番外編~イートン校の誇りが守られた日~

第32話新学長誕生


 イートン校の学長選挙は全くのオリジナルです。



 *****



 

 

 イートン校の歴史は古い。

 1440年にヘンリー六世により創立された男子全寮制のパブリックスクールは、ロンドンの西郊に位置している。各界に数多くの著名人を輩出し、首相を何人も出していることでも有名だ。まさに英国一の名門校である。

 この名門校も歴史的に廃校の危機に瀕したことは幾度もあったものの、その都度、学校を愛し守ってきた者達のお陰で今もその存在を歴然と輝かせていた。



 そして、学校の危機は今も勿論ある。


 



 


 

「おめでとう!」


「おめでとうカーディ教授!」


「おめでとう!」



 他の教諭達から祝福を一身に受ける年配の男性は真っ青な顔色から徐々に真っ白になっていた。


(誰か嘘だと言ってくれ!!)


 祝福を受けるカーディ教授本人は全力で皆からの祝福を拒否していた。後悔先に立たず、という言葉を噛み締めていたとも言える。


(何故だ……何故こんなことに……。夢なら覚めて欲しい)


 悲壮感漂うカーディ教授に周囲は気付かない。それどころか、実に目出度いと拍手まで送る始末。ここまでるくと「嫌がらせか?」と思うかもしれないが、残念ながら彼らは心から同僚の引いては先輩である優秀な教授の出世を祝っていた。


 


「おめでとうカーディ教授。君がだ。実に喜ばしい限りだ」


 真っ白な顔色のカーディ教授に祝いの言葉を掛けたのは、つい先ほどまで学長の座に就いていた男性だった。


「学長……」


「はっはっはっ。いやいや、私はもう学長ではないよ。今日からそう呼ばれるのは君じゃないか」


 カーディ教授とは裏腹に笑顔で言い放つ元学長は、とても学長の座を奪われたとは思えない幸せに満ち溢れた顔だった。


 イートン校の学長は四年に一度の選挙で選ばれる。


 なんだそれは?と思うかもしれないが、公平性を示すためにこのようなシステムになったらしい。

 学閥があるように、イートン校内にも派閥があった。その中でも最大派閥の筆頭が現在のカーディ教授が率いる派閥と元学長率いる一派であった。この二つの派閥は常に勢力争いをしていると言ってもいいだろう。


「私には荷が重すぎる。どうだろう、学長。ここは学長がそのまま維持するというのは。混乱が減っていいように思うのだが……」


 鉄仮面のように一切顔には出さないものの内心は焦っていた。必死で懇願していたのだ。そう見えなくてだ。もっとも、このように謙虚な言い方は普段のカーディ教授からは想像できない態度ではあった。

 

「はっはっはっ。本当に面白い事を言うね、カーディ教授。君らしくない物言いだ。選挙戦は半年前から始まっているんだよ。それを無効にするなんて出来る訳がないじゃないか。君は正々堂々と戦って私に勝ったんだ。まぁしかし……そうだな、一つだけ助言するとしたら……君はこの先の四年間は間違いなく痩せられる。肥満が解消される絶好の機会ではなか!!」


 朗らかに言う元学長に他人事のように言う。いや、彼にとっては他人事なのだろう。


「学長……」

  

「どうしたと言うんだ、カーディ教授。漸く念願の学長になったんだ。もっと嬉しそうな顔をしたまえ」


 とてもではないが蹴落とされた側の言うセリフではない。カーディ教授は心底嬉しそうに言う元学長を恨めし気に睨むことしか出来なかった。


(あぁぁぁぁぁ……これが四年前なら私とて喜んださ)


 ニコニコ微笑んでいる元学長に悪魔の尻尾が見えるような気がした。


(そもそもこれは明らかに罠だろ!? この元学長は明らかに負けるように行動していたではないか!!ふざけるな!!!)


 そうと分かりつつも悪魔の術中に嵌まったのは間違いなく自分である事を理解しているカーディ新学長は心の中で思いっきり叫ぶしかなかった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る