【第二章】魔法学校編

第14話 入学前日

  魔法学校の入学通知が家に届いてから一ヶ月が経った。

 僕はいまだにフーリアさんが戦争へ行ったことのショックから立ち直れないでいる。


 僕は商人の馬車に揺られ、その気持ち悪さで外に吐瀉物を撒き散らした。

 前回の移動は二人だったが、今回の移動は一人だ。

 厳密には商人もいるにはいるが、殆ど話さないので、いないのと同格だろう。


「……ねぇおじさん、あとどんくらいで王都に着く?」


 僕は馬を操っている商人にこう聞いた。


「そうだなぁ、あと3日ってとこだな」


 商人のおじさんは気前よくそう言って、パンッと馬を手綱で叩き、馬車の速度を上げた。


 ホーラ魔法学校の制服は、すこし着慣れない。

 いつも着ている服のように柔らかくないし、白と青のコントラストは少しダサい。

 この質感は前世で嫌というほど着たスーツに似ている。

 

「君、ずっと気になってたんだけど、もうしかしてホーラ魔法学校の生徒さんかい?」


 商人の男性は手綱を握りながらこちらをちらちらと見ながらそう言った。


「そうです。まだ入学式に出てないので正式にそう言えるかは分かりませんが」


 僕がそう言うと、商人の男性は感嘆の声を発した。


「おお〜! そりゃ凄い。

 魔法学校の生徒さんなら、この馬車が盗賊に襲われても問題は無さそうだ」


 男性は冗談を言って、暗い僕の気持ちを和らげようとしている事がわかる。

 いや、あながち冗談ではないのかもしれない。

 今の僕は一つだけと言えど、中級の詠唱魔法を使える。小規模の盗賊ぐらいならすぐさま返り討ちにできるだろう。


「その時は任せて下さい。跡形も無く盗賊を消しますから」


「おぉ〜! こりゃ頼もしい!」


 商人は大笑いをしてそう言った。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「着いたぞ。おつかれさん」


 商人の男性は僕にそう言った。

 

「はいこれ、少ないけど腹は膨れると思うぞ」


 そう言って、商人は僕に茶色い紙袋を手渡してきた。

 中身を見ると、中には瑞々しい真っ赤なリンゴが三つほど入っていた。


「こんな大量に……何かお返しを!」


 僕がそう言うと、商人の男性はパッと僕の目の前に手の平を突き出し、「別にお返しなんざいらないさ」と言った。


「君に何があったかは知らんが、そうも暗い顔をしてると、こっちも暗い気持ちになっちまう。

 君はまだ明るい顔ができるんだ。リンゴでも食って笑って、俺に元気をくれよ」


 そう言って商人の男性は僕に微笑みかけた。

 僕はリンゴを一つ紙袋の中から取り出し、齧った。

 酸味があって少し酸っぱいが、甘さがじわっと口の中に溢れ出す。リンゴの汁が僕の唇に付いて、僕はそれを舐め取る。


「おじさん、美味しいよコレ!」


 僕はそう言って、商人のおじさんに笑いかけた。


「そうか! それは良かった!」


 その後、僕は商人の男性に一つリンゴを分けてあげて、そのまま別れた。


 まだフーリアさんが死んだとは決まってないし、あまりネガティブに考えないほうが良いのかもな。

 僕は地図を広げて、今日泊まる予定の宿の方へと向かった。


「すいません。一晩泊まりたいんですけど……」


 僕がそう言うと、宿の店主は僕の顔、首、胴、手首、腰、足の順で視線を動かした。

 何か変なところでもあったのだろうか?

 

「フリル銀貨14枚だ」


「たっ!? はぁ!?」


 フリル銀貨14枚。

 日本円で考えれば約1万4千円だ、うん。


 一晩泊まるだけで、1万4千円、そうか、うん。


 この店主ぅ、子供なのを良いことに足元見てきやがってぇぇ!!


 待て、落ち着こう。一度冷静に考えてみるか。


 僕が家を出る時に父さんたちから貰ったお金は、フリル金貨2枚にフリル銀貨10枚。

 フリル金貨1枚は商人の馬車に乗ることで使ってしまった。


 つまりもう1枚金貨を使ってしまえば、残りのお金はフリル銀貨16枚になってしまう。

 そして魔法学校の入学金は卒業者推薦での合格ということで安くはなっているが、それでもフリル銀貨18枚は払わなければいけない。


 ……値段交渉しないと詰む!?


「あ、あの、もうちょっと安くできませんかね、へへ。

 あっ、店主さんよく見たらカッコイイっすね、へへ」


「あ? あぁ……。いや! 駄目だこれ以上は安くできん」


 よし、いい感じにたじろいでるたじろいでる。


 僕は手を高速で擦り合わせてごまをする。

 前世のブラック企業勤めの時に培ったゴマすり技術がここで役に立つとは思わなかったが、まあいい。


「そこをなんとかお願いしますよ〜。

 最近どっすか? 私? 私は最近金欠でして……。

 あぁでも! 店主さんはお金いっぱい持ってるんですよね? 凄いなあ、商売上手だなぁ」


 そろそろ手の平が摩擦熱で熱くなってきたな。

 前世の時の上司はここらへんで要件を聞いてくれたが、この人はどうだ?


「わ、わかったよ、フリル銀貨12枚……」

「そういえばっ! 店主さんイケメ……」


「ああわかったよ!! 半分の8枚でどうだ!? これなら良いだろう!?」


 よし、成功。

 もうちょっと安くできそうなもんだが、これ以上やると流石に店主が可哀想なのでやめておく。

 しっかし、持つべきものはゴマすり術ですなぁ……へへ。


「わかりました。はい、フリル銀貨8枚です」


 僕はそう言って、フリル銀貨8枚を店主の前テーブルに置いた。

 

 あっ、今こいつ僕の方見て「やべぇ奴来た……」みたいな目で見やがった。



 僕はその日の長旅で疲れた体を癒そうと、宿屋のベッドに寝転がると、そのまま寝てしまった。

 明日がついに魔法学校の入学式である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る