セックスしないと出られない部屋に男1女39で閉じ込められて最初にセックスした二人以外死ぬデスゲーム

八幡寺

1:セックスしないと出られない部屋

 身震いするほど甲高い雄叫びと鈍い打撲音。続けざまに、女性の悲鳴が鼓膜をつんざく。

 あまりにも痛そうで、思わず目を背けた。


 眼の前で繰り広げられる女性同士の殴り合い。

 それも一対一のタイマン勝負なんてものじゃない。


 総勢39人もの大人数に及ぶ大乱闘。

 その誰もが若い女の子だ。


 これはまさに、命をかけた争奪戦。

 勝者が手にするのは……。




 ……俺だ。


 みんな、俺を奪い合って、こんなにも醜い暴力沙汰を引き起こしているのだった。


 なぜなら、ここは密室。

 俺を含むここにいる人たちは皆、どういうわけか、この場所に監禁されている。

 そして、ここから出る方法は唯一つ……。




 俺と、セックスをすること……。


 ここは『セックスをしなければ出られない部屋』と呼ばれる場所。

 だけど、俺が頑張ってみんなとセックスをしまくれば、いずれみんなが出られるというわけでもない。そうならば、こんな女性たちの殴り合いにまで発展するわけもない。


 ここを出て行けるのは、最初にセックスをした二人のみ。




 残りのみんなは、──死ぬ。

 そうルールに記載されていた……。




 一時間前──。

 俺はやけに明るい照明に瞼を焼かれて目が覚めた。

 異様なまでの体の怠さと睡魔にやられて、まだ完全に覚醒するまでに至ってはいなかったが、寝返りを打つと固い床にゴリゴリと背骨を削られるので、なかなか寝付けずにいた。

 しばらく良い就寝ポジションが定まらなくて寝転がっていたところ、辺りが次第にざわつき始めて、そこでようやく、俺はどこか人の多い場所で横になっているのだと理解した。


 飲み会か何かで泥酔して、街中で寝ていたんじゃないかと焦り、飛び起きる。

 ここ最近でそんな行事に参加した記憶はないが、寝ぼけた頭で必死に現状の分析を試みた結果、そんな最悪の事態が想定されたのだ。


 そして目の前に広がる光景は、想定していた最悪よりも、更に最悪なものだった。


 体育館だ。

 何よりもまず最初にそれを思った。

 俺はなぜか、どこかの体育館のような施設で寝ていたのだった。


 そこには大勢の人たちがいて、しきりに俺を気にして、迷惑そうな顔を向けてくる。

 当たり前だ……。体育館を利用しようと思ったら、あろうことか、不審な男がそこを占拠して寝転がっているのだ。気味が悪くて仕方が無いだろう。


 俺以外にここにいる人たちは婦人会か何かの集まりなのだろうか。全員が女性だった。いや、婦人会というにはみんなまだ若いな。だけど服装から、大学のサークルとも言えない。

 服装でいえば、それほど運動を目的としているようにも思えないのが気になる。


 スーツ姿だったり学生服だったり、普通におしゃれ着の私服っぽかったり。

 なぜか一人、空手か柔道の道着を着ているのがちょっと可笑しかった。黒帯だった。


 ともあれ、人の格好や集まりの趣旨を邪推するものじゃない。

 だってこの場で一番怪しい人物というのは、紛れもなく俺自身なのだから。

 さっさとずらかろう。


 さて……。

 ……出ていこうにも、最悪な事に、どうもここの出入り口はあの女性集団の奥に見える扉しかないので、彼女たちを突っ切るという関門が待ち構えているわけだが……。


 めっちゃ気まずい……。

 俺が近付けば絶対に騒がれる。間違いなく甲高い声で叫ばれる。

 なぜなら俺は不審者だから。


 というかここ、窓一つないもんな。光源は明るすぎるほどの天井照明だけなもので、正直、時間感覚もぜんぜんわからない。寝て起きたのだから、まあ朝だろうというなんとなくの予想しか立てれなかった。

 なぜかスマホないし。時計は持ってないし……。

 って、いやいや無駄な考えを巡らせて現実逃避するな。まずは目の前の問題をどう対処するべきか、全力で取り組まなければ。


 警察のご厄介になることだけは避けたい。


「あ、あの……」


 今しがた、俺がそのように声を掛けようとおもっていたところだった。

 だけどその発音者は俺ではなく、遠くから、か細く震える声で、俺に話し掛ける者が現れたのだった。

 辺りはしんと静まり返る。


 さっきまでざわざわ話し合いを繰り広げていた女性たちは、どうやら、誰が俺にコンタクトをとるかを決めていたらしい。結果、代表者が決まったことで皆は話すことを止めて、スーツを着たOL風の女性が一歩前に出て、俺へと言葉を投げかけたのだった。


「はい! すみません!」


 俺はというと、即座にレスポンスからの陳謝。

 瞬間、女性たちは悲鳴を上げた。


「きゃあああっ!」

「喋った!」

「声大きい! 怖い!」


 喋ったらダメだったの!? あと声大きいのは仕方ないの! 体育館広いからね! 生半可な返事をして聞こえなかったら余計に気味悪いでしょ!?

 だけど俺はめげない。へこたれない。


「ごめんなさい! 何もしません! すぐに帰ります!」


 なおも謝る。とにかく謝罪。平謝りだ。そして隙を見てすかさず敵意のないことを主張する!

 俺にそれ以外の選択肢は存在ない。

 女たちはきゃーきゃーうるさい。

 だけども頭を下げて、誠心誠意の無害アピールに徹するのみ……。じゃないと警察きちゃう……警察コワイ……。


「すみません本当に俺は……」


「いやー! こないで!」


「いきません近寄りません! でもマジで何も……」


「ヘンタイ! キモイ!」


「本当にすみません! ですが誤解なんです! 実は……」


「死ね!」


「……」


 うるせぇブス! と小声で言った。それくらいの些細な反撃はご愛嬌ということで許してほしい。

 だって女性ばかり数十人、皆が俺を敵視している。はりのむしろだ。ストレスがヤバい。早く帰りたい……。そのためにひたすら謝る。隙を見て俺もこっそりと悪態をつくことで少しばかりのストレスケア……。


「早くここから出してよ!」


「いや本当にまったく、仰る通り……ん?」


 俺が今一番言いたい言葉が、なぜか向こうのヤジとしてぶつけられた。

 反射で同意して、すぐにその言葉の違和感に気付いた。

 何言ってんだこいつ。


 聞き違いかと思った。もしくは言い間違い。興奮した人間と言うのは時に何を言い出すのか分からない場合がある。

 きっと俺に「早く出ていけ!」と訴えているのだろうと解釈した。


「すぐに出ていきます! ごめんなさい! でも出入り口がそちらの扉にしかなくてですね! この場を早く脱出したいのはやまやまなのですが! 俺が今そちらに行ったら、またあらぬ誤解が生まれるかもしれないと思ってですね! 動けなかったんです! ごめんなさい!」


「はあ!? 何言ってんのよ! 私たちをここから早く出してって言ってるの!」


 ……話が、通じない?

 ここまで平身低頭で事態を丸く治めようと頑張ってきたわけだが、さすがに、話が噛み合わな過ぎる。辟易してきた。

 言葉は理解できるのに、話の内容が理解できない。頭がどうにかなりそうだ。


「出ていきたいなら……扉を開ければいいのでは?」


 半ば投げ槍になって、そんなことを言って突っぱねてしまった。

 ブチギレた一人が黄色い怒声をぶつけてくる。


「鍵がかかってて、開かないんだよ!」


「はあ?」


 あ、しまった。一度喧嘩腰になった自分の感情を制御できずに悪感情を込めて聞き返してしまった。

 だけどもうどうでもいい。うんざりだ。このまま行こう。


「いや、だったら鍵開ければいいじゃん」


「だから開かねぇーんだって! てかこれ、あんたがやったんでしょ!? そういうのウザいから! 死ね!」


 さっきからウザいキモい死ね死ね死ねって……ギャルの口撃が本当にツラい。

 一番最初におずおずと出てきたOLを壁にして、後方支援よろしく俺に精神ダメージを負わそうとしてくる。話し合いなんて余地なく、俺をこのままストレスで殺そうとしてくる。胃に穴が開くか頭の血管がブチ切れるのを待ってるんだ。

 だけどその作戦は大失敗だぞギャルめ……。


 ストレスが溜まった俺はそれを反撃する活力として、もういっそ警察だって呼ばれてもいいなんて開き直り精神を獲得してしまったのだからな!

 てか体育館の内側から鍵が開かないってどんな理屈だよ! 明らかにここの施設自体の設計ミスだろ!


 あと! 常識で考えて!

 俺はさっきまで寝てたんだぞ!

 どうやってこんな大人数を閉じ込めることができるっていうんだ!

 それも女性ばかり数十人! 仮に俺が彼女らを無理やり集めて監禁したのだとしたら間違いなくキモい変態じゃねえか! ああだから非難を浴びてるわけか! 無実だけど!




 ……って、閉じ込められてるの?

 扉、開かないの?


「え、マジで開かないの?」


「しらばっくれんな!」


「うるせえ。話にならんからお前もう喋んなマジで」


「はああああああ!?」


 唯一の出入り口の鍵が開かない。閉じ込められてるということだ。

 こうなれば、被害者はもう女たちばかりという話ではなくなってくる。

 だってそれは、とどのつまり俺も閉じ込められてるのだから。


 状況はイーブンだ。ともすれば、俺ばかりが腰を低くして、女たちのストレスの捌け口になるなんて割に合わない。


 俺の態度の変化にあちらの集団も気がついたようで、数名がギャルをなだめ始めた。ギャルはぶつくさ文句を言いながら俺を睨みつけているが、ひとまず、あまり罵倒することはなくなった。

 ……あまりね。


「それで、よかったら状況を説明してほしいんだけど……まず、ここどこ?」


「……わ、私たちも、わかりません」


 先頭のOLが質問に答えてくれた。ありがたい。話が通じ合えるのがこんなにも素晴らしいことだったなんて……感動で泣きそうだ。

 まあ、通じ合えたとして、全然状況は進展してないわけだけど。

 そうか。わからないのか……。


 これ、もしかしてだけど……。まさかとは思うけど……。


「念のために聞くけど、あなた方は、何の集まりですか? サークルとか、どこかのスポーツクラブの会員とか?」


「違います。わ、私たち、全員、初対面です……。気が付いたら、ここにいたんです……もう訳が分からなくて……!」


 OLが、今にも泣きだしそうな声を絞り出す。

 マジか。じゃあここにいる全員、俺も含めて……。


「誘拐された……?」


 いやいやそんな話、信じられない。だっておかしいだろ。

 なんで俺なんかを誘拐するんだよ。ただのブラック勤めの新卒サラリーマンだぞ。親が資産家でもあるまいし。

 ここにいる全員が誘拐された被害者だと言うなら、下劣な犯人が女ばかりを狙ったという線もある。なんで男が俺だけ混じってるのかが最大の謎だけどな。


 現実的に考えて、あり得ない話だ。

 だけど事実として、俺がここにいたる経緯も脈絡もないというのが、信憑性の高さを物語っている。


 どう考えたって、飲み会に行ってないし。俺、もの凄く下戸だから、記憶無くすまで酒飲めないんだよな。記憶無くす前に、アルコール全部吐いちまうから。だから俺を眠らせて連れ去ったというのがまだ納得いく理由なのだ。


「なあ、あんた。本当に何も知らないのかい?」


 不意に声をかけたのは、道着を着た女性だ。背が高く、ボーイッシュって感じの美人だ。

 素直に頷く。


「そうか……なら、ちょっとこっち着て」


 え、いいの?

 俺も驚いたが、狼狽えたのは他の女性陣だ。俺を近付けることにかなり警戒していて、反対意見が続出した。

 だが道着の女性は力こぶを作って見せて、それを制した。


「心配しないで。私は空手のインターハイ選手なんだから。もし不穏な動きをしようものなら、容赦なく股間を蹴り飛ばしてやるわ」


 やめて。


「そ、そう? じゃあ、そこまで言うなら……」


「そうよね。いざという時は、頼りにしてるからね!」


「任せて」


 あっちは結束ができ始めている。マイノリティの俺は、素直に言うことを聞くしかない。股間も人質にとられてることだし。

 というわけで、ちょいとお邪魔しますっと……。


 俺が近づくと、集団が割れて道ができた。悲しきモーゼ。

 

 ちょっと前まではどうやってこの扉の前に行き付くかで必死になっていたのに、高身長クール格闘家の美女に連行されて、あっさりと到着してしまった。まあ、鍵がかかっているということなので、無駄足以外の何でもないのだが、念願が叶ったことの達成感というものが少しばかりある。

 それで、俺をこの場所まで連れてきて、何を始めるのか。


「あんた、この張り紙が読める?」


「バカにしてんのか」


 文字ぐらい読めますう。えーと、なになに?

 促されるままに、扉に貼られた紙を閲覧する。




『セックスをしないと出られない部屋』




 大見出しにそんな一文が書かれていたものだから、俺は盛大に噴き出したのだった。

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