第34話助言



 過去の出来事を思い出しカーディ学長は大きくため息をつく。


(胃薬が欲しい)


 胃痛を我慢しながらカーディ学長は元学長を見る。そこには満面の笑みを浮かべた好々爺の姿があった。


「なぁに、大丈夫ですよ。私が見てきた限りでは彼からはそういった危険性は全くありませんからね。彼に悪気はないんです」


 そう言いながら彼は手元にあった書類に目を落とす。その手の動きに迷いはなかった。カーディ学長の目がその動きに釣られるように動く。そこには彼の名前とその詳細が載っていた。

 

 彼の名前を見て、カーディ学長は苦虫を噛み潰したような表情を作る。

 

「カーディ新学長も知っての通り彼は貴族階級ではない。平民だ。しかし実家は我が国有数の資産家。彼自身はわが校始まって以来の秀才といわれている。家の事を考えれば彼はいずれ我が国を代表する起業家となるだろう。その経済力と影響力を考えると退学させるのは非常に惜しいと思わないかね?」

 

「……」


 元学長は知っていた。

 カーディ学長が未だに彼を退学にしたがっている事を。

 だからこそ牽制を掛けておく必要があったのだ。


「なに、今からきちんと育てれば立派な人材になりますよ。そうは思いませんか?それとも学長は彼を余所の学校に取られてもいいのですか?もしそうなれば、彼が大成功した暁にはイートン校ではなくその学校が脚光を浴びるのですよ?そうなれば彼を退学処分にした我が校は良い笑い者だ。才能豊かな学生を退学にした節穴だと言われるのですよ?そんな事態に耐えられますか? まあ、これは飽く迄も私個人の考え。あまり参考にしなくても結構ですよ」


 笑顔を浮かべる元学長に対して、カーディ学長は鼻白んだ。


(貴様がそれをいうか!)


 思わず叫びそうになった言葉を必死に抑えたカーディ学長は目の前の元凶を見た。ニコニコと笑う顔が無性に憎たらしい。だがそれを表に出せば自分の敗北を認めることになる。それが解っていた彼は静かに拳を握りしめ堪えた。


「御忠告感謝する」

 

「これも愛する我が校のため」


 元学長が左手を差し出す。カーディ教授は嫌そうな顔をしながらも握手をした。


「これからも頑張ってくれたまえ」

 

「ああ」


 短く返事を返すとカーディ学長は足早に立ち去った。そして、その背中を見つめていた元学長の顔がやれやれと苦笑した。

 

「やれやれ、全く持って難儀な性格をしているな。だがまあいい。後は君次第だ」


 彼は独り言のように呟いた後、窓の外へと視線を向けた。

 窓から差し込む太陽の光が眩しいのか彼は右手をかざす。その仕草はまるで絵画に描かれた聖人を思わせるほどに美しい光景であった。しかし残念なことに彼の瞳はどこまでも暗く虚空を彷徨っている。その姿を見ているものがいたならばきっと不気味さを感じていたことであろう。だが、彼の表情はすぐに晴れやかなものに変わる。それはまるで太陽を見つけた旅する詩人のようであった。

 

「君はきっと私の助けが必要となる」


 その言葉はとてもとても嬉しそうだ。

 それは彼がずっと求め続けていた願いだったのだから。




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