩い私の鼓動にかき消される。
そもそも私の中の臆病な部分だとか、冷静な部分だとかが既に纏めて私の中の強い衝動に敗北してしまったからこそ、いま、勝算の低い告白が行われているのだ。
「貴方のことが好き」
ひたすらに繰り返される熱のこもった私の言葉に、ようやく彼女は“なにか”を悟ったのか、目をきょろきょろとさせて狼狽えを見せた。
外れてしまった美月の視界に再び映るべくそろりと距離を縮めるが、私が近づいた分だけ彼女も同じように後ろに下がってしまう。
とはいえ、狭い教室の中でそんな攻防は長くは続かない。
ようやく追い詰めてとん、と美月の背中が壁に当たり、逃げられなくなった美月の視界から外れないように近づくと、彼女からふわっと甘い香りがして私の中の熱がぶわっと湧き上がり、私の鼓動が更に煩く高鳴る。
彼女の香りに誘われるようにそのままもう少しだけ近づいて、“なにか”の正体を告げるべくそのまま言葉を重ねた。
「貴方のことが好き」
「わ、私もすきだよ」
「貴方に欲情してる」
「ひょぇぁ!?」
美月がずるり、と壁に背中を預けてへたり込んだので、覆い被さるようにして再び美月の視界を奪った。
頬どころか顔全体が真っ赤に染まった美月の表情をじっと見つめる。
──いちおう、嫌悪感はなさそうだ。たぶん、だが。
「貴方のことが好き」
「私もすき、だけど……」
「貴方の心も、身体も。貴方の全てが欲しい」
「わ、私は──」
彼女はそこで言葉を途切れさせ、気まずそうに顔を伏せた。
美月の答えは……まあ、だいたい予想がついていた。
こういった感情について、私のようなのは異端であって、その対象が偶然に同じ異端者であるなんていう甘くて優しい奇跡はそう簡単に起こりうるものではない。
それでも彼女の口にする「すき」に、私は期待をしていて、希望を抱いていた。
美月に覆い被さるような姿勢のまま、縋る想いで彼女の答えをじっと待って、しばらく。
⠀美月はゆっくりと、私の望まない答えを口にした。
「私は、京花ちゃんのことがすき……だけど、そういうことがしたいとか、付き合いたいとか、そういうのは思ったことがなくて」
「そう、でしょうね」
美月は、私といるときにはおおよそ見かけたことのないような暗い表情を浮かべていた。
美月は、傷ついている。大切な親友である私を傷つけてしまうことに、傷ついている。私が、傷つけた。
わかっていた。本来ならば、彼女のことを想うならば、こんなふうに告白をすべきではなかったのだと思う。
けれど、私は私の中の衝動をいつまでも抑えておけるような我慢強い人間ではなかった。
「だから、ごめんなさい。私は、貴方のきもちに応えることができません」
そして、私は私のものにならない彼女に対してどこまでも優しくできるようなできた人間でもなかった。
「──いいの?」
「え……?」
「私を失ってもいいのかって聞いてるの」
「京花ちゃんを、失う………」
告白は受け入れられなかった。大人しく身を引くべきだ。身を引いて、少しぎこちなくなるかもしれないけれど、ただの彼女の良き友人に戻るべきだ。
だが、そんな私の中の正しい感情は、激しく高鳴る私の鼓動にかき消され、飲み込まれていく。
私は美月に覆い被さった身体を更に美月に傾け軽く彼女を抱き寄せるようにして、そのまま彼女の耳に顔を近づけて、囁いた。
「私、失恋相手と何食わぬ顔でいままでどおりに接することができる程、器用じゃないの。だから、貴方が私を拒むなら貴方は私を失うことになるわ」
「や……」
「や?」
「やだ、よ……そんなの」
腕の中で彼女は震えていた。また、私は彼女を傷つけている。
受け入れられない告白をして傷つけてしまったのは、仕方のないことだったと思う。
告白とは、得てしてそういったものだ。
受け入れられて両想いになるという希望のために、傷つけ傷つけられるという絶望を背負う。
だけどいま、私は抑えられない私の衝動のために彼女を更に傷つけている。
美月には、私しかいないのだ。
寂しがり屋の彼女は、その寂しさを埋めることのできる相手が私しかいない。
彼女はそんな唯一の親友である私の恋情を拒絶し、傷つけてしまうという絶望と、そんな私を失ってしまうかもしれないという絶望を味わっている。
今更止まることはできない。
鼓動が高鳴る。
「このままだと失うわ」
「いやだ……」
「私も嫌だけど、どうしようもない」
「いやだよ……いなくならないで……」
いやだ、いやだと震える彼女の声にすすり泣く声が混じる。
愛おしい彼女を傷つけてしまっていることに、私の心もまた深く傷ついていることがわかるが、優しくできない私は彼女を傷つけてしまうことよりも、永遠に彼女が私のものにならないことの方が耐えられない。
「嫌なら、私を失いたくないなら、貴方の全てを私に頂戴」
震えて、すすり泣く彼女は、絶望を背負ったまま、希望を持たないまま、やがて私の身体を弱々しく抱きしめた。
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