1億2千万人の異世界転生~ハズレだと思っていた"通訳"が、ある意味ぶっ壊れスキルだったので逆にコミュ障になってしまいました~

rkp

第一章 超絶ブッ壊れスキル

第1話 日本崩壊

 その日、日本はわずか一瞬で崩壊した。


 一瞬とは言ったものの、みんなが思ってるよりもゆっくりと事態は進行していたし、

 みんなが不安に思うほどの猶予もなく、一斉に起こったんだ。


 『それ』が起こった時、ボクは教室にいた。


 授業中、クラスメイト達が不審そうな顔でスマホを覗き込んでいる様子をぼんやりとみていたのが、現世での僕の最後の記憶だった。

 「火山が噴火?ここ、東京だぜ?」「日本中の火山が?」「そもそも、日本に火山ってそんなにあったん?」「ていうか、ここは大丈夫なの?」


 不信はすぐに不安に変わり、教室中がざわつきだした時だ。

 足元から突き上げるような衝撃が、校舎全てを揺らした。


 さっきも言ったとおり、僕の記憶はそこで途切れている。

 のちに、日本国土全体で一斉に吹き上がったマグマが、SNSの拡散速度よりも素早く国民全員を飲み込んだと聞かされたのだった。


 何故そんな理不尽なことが起こったのかというと……




『ごめーん!地殻操作のプログラムミスで、うっかり日本沈没させちゃった!テヘ♪』


 僕たちの目の前で、全く悪びれた様子もない満面の笑みでそう謝罪しているのは、

 雪のように真っ白な長髪に、太陽のような金色の瞳。

 地球上のどこを探したって、きっとこんな奇麗で繊細な色素を身に纏った人種はいないだろう。


 そして、きっと一ミリの狂いもなく線対称に整った容姿の女性も、同じく地球上にいないに違いない。

 そう思わせるほどの美貌の持ち主のくせに、人には到底持ちえない威圧感を兼ね備えている。

 そんな女性が、さっきみたいに照れながら詫びているのを見て、この場にいた誰もが黙りこむしかなかった。


 どう考えても冗談にしか思えない話だけど、信じざるを得ない、底冷えのするような説得力が彼女の言葉に含まれていた。


、そして、そうなったからにはどうしようもないと自覚せざるを得なかった。

 なにしろ死んでしまったのだから、いまさら文句を言ってもどうしようもない。


 もし、目の前にいる美しすぎる大量殺人犯に何か訴えようものならば、瞬く間に

 茶目っ気たっぷりに謝る神様に誰も詰め寄らないのは、彼女が言外に放っている殺気ともとれる人外の気配のせいだった。


「じゃあ、ここにこうしているボクらは一体?」

『死んじゃったみんなの魂を、ここに一括して保存してるの。互いの認知機能もそのままだから、この空間では生前と同じように見え、触れるわ』


「ってことは、私達生き返らせてもらえるの?」

『予想外のバグのせいで、地球の生態系をこれ以上いじることはできないわ。代わりに、別の世界に転生させてあげるから、それで許してね♪』』


 最近流行りの異世界転生と言う奴だろうか?

 でも、いくら何でもそれは冗談としか思えない。何故なら──


「……って……。今あなたが言ったことが本当なら、……ってこと……ですか?」

『そうよ?』

  

 どこからの誰かの問いに、神様は相変わらずあっけらかんとした声で答える。

 その場の空気が、確かに騒めいた。


 神様の言ったことが本当なら、彼女はこの場──真っ白な何もない空間に無数の人間の気配が感じられるけど、あまりにも広すぎていったい何人がいるのか分からない──にいる人間全員を異世界に転生させるというのだ。


 1億2千万人の異世界転生?民族大移動というレベルでもないし、逆に転生先にとっては侵略行為じゃないのか?

 前代未聞──少なくとも、僕はそんな設定のラノベすら読んだことがない──の異常事態の行方を憂慮していると、彼女はにっこりとこっちを向いた。


『大丈夫。ちょっと色々あって前文明は崩壊しちゃってるから、みんなが一斉に転生しても侵略者とか言われることはないわよ』


 まるで心を読んだようなタイミングに、僕の背筋は凍り付いた。

 

「色々あって、文明崩壊?核戦争とかあったんじゃないだろうな」

『安心して?転生先の環境は、地球と瓜二つ。もちろん環境汚染なんてないわ。それに、あなた達も転生先の環境で生きて行けるように工夫してあるわ。例えば──』


 彼女が指をパチンと鳴らすと、僕らの目前に急に不思議なウィンドウが開いた。


「おお!定番のステータスウィンドウ来たあっ!」

『一人ひとつ、固有スキルをプレゼントしておくわ。説明は、そこのウィンドウにあるからよく目を通しておいてね』


 ラノベマニアの同級生が歓喜の声を上げる。どうやら、今僕らがいる不思議純白空間では、死ぬ直前の位置関係を参照しているらしい。

 周囲にいるのはボクのクラスメイト達だった。


 みんな一心に目の前に浮かんでいるウィンドウの文字を読んでいる。

 そして、それはもちろん僕の目の前にも。


 ──


「……」


 ウィンドウを前に呆然としていると、隣から聞き覚えのある声が。


「ど~したんだよ~、ツムグ!氷漬けになったカエルみてえなツラしてよ~!」

「……恭也キョウヤ君……」


 いつもみたいな挑発的な口調で、押さえつけるように僕の頭をワシャワシャとやってくる。

 少し痛いけど、いつものことなので我慢する。


 火口ヒグチ恭也キョウヤ。個性的なクラスメイト達の中でも一際目立つ生徒だ。

 今も自慢げに、自分のステータスウィンドウを僕に見せてくる。


「見ろよ、俺のスキル。"火の爪"だってよ!『高温の爪先で鋼鉄すらも引き裂ける』とか、格好よくね!?」

「そ、それはすごいね。きっと、焚火も起こせたりと色々と便利そうだしね」


「つまんねえこと言ってんじゃねえよ。それより、おまえのはどうだったんだよ?」

「うーんと……どうだろうね……」


 僕が返事に戸惑っていると、恭也君は大げさな身振りで何かに気づいたようなリアクションを取り、大声でこう叫んだ。


「あーっと、ワリイワリイ!お前、んだったよな!そんな奴に、気の毒な質問しちまったぜ、すまねえな!」


 先ほどの女神様よろしく、全く悪びれた様子のない謝罪をしながら、グリグリとボクの頭を掻きまわす。

 そうこうしていると、


「ちょっと火口!こんな時まで音鳴オトナリ君をイジメるの、やめなさいよ!困ってるじゃないの!」

「おおっと、またまた委員長のツムグ贔屓ひいきが始まったぜ。大体、こんな奴庇ってどうすんだよ?文字が読み書きできねえってだけで、そんな過保護になる必要ねえだろ!」

 

「あんたと違って、音鳴君は繊細なの!こんなとんでもない状況にいきなり放り込まれて、きっと困惑してるに違いないわ!」

「こいつがそんなタマかよ。読み書きできねえくせに、この特進クラスでいつもトップの成績とっちまうようなヤツだぜ?こうやって頭抑え込むくらいがちょうどいいんだよ!」


 まだ何か言いたそうな委員長を尻目に、恭也君は僕のウィンドウを覗き込む。


「どれ、俺が代わりにお前のスキルを調べてやるよ。なになに……?プッ!!」


 何を見たのか、恭也君はいきなり吹き出し、大声で笑い転げ始めた。

 周囲に言いふらすように、


「ゲハハハハ!スキル"通訳"だってよ!『あらゆる異種族と意思疎通ができる』とさ!異世界人は全滅してるってのに、何に使うんだよそんな能力!ブハハハ!」


 ひとしきり笑い転げた後、


「ああ腹がいてえ。お前らも、もしも異世界人と遭遇することがあったらこいつに通訳頼むんだな!さて、サトルのスキルでも見に行くか~」


 恭也君は、親友の風切カザキリ君を探しにどこかに行ってしまった。

 まったく、いつもながら台風のような人だ。


 僕が呆気に取られていると、委員長が声をかけてくれた。


「まったく、火口ったらなんて乱暴なのかしら。大丈夫だった?音鳴君」

「いつものことだから、平気だよ」


「あいつ、きっと音鳴君にテストで勝てないのを根に持ってるに違いないわ。男の癖に、ああやって些細なところでマウンティングするなんて最低よ」

森谷モリヤさん、今の時代、『男の癖に』って表現は控えておいた方が良いよ。それはさておき、森谷さんはどんなスキルだったの?」


 僕の質問に、森谷委員長が顔を輝かせ、嬉々として説明を始めようとしたその時だった。


 まるで見計らったかのように、自称女神が声を上げた。


『はーい!それじゃあ、そろそろ時間よ~!今から、みんなを異世界にご招待しまーす!何かあったら、私を呼んでね。暇だったら返事してあげるわ~』


 「暇だったらってどういうことだよ!」というツッコミを入れる間もなく、またも視界が突然ブラックアウトした。

 意識がうっすらと消えていく、きっと、次に目が覚める時は異世界に転生した後なのだろう。


 消え行く意識の中、僕は先ほどの女神の台詞を思い出していた。

 みんなは普通に聞き流していたけど、どうしても引っかかるフレーズだ。


 読み書きができない分、僕は人の表情や思考を読むのが得意だった。いわゆる、勘が働くと言うやつだ。

 そんな僕の勘が、あの女神の言葉を素直に信じてはいけない、と告げていた。


 女神は、こう言ったんだ。



 ──転生先の環境で生きて行けるようにしてあるわ──



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