5:セックスしないでご飯を食べる部屋
俺たちが閉じ込められているこの体育館みたいな部屋には窓がない。扉は一つあるが、やたらと頑丈でびくともしないからほぼ壁だ。つまり、この部屋は密室。
だだっ広いだけの箱の中に、総勢四十名が監禁されているということになる。
男は俺だけで、後の39人は全員女性。みんな、二十歳前後の若者だらけだ。
いったい誰が、どんな目的で、こんな下らないことをしているのか。『セックスしないと出られない部屋』だなんて馬鹿にしやがって。
こんな規模の誘拐事件なんて、すぐに世間で大問題になるだろう。
日本の警察は優秀だ。すぐにこの場所を特定して、見つけ出してくれるはず。
何もセックスなんてする必要はない。
助けが来るのを待っていればいい。
大丈夫。きっと助けはくる……。日本の警察は優秀だ。優秀なはずなんだ。
……テレビか何かで誰かが言っていたんだ。きっと優秀さ。
「見て見て! あったよ! 食料!」
不安に心が淀んでいると、明るい声が舞い込んできた。
すぐに歓喜の黄色い悲鳴がそこら中から聞こえて、俺も気持ちを切り替え、笑顔で振り向いた。
「おお! よく見つけたな! すげーぞ、ヨーコちゃん!」
「えへへ、まあねー!」
食料を見つけてきた上野ヨーコは嬉しさを隠すことなく、素直に賛辞を受け入れた。
高校一年生で低身長ながら、最年少の若さでみんなに元気を与えてくれる存在だ。俺も、年の離れた妹ができたみたいで、癒される。
さっきはみんなの自己紹介が終わると、まず最初に、この室内をくまなく探索することとした。
何か抜け道や、隠されたヒントがあるのではないかと思ってのことだ。
ヨーコちゃんが探していたのは舞台袖のカーテンに隠れた箇所だったな。
「左袖のところにドアがってさ。開けてみると、台所だったんだよね! おっきな冷蔵庫があって、中に山ほど食料あったよ! お菓子とかパン以外にも、生ものとか本当にいろいろ!」
へえ、そんなにいっぱいあったのか。
……いやそれ、ここに閉じ込めた犯人、長丁場になることも想定しているってことか?
誰一人セックスしないで飢え死にするなんて事態を避けるための食料だろうが、これってつまり、数日、下手すりゃ数週間は警察の捜査の手が行き届かない自信があるってことなんじゃないのか?
食糧危機がひとまずなくなったことへの安堵は、考えを巡らせると、再び不安のタネに早変わりしてしまった。
どれくらいこの場所に閉じ込められなきゃいけないんだろうか。
果たして俺は、どれくらい我慢できるだろうか……。
不安は更なる別の不安も連れてやってくる。いかん、今俺、かなりナーバスだぞ。
頭を振り、マイナス思考を外に吹き飛ばす。嫌な考えはマイナスなことばかり引き寄せてくるものだ。
今は純粋に、食料の確保ができたことを喜ぶべきだな。
「見てください! こっちにはテレビがありました! テレビですよ! ニュースとか見れますよ!」
ほら、気持ちをプラスにしていれば、いいことが立て続けに起こるもんだ。
嬉しそうな声と共に、ヨーコちゃんが出てきた方とは反対の舞台袖からにゅっと顔を表したのは、ナースのナツキさんと、モサいパジャマのサナちゃん。
この二人はもう、ほぼ二人でセットみたいになった。サナちゃんがナツキさんを離さないのだ。
最初に自分で殴っておいて、それなのにナースの慈愛で優しくされたものだから、感動して姉のように慕っている。
まあ、コンセントはあるけど、今のところアンテナケーブルがどこにも見当たらないので、現状ではあまり使い道がないってのが少し残念ではあるがな。
ただ、割と大きなテレビのようで、二人で一生懸命に運んでいる姿は、なかなかに見ごたえがあった。
二人とも、かなり大きな方なのだ。
それでテレビの縁を挟んで持ってくるものだから、服がきゅっとして、形が鮮明になっているのだ。
……それによって、パジャマ姿のサナちゃんは、実はノーブラであることが俺の中で判明したと話題である。
モサいのに、体つきが割と妖艶なため、ギャップが際立つのだ。
……いかんいかん。
さっきまでの、血みどろのキャットファイトの緊迫感が薄れてきたら、すっかりアドレナリンが行き場を失なってしまった。俺の体内を駆け回り、ムクムクムクっといらぬ元気を漲らせて来やがる。
だから女性陣の些細な何気ない行動に、ときめいてしまうのだ。
「よ、よし! そんなに食料があるなら、それじゃあ俺、料理でもしてくるわ! 台所があるんだろ? あとどれくらい食料の在庫があるかも確認したいし、皆を怖がらせたお詫びも兼ねて、行ってくる!」
我ながら、なんて良い言い訳を思いつくものだ。自画自賛したい。
止める者はいない。まだそこまで仲良くない。なんの問題もなく、俺は女性の輪から抜け出すことに成功した!
よし! セックス回避!
それに、料理が得意なのも本当だ。休日と言えばゲーム三昧な俺にとって、料理は唯一の趣味と言っていい。というか、家で安くおいしいものを食べたいと思えば、自炊に行き着くのは自明の理だ。
もし残業代がきちんと出る会社に就職していたなら、こうはなっていなかっただろう。浮いた金で楽なものばっか食べてたと思う。
低賃金が招いた、いわば怪我の功名ってやつだな。
さてそれじゃあ、ヨーコちゃんが言うにはおっきな冷蔵庫があるそうだが、どれどれ?
舞台に上がり、左袖に向かう。
報告通りにドアがあって、開けると、確かに、誰がどう見たって台所だ。
「……なんじゃ、こりゃあ……」
だけどどうにも、明らかに報告とは違うものがそこにあって、俺は、目を丸くした。
だってそこには、馬鹿デカい扉があるのだ。
台所の壁一面が扉になっていて、そしてヨーコちゃんが言うおっきな冷蔵庫なんて、どこにも見当たらない。
「まさか、嘘だろ……」
恐る恐る、扉ががちゃりと開けると、冷気がぶわっと流れ込み、俺の鼻腔を凍らせた。
さ、寒い……!
ヨーコちゃん、まさかこ、これをおっきな冷蔵庫だって言ってたのか!?
違うだろこれ! スケールが!
冷蔵庫なんてちゃちなもんじゃない! 巨大な冷凍倉庫だ!
そして山ほどの食料が、カチコチであちこちにひしめいている。食料は確かに、いっぱいあるのだ。
「お、俺たちを……どれくらい閉じ込めておく気だよ」
だってここ、何か月だって食べるに困らないぞ。
年単位だって……まさかな……?
とりあえず、寒いので、さっさと必要な材料を揃えて戻った。余計なことはかんがえるな。プラス思考だ、プラス思考。
みんな、今回の出来事に辟易してるだろうし、カレーを作ることにした。スパイスを効かせて、活力を取り戻さなくてはな。
何名か手伝いを申し入れてきたが、断った。
何があるかわからないし……。
この体育館は、割となんでも揃っていた。
折り畳みの椅子とテーブルもあって、食事は全員で座って取ることができた。
みんな、美味しい美味しいと褒めてくれた。へへへ。
「おかわりもあるぞー」
──その時、耳障りなスピーカーの始動音が響き渡った。
突然にピーガガッ! と異様なうるささで鳴り響くものだから、全員、驚いて飛び跳ねる。
そんなことはお構いなしに、次いで、これまたうるさいまての電子音声が耳をつんざいた。
『申し訳ありませんが、食事はそこまでとなります。オリエンテーションの時間になりました。全員、素早く片付けを済ませて、部屋の中央に集まってください』
直感する。この頭のおかしな部屋に閉じ込めた犯人だと。
こうやって絡んでくるのか。
俺たちが一致団結して、趣旨が目論見通りにならなかった場合、こうやって方向修正しに現れる手はずか……。
『早くしてください。指示に従わない場合、全員失格となります。失格者には死んでもらいます』
「……み、みんな。言う通りにしよう」
内心、腸が煮え繰り返っている。
人を拉致監禁して、命令に従わなければ殺すだと?
何様のつもりだ……!
だけど怒りとは裏腹に、この声の主にはそれが簡単に出来てしまうのだろうと思える。
癪だが、従うしかない……。殺されるより、いい。生きてさえいれば、まだなんとかなる。
指示通りに、テーブルと椅子を元の場所に片付けて、中央に集まる。
電子音声は、声色を変えることなどせず、淡々と、次の指示を出した。
最悪のオリエンテーションが始まる……。
『ゲームの時間です。みなさん、心の準備は良いですか? ――ただいまより、殺し合いをしてもらいます』
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