第29話部下side
「ぐふっ……うふふ……ぐふふっ」
気色の悪い笑い声が室内に響く。
今日は朝から部長の様子がおかしい。
まあ、普段から『おかしな人』ではあるけれど。何時にも増して不気味な姿に他の部下たちはドン引きしていた。
「マクスタード部長、何か良い事でもあったんですか?」
「ぐふふっ。分かっちゃった?」
「ええ、まぁ」
緩み切った顔を見れば誰でも分かるというもの。
「と~~~~てもハッピーな事なんだ!じゃ、じゃ~~~ん」
控えおろう、とでもいうかの如き仕草で彼は巾着袋を高々と掲げる。その顔はこれまた緩み切っていた。
「ぐふふふふっ」
不気味だわ。
私の心中などつゆ知らず、上司は得意げに巾着袋から中身を取り出した。それは可愛らしい包装が施されたお弁当箱。
「愛妻弁当だよ!!」
ああ、そうでしょうね。見るからに日本のお弁当箱ですから。
「マスミが戻って来たんだ!!!」
「あ、はい」
「それでね。『今日も一日頑張ってきて』ってこのお弁当を渡されたんだよ!!もうさ、感動ものだよね。俺の奥さん最高だよ!!」
お弁当箱に頬ずりし始めた変態男が上司って嫌すぎる。
この少し……いや、大分頭がおかしい上司はこれで仕事に関しては優秀だ。創業者一家の坊ちゃま。ニマニマと締まりのない顔さえ見なければ優秀な上司なのだけれど……。まあ、こちらとしては仕事さえ出来れば問題ない。私はそっと目を伏せて、変態男の存在そのものを無視した。
この頭のネジが数本飛んでいる変態男にあんなに「できた嫁」がいるなんて不思議過ぎる話である。
「ふふふっ。今日は帰ったら俺の好きな物を一杯準備しとくね、って言ってくれたんだ」
「それは良かったですね」
「なのにさぁ。なんで姉さんや両親まで来るの?いつの間にか俺の知らない処でマスミとメチャクチャ仲良くなってたんだ両親。特に母親」
「良かったですね」
上司のところは嫁姑問題は無縁だろう。
「ヨクナイ!何なの?なんでマスミと両親はあんなに仲いいの?接点なんて特になかったのに。それに結婚する時なんて父親は東洋人だからって反対してたくらいだ。それなのに今じゃ『マスミ、マスミ』って何人の奥さん呼び捨てにしてんだよ。こっちが仕事で缶詰め状態だってのにマスミと一緒に日本観光だって?ほんと意味不明。母さんなんか趣味ができてそっちに掛かりっきりでさ。そのサークル仲間の殆どが日本人だってだけで日本語マスターしちゃってんの。ほんとに意味わかんねぇ。それより問題なのは姉さんだ。あれから日参してくるし。マスミを口説くし。何なの?挙句に『私ならマスミの子供を作ってあげられるわ。種なしのあんたと違ってね』なんて言うんだぜ?酷くね?そもそも
段々、上司の独り言が怪しくなってきた。
言っている事の半分も理解できなかったけれど、これは理解してはいけないヤツだという事は雰囲気的に分かった。特に後半部分がきな臭さを感じられずにはいられない。
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