第12話 牽衣頓足(3/4)

「じゃあ試験内容を説明しよう」


 渋い声でローブを羽織った男性はそう言った。

 

「まず、君が持っている最大の詠唱魔法を発動してもらう。もちろん杖はなしで」


 男性は人差し指を上に立て、微笑みながらそう言った。


「準備ができたら、そこに立って早速魔法を発動してね」


 そう言って、男性は柵の外を指さした。

 柵の内側は綺麗な大理石の床だが、柵の外側は畑の耕された土のような物が、地面にびっしりと広がっている。

 土属性を得意とする生徒に合わせるためだろう。


 僕は男性の言った通りに柵の外側に立ち、右手を前に突き出す。


「水の精霊よ、我らの先に敵あり、して殲滅させん力を我に分け給え──」


 この魔法は、フーリアさんが僕に集中的に教えた中級程度の魔法だ。

 試験ではこの魔法がかなり使えるらしい。

 威力あり、範囲あり、迫力ありのウケが良い魔法だそうだ。


 僕はある程度遠い位置に座標を決め、効果範囲をできるだけ絞る。 

 万が一にでも死人が出る可能性があるので、それを防ぐためだ。



「──グジモット」


 僕がそう唱えた瞬間、辺りを閃光が駆け巡った。

 周囲の試験を受けている人たちが一斉に詠唱を止め、閃光が起こった先を見る。


 そして、短い閃光が終わったのと同時に、けたたましい轟音が遅れてやってきた。



 いつ見てもこの魔法は本当に中級レベルなのかと疑いたくなる。


 それほどにこの雷の魔法は迫力があるのだ。

 これが水属性の魔法というのは、雲を生成してから雷を放つからだろうか?


 しかし、フーリアさん言っていた通り、この魔法は本当に試験で使えるようだ、さっきの黒いローブを羽織っている男性が満面の笑みで僕の方を見て拍手している。

 それはもう気持ち悪いぐらいの笑みで。


「素晴らしいな。

 グジモット、この魔法を試験で見たのはフーリア・ミーリア以来だよ」


 あっ……。コレ使って合格したから、フーリアさんあんなにこの魔法のことを推してきたんだ……。


「まぁこれだけで合格させるほど私達は甘くない、次に進もうか」


 といっても、世の中はそんな甘くないらしい。

 試験官であろう男性は、別の場所へと歩き出し、「ついてきなさい」と言って手招きをしてきたので、僕は試験官についていった。


「次は魔法の扱いの度合いを測ろう。可能なら水の基礎魔法で水球を発生させて、このリングの間をくぐらせて」


 そう言って男性はバスケットゴールほどの大きさのリングを用意した。

 これぐらいなら容易くできるな。


 僕は水の基礎魔法でテニスボールほどの大きさの水球を造り、リングをするりとくぐらせた。

 こういった類の試験もちゃんと対策済みだ。


「うん。次はこれだ」


 そう言って男性は、先程のリングより遥かに円中

が小さくなったリングを用意した。

 ペットボトルの呑み口ほどの大きさしかない。


 ……いきなり難しくなりすぎじゃない?

 

「いや、あの……流石にこれはムリです」


 僕は正直に試験官の男性にそう告げた。

 すると男性はだろうな、と言うような表情をして、


「だろうね。そもそもこれは突破できないように作られてるし」


 と言った。

 ならなんでそのリングを用意した!?


「次が最後の試験だよ」


 男性は僕の表情を見て笑いながらそう言った。


 それにしても、試験数が思ったよりも少ないな? 

 あと十個ぐらい試験があると思っていたんだけど……。


「試験数が少なくはありませんか?」


 僕がそう言うと、男性は言った。


「うちは募集人数がかなり多いからね。

 一応この学校の敷地は広いんだけど、それでも長々と個人の試験を続けるわけにはいかないんだ。

 だから早急に一人一人の試験を終わらせきゃいけない。じゃないと学校がパンパンになるからね」


 そう言ったこの男性はおそらくこの学校の教員なのだろう。

 周りの他の試験官の人も見てみるが、この男性と同じ恰好をしている人がほとんどで、全員が黒いローブを羽織っている。


 こんなに巨大な魔法学校でも教員数は無限じゃない。

 比率で言ったら教員が1で受験生は50程度はいるだろう。

 それならこの少ない試験数も納得がいく。


「大変なんですね」


 僕が試験官の男性を労うようにそう言うと、男性は苦笑して「ハハッ、ありがとう……」と暗い顔をしながらそう言った。

 随分苦労してるんだな……。



 僕は目の乾きを潤すため、まばたきをすると、いつの間にか辺りが真っ暗になっていた。

 地面や天井、壁の区別がつかないほどに真っ暗だ。


 しかし、不思議と僕の体と、試験官の男性の姿だけははっきりと見える。

 

「ここは……?」


 僕は思わずそんな声を漏らした。


「闇属性の詠唱魔法の一種だよ。無限に近い広さの空間を作り上げることができるんだ。

 外側から見たら、僕達が突然消えたように見えるだろうね」


 男性は笑ってそう言う。

 魔法ってなんでもできるんだな。

 

 ていうかこの人、詠唱してたか……?



「最後の試験は僕と直接戦う事! 

 とても単純で、とても難しいよ。

 僕が怪我するとか、死ぬとか、そういうの関係なしにどんどん来な!」


 男性がそう言うと、男性の背後に複数の光の玉が現れた。

 仏像の背後にあるような輪っかが、およそ50個ほどの光の玉で作られている。


 光属性の基礎魔法か……?

 あれに当たったらどうなる?

 威力は? 範囲は? 速度は?


 次々にそんな思考が頭の中を駆け巡る。

 僕は無意識下に戦闘モードに移行していた。


 ──その瞬間、男性の背後に浮かんでいる光の玉の一つが、猛スピードで僕に突進してきた。


「……っぶな!?」


 僕はそれをすんでのところで回避した。

 

 僕はすぐさま男性の方を見る。

 良かった、二発目はまだ来ていない。


 次に僕は光の玉が着弾した所を見る。

 

 光の玉が着弾した箇所が凹んでいる。

 異空間であるはずの地面が、これでもかという程に凹んでいるのだ。


 この地面の硬さは大体コンクリートほどで、とてもじゃないが普通の人じゃ凹ませることなどできない。


 間違いない、やらなければ、やられる。


 僕はそう確信した瞬間、詠唱を始めていた。


「水の精霊よ、我らの先に敵あり、して殲滅させん力を──」

「接近戦では詠唱している時間なんて無いよ!」


 二発目、三発目と次々に僕の方に光の玉が飛んできた。

 僕はその光の玉を避けるために、詠唱を中断せざるを負えなかった。 


 避けているだけで、とてもだが詠唱をする時間なんてない。



 このままでは負けるかもしれない。



 僕はそう察した瞬間、詠唱魔法の発動から基礎魔法の発動へとシフトチェンジした。


 大きさは軽自動車ぐらい、着弾した時の威力はアパートの部屋一つが無くなるほどの火球を、僕は生成した。


 正直、こんな基礎魔法を発動してしまえば、それだけで魔力がごっそり持っていかれるが、今はそんなこと言っていられない。

 現に5発の光の玉がまっすぐ僕の方へと向かってきている。


「おお!? 結構大きいねぇ! それはどれほどの威力なんだい? ブラフ? それとも全力かい?」


 男性は笑いながらそう言う。

 控えめに言って狂っているのでは? と思ってしまうほどに彼は熱狂している。


 しかし、そのおかげで火球はまだ消されていない。それとも、威力を知りたくてわざと消していない?

 

「君ほどの試験生は久しぶりだなぁ。

 もう18年も昔かぁ。君ぐらいの少女がちょうどこのくらいの実力だった!

 その子は魔力の暴走が原因で、姿が少女のままだったけれど、侮れなかった。君はどうかな!?」


 そう言って男性は手を振り回し、次々と光の玉を僕へ飛ばし、僕はそれを避ける。


 グギッ。


 その音が僕の右足から聞こえた瞬間、僕は冷や汗をかいた。

 まだ痛くはない。

 しかし、すぐに激痛が僕の足に走るだろうと即座に判断した僕は、まだ生成途中の火球を男性に飛ばした。

 まだ大きさはバランスボールぐらいだが、痛みで撃てなくなることよりかはマシだろう。

 

 その後、僕の予見通り僕の右足に激痛が走った。

 

「ぁあっ、ぐァぁぁぁぁぁ!」


 意味のある言葉を発することができないほどの苦痛に耐えながら、僕は火球を飛ばした方を見る。


 

 すると、目の前で大爆発が起きた。

 思っていたのよりもずっと威力は小さいが、それでも人を殺すには事欠かない威力だ。

 やったか……?

 僕は冗談なしであの男性を倒せたと思った。








「──いいねえ、ひっさしぶりに興奮したよ。合格、合格だぁ君は」


 爆発の火炎がなくなり、辺りが黒煙に包まれて何も見えないところから、そんな声がした。

 あの爆発を食らっても、あの男は生きているのだ。


『汝の傷を癒やし給え』


 そう男性の声が聞こえた瞬間、僕の右足から痛みが消えた。

 治癒魔法だ。


 戦闘が始まってから2分も経っていない。

 僕はその2分の間に、右足を骨折して、本気の基礎魔法を発動した。

 

 それなのに、僕が本気の魔法を食らわせた男は、何食わぬ顔で黒煙の中から現れた。


 はっきり言って、異常だ。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「じゃあ正式な結果は後日手紙を送らせて貰うよ、新入生くん!」


 試験官の男の人が、校門から手を振ってそう言った。

 どうやら合格は確定している……らしい。


 なんというか、色々と凄まじかったな。

 短い時間だったというのに、かなり疲れた。


 

 僕がそんなことを考えていると、目の前から一人の少女が歩いてきた。


 フーリアさんだ。


 僕はおーいと声をかけようとして、すんでのところで立ち止まる。


 フーリアさんの様子がおかしい。


 悪さをした子供が焦っているような、言わなければならないことを言おうか迷っているような、そんな表情をしながらフーリアさんは僕の方へ近づいてきた。


「リーバくん。家に帰ったら話したいことがあります」


 フーリアさんはいつものような淡々とした様子でそう言った。

 しかし、その声には何かを堪えているような、強い感情が隠れているのがわかる。


「話ってなんですか? ここじゃいけないんですか?」


 僕はそう言うが、フーリアさんは首を横に振って否定の意を示した。


「ダメです。君と、君のお母様とお父様とで話したい内容なんです」


 フーリアさんはそう言って、後ろを振り返った。


「君がずっと疑問に思っていた、街中に国旗が飾られている理由もわかりますよ」


 僕はフーリアさんのその言葉に、不穏の二文字が漂っているように感じられてならなかった。

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