8:デスゲーム第一回目【負け残り腕相撲】 その1

「え、や、やだ、死んじゃう、わ、わ、わ、私、ち、力、弱いから、絶対ま、負けちゃう……し、死んじゃう! いやだあああ!!!」


 サナちゃんの絶叫が響く。

 やる前から勝てないと決めつけ、涙を流して死にたくないと懇願した。

 だけど、彼女にかけてやる言葉がない。

 だってそれは、みんなも同じだからだ……。


「大丈夫! サナちゃん、一回目は私とやろう! 必ずサナちゃんを勝たせてあげるから!」


 ナツキさん、マジかよ……!

 なんで今知り合ったばかりの他人に、ここまで優しくできると言うんだ。

 自分が死ぬかもしれないだぞ……。

 そしてその『命の選択』は、果たして、本当に正しい優しさなのか?

 

「はっ、それじゃあ、私たちと当たることがあっても、ぜひ負けてくれて欲しいものだね」


「……っ!」


 会話を聞いていた別グループの子が悪態をつく。……ナツキさんは、黙って俯いてしまった。

 俺も、命を賭ける立場なら、きっと同じような嫌味な感情を抱いただろう。

 なぜサナちゃんは助けるのに、私は助けてくれないんだ。

 そんな自己犠牲は、この場では、他人にも同様の犠牲を強要していることと同じなのだ。


「ナ、ナ、ナツキお姉ちゃん……」


「大丈夫だから。絶対に、サナちゃんを勝たせてあげるからね。大丈夫……」


 だけども、ナツキさんの意志は固かった。

 それが意地なのか、何か思うところがあるのかはわからないが、彼女なりに、覚悟を持ってやっているはずだ。

 見守ろう……。


「それじゃあ、俺たちで対戦することになるな……ヒトミちゃん」


「はは……自信はないけど、勝負事は、全力でやるよ」


 身長は高いのに、肩を落とす姿は小柄にすら映る。

 だけど、落ち込んでいるところ、すまない。

 この勝負は、勝たせてもらう。


 男の俺が勝つのは当たり前だ。だが、それは人を死に一歩、追いやる行為だ。かなり心苦しい選択だが……もし、ここで負けてしまえば、俺はもう一度この心苦しい選択を迫られることになる。

 負ければ負けるほど俺の心の負債が増えていくんだ……。

 死なないのに、デスゲームに参加して、命のやり取りに水を差す。マジで嫌な役回りだ。最悪過ぎる。


 だからすまん、本当に、情けない話だが……俺を一抜けさせてくれ。


「まだサナちゃん泣いてるし、俺たちからやるか。……すまん、最初に言っておくけど、手は抜かない。女の子相手に、全然男らしくない宣言だけど……」


「いや、テルヒコくんの立場も分かっているつもりだ。それに、勝負事を手加減されたんじゃ、空手家の名折れだよ」


「そう言ってくれると……本当にありがたい」


 話しながら対面に立つ。中腰の姿勢で机に肘をついて、互いの手をとり合った。

 準備はできた。すると体育館のスピーカーから、俺とヒトミちゃんの勝負の開始宣言の電子音声が流れ出した。


『第十チーム一試合目。渡辺テルヒコVS相澤ヒトミ! レディ……ゴッ!』


 ゴッ! の掛け声とともに、カーン。と景気のいいゴングが鳴り響いた。

 瞬間、俺は力を最大限に発揮――!


「せいっ!」


「あれ?」


 発揮――する前に、俊速の反応速度と瞬発力を爆発させたヒトミちゃんが、あっさりと俺の手を机に押し付けていたのだった。

 ……え? 嘘だろ?

 女の子に、腕相撲で……負けた!?


『勝者! 相澤ヒトミ!』


「うそ、勝った……? テルヒコくんに勝った、やった! やったー!」


 さっきまでとことん凹んでいたヒトミちゃんではあったが、俺に勝てたことがよっぽど嬉しかったらしい。跳ねて喜んで、そして俺に、抱き着いてきた。


「うわっぷ」


「テルヒコくん、手加減してくれたの? こんな独りよがりな僕のために?」


「いいや、全力で挑んだよ。だから負けて、すっげーショック受けてる。へへへ……」


「もう……君がそう言うなら、そういう事にしておくよ。でも、本当にありがとう」


 顔を紅くして、どうも手加減してくれたと勘違いしている様子だった。違うと言っても聞いちゃくれない。そういう思ったことに一直線になるとこだぞ、まったく。

 あーあ、負けた。これで二回戦に出場だ。


 周りのチームもどんどん勝ち負けが決まっていく。試合開始の放送は、指向性のスピーカーで伝えられているようで、他のチームに対する音声がかなり聞き辛く配慮されていた。人殺しのくせに、変なこだわりを持ちやがって。


 ……仕方ない。次で終わりだ。

 俺のチームの二回戦目はナツキさんとサナちゃん。この試合はナツキさんが負けることにしているというので、俺はナツキさんと戦うことになるのか……嫌だな。


 準備完了した二人に机を明け渡すと、今にも泣きだしそうなサナちゃんが、パニックを起こしかけていた。落ち着け落ち着け。もう今からじゃ何も変えられないんだ。

 ……腹を決めろ。

 お前のために犠牲になると言ってくれたナツキさんの気持ちを無駄にするな。


「あう、あう、あうー! どどど、どうしよう、どうしよう! な、ナツキお姉ちゃん! どうしよう! どうすればいいんだっけ!?」


「落ち着いてサナちゃん! 机に肘を置いて、私の手を握ればいいから。それだけ。それだけだよ、大丈夫!」


「あう……そ、それだけ? 本当に?」


「本当だよ、本当! 私に任せて!」


『第十チーム二試合目。男鹿ナツキVS菊池サナ! レディ……』


「あああああああああああやっぱ無理! 無理いいいいいい!」


 開始の合図の直前。サナちゃんは急に、ナツキさんの手を振り払い、机から離れてしまった。

 だけどアナウンスは止まらない。


『……ゴッ! って、おや。菊池サナ、これは対戦放棄ですね。よって、男鹿ナツキの不戦勝!』


「あ……」


 あ、開いた口が塞がらない……。

 この大惨事な状況を、何一つ理解したくない……。


「え、え、え、お、お姉ちゃん。ナツキお姉ちゃん! なんで、私、ま、負け、負けたよ! 負けた! お姉ちゃん! どうしよう私、負けちゃった! 負けちゃったあああ! し、し、し、死んじゃう、死んじゃ……! かひゅー!」


 サナちゃんは過呼吸を起こして、涙とよだれにまみれながら床に倒れた。

 すぐに駆け寄り、懸命に介抱するナツキさんの、なんと健気な事か……。


 俺は、大きな胸の形に弛んだパジャマにすら目を向けることが出来ずに、次こそ勝とうなんて気は、一切起きなくなってしまった。

 無理だ……俺には、こんなにも憔悴しきった人間を、更に追い詰めるなんて選択は出来ない。


 くそっ、俺もしてるじゃねえか。『命の選択』を。

 ナツキさんのことを憐れむような態度を取っておきながら、この体たらくだ。

 嫌になる……!


『第十チーム三試合目。渡辺テルヒコVS菊池サナの試合をこれより始めます。どうぞ、机に向き合ってください』


 なかなかサナちゃんが泣き止まないので、運営に促される。

 促されるまま、俺は机に向かい、サナちゃんは他の二人に支えられながら、ひぃひぃ泣きながらやってきた。


「おい、いいかサナちゃん。絶対に机から離れるなよ。俺、負けるから。な? サナちゃんはただじっとしてろ。いいか、ちゃんと落ち着けよ?」


「うう、うー! ぐす、ひぃんんん……わ、わ、わかり、ました……」


 よしよし。本当に、落ち着いてくれ。何もするなよ。

 ああ、俺がトーナメントに残ったら、他の負け残りの人たちはブチギレるんだろうな。みんな死にたくない。男の俺と腕相撲なんてしたくない。当たり前だ。

 頭の中で少しシュミレート。浴びせかけられる罵詈雑言。うわ、キツいな……。


『それでは参ります。レディ……ゴッ!』


 おっと、ついマイナス思考で頭がいっぱいになってた。開始の合図はとっくに告げられている。とにかく今はさっさと負けて、サナちゃんにつかの間の安寧を……。


「え、サナ、ちゃん?」


 ふと、俺と対峙するサナちゃんを見れば、なんか、おかしなことになってた。

 ――なぜかサナちゃんは、両手で俺の手を握っているのだった。


「早く! 早くしてよ! お願い! 早くううう! 私を勝たせて、お願いします! お願い、お願い、お願いいい!」


 サナちゃんは両手で力いっぱいに俺の手を机に打ち付けた。いや、力いっぱいでも全然痛くないほど非力だったんだけど……。


「お、お前何やってんだよ……。それ、反則だろ……」


「ふぇ……?」


『菊池サナ。反則負け。勝者! 渡辺テルヒコ!』




 ――何やってんだよ!

 バカじゃねえか!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る