☖3二飛鹿(あるいは、臨界にさざめくは/理/それとも情/なのかい?)

「ににに『28』は無いにゃぁぁあああッ!! せ、『聖棋士せいきし』とは元来そういうものなのかにゃ!? 『性鬼子せいきし』の間違いじゃあないのにゃぁあッ!?」


 猫神さまがその小さな黒い体をこれでもかと伸ばしながら凄い顔でのたまうのだけれど。平原は宵闇に飲まれつつも、吹き過ぎゆく風はそれは清浄に感じられた。


 まあそれはともかくとして、ここからは。「転移者おそらく五人」との最終決戦、になるんだと思う。かっちり気合いを入れていかないといけない。「神撃」を撃ち込む相手を見誤ることないようにと、あとはそいつらの情報を少しでも掴んでおきたい。


「えと……ウロタムシ……リグオ、さん、だっけ」

「『牛男ウシオ』とお呼びくださいませ、『愚図でのろまな牛男』と、ハカナ殿」


 いつの間にか片膝をついて凄い畏まられてた。その相変わらず立派に左右に張り出した角とか、筋骨隆々の背中の辺りが少し逆立っている茶色い毛並みを見下ろしながら、まあいいか、と思ってた疑問とかをぶつけてみることにする。


「『五人』に関わること、細かいことでも何でもいいから全部共有して。貴方のようにそういう……何て言うか異形なカッコをみんなしてるの? とか。あたしは何かここに来る前と着ているものから何まで一緒だったんだけど」


 牛型の怪人とか。こんなに目立つ風貌をしていたら、どんなに広い「盤面」だろうとある程度は視認できそう。というかそもそも何でそんな姿なんだろ。


「……この『水牛』なる姿かたちになってしまったのは……私としても想定外でございました。もともと『この世界』に送り込まれた時は『横兵おうへい』という駒でして、左右横にはどこまでも行けますが、前後には二マスまでしか進めないという何ともな利きの奴でございました……」


 すごい丁寧に説明してくれるけど、何でそんなにも肩の震えが止まっていないのだろう……もう対局は終わったっていうのに、ねえ? と周囲を振り返りつつ微笑を浮かべながら同意を得ようとするあたしであったものの、あたしをいつの間にか遠巻きにしていた面々はこちらと目が合うやいなや一様にあばばばば……とか言いながらガタガタと震えだすのだけれど。どうしたっていうの。


「『成る』っていうのは出来るんだ、『大将棋』には無いと思ってた。あたしも『敵陣』に入ったことはあったけど、成ろうと思わなかったから成らなかっただけなんだ、ってこと?」


 自明かと思ったけど、思ってることは言葉に出さないとダメだ。その重要性をあたしはここに至るまでで結構知らしめられてきた。負の方では「聞かなきゃ教えてくれない猫」とか、正の方では「いろいろな意思疎通の上での阿吽の呼吸」とか。


「『大将棋』等々の『成り』に関しては、まあ混沌ではございます。いちばん知られているところでは『金将』がなって『素飛車』、いわゆる『金飛車』という奴ですとか。他にも『成った方が弱くなる』、そういうパターンもまた多々あるわけでありまして。本将棋に限っても『銀桂香』、『成らず』が功を奏す、それもまた厳然とありますわけで。が、そんな諸々を考えずに『成り』を決めてしまった私もいかんのですが……得られたのは中途半端な『水牛』の力と、何故か分からぬのですが、この異形たる面相、体躯と。ハカナ殿もお気をつけ召されい、何か造物主のひねくれ捻じ曲がった剛直な意思のようなものを感じずにはいられんのです……」


 牛男はいまや結構な情報を供給してくれる。その言葉に嘘は無いと……考えよう。どのみちもうそこに思考を使っている暇も余力も無いだろうから。と、


「ダメだよハカナ!! こんな化け物に成り果ててまで成し遂げることなんかないはずだよ……」


 珍しくヘペロナが、相方マカロニャに乗っかるかたちじゃなくて単独で、薄い藍色を帯びた白い髪を揺らしながらのめり気味に言ってくる。


「……『白駒』っていうのは文字通りの『白馬』なのかそれをモチーフとした異形なのか、それは分からないけど、そういう『外面上のリスク』みたいのはあるってことは頭に入れておく。まあ成った先が分からないし、成っても弱体化の可能性があるっていうんなら、そうそう成ろうなんて思わないけどね」


 珍しく小さいコ特有の真っ直ぐな目つきで不安そうにあたしにしがみ付いてきたヘペロナの艶やかな髪を指で梳くように撫でながら、そう答えるものの。


 ……局面によっては、それは分からない。だって牛男は多分「人間」だった頃の記憶も思考も持ち続けていると思われるから。それであれば全然ありだ。例え異形と化そうと、この世界の「混沌」を止められるんだったら。


 何にでも「成って」やろうじゃないの。


「……牛男。先導をお願い。最初の予定では北西の『支城ムルデスタ』を目指していたんだけれど、それは修正した方がいい?」


 さて、もともと坐っていた肚も再度決まったところで、現状から大枠の「盤面」を整理していかなきゃ。あたしたちが「支城」の方へと向かっていたら牛男が現れた。ということは?


「……大筋は正解でございますれば。『ムルデスタ』を経由してのそのさらにの北方に、『五人』の『溜まり場』としての堅牢なる居城―『アクラハッテ』があります」


 予想はしていた。「支城」があれば……ね。


「距離的には十五キロほど。問題は奴らが無駄とも思えるほどに『戦力』を拡大しているということ。私が知る限りでは約『五百』は下りませぬ。隣国から手あたり次第に『兵士』のみならず一般人まで『棋霊化』させている状況……アクラハッテまでたどり着くには相当の『対局』を積み重ねていかねばならないと想定しております……一度も、負けの許されない」


 尖兵として、という名目で単騎で出張ってきたのだという牛男。その裏に隠れた大軍の影……でもそれもある程度の想定内。「一度の負けも許されない」、それも、それだってそう。「何勝何敗」の戦いじゃもう無いんだ。一発勝負のトーナメント、みたいな感じで勝ちっぱなしの突っ走りをカマさなきゃあならない。


「……行きましょ。『混沌』の元が分かったのなら、もうそれを倒すの一手よね……? みんなの力を集約させてほしい。『遊び駒』を一瞬でも存在させずに、開幕初手から繋がる細いけど確実な詰み筋までの道のりを紡いでみせるから」


 言葉に、言葉にして伝えようと頑張って考えて喋っていたら、そんなかちかちのものになってしまったけど。相対した面子が強張った顔のままゲヒィィという呻き声のようなものを発してくるけど。


「……」


 ゼルメダが傍らからあたしの両肩を両手でぐいと掴んできてくれる。その流麗な小顔に浮かぶのは見慣れた「にやり笑い」だ。うん、言葉だけでもない。仕草からも、繋がる体温からも伝えたいことは伝わるような気がした。


「「ぬおおおおお、カマしっぱなし120分28連発の底なしハカナの許に集いし我ら最強の戦士たちぞッ!! ふひょおおおおぉぉぉ……やるぜぇぁああああああッ!!」」


 そして寸分違わないハモりで鬨の声。ポカとホンタ。それを冷めた目で見ているスゥ。うん、わざわざ言わなくていいことってのもありそうな気もするけどね……


「あははははぁ、もうハカナの感じるままのノリで突き進めばいいんだよぅ」

「そうだそうだねぇ、心配する事ほぼほぼ無いような気もしてきたんだよぅ」


 マカローニャン、ヘペロナは暗くなってきた周りから浮かび上がるように見えてきた白いシルエットを揺らしながらいつもの感じ。緩やかに、駒のオモテ裏、みたいに。


「ま、やるんなら敵さん一直線、ってのは俺や旦那にとっちゃあ性に合う。ってことで異存異論は何もねぇ」

「あ、ハカナ殿の意のままに射出される槍としてお使いいただければぁ~、あ、本望。これ本望でござぁ~るぅ~」


 ツァノン、イデガー。この二人もね。表面見えてる振る舞い以上に、その裏でこちらを察してくれちゃってるところは本当にありがたいばかり。あ、そう言えばジェスを「入駒エントラ」したまんまだった。「対局」時じゃないときは「放駒パブリカ」って言えばいいのね?


「……すべてはハカナ様の意のままに。私は変わらずに完全なる護衛に徹するまで」


 うん、あたしも変わらずに信頼するだけだよ。よし、あとは……


「……我もまたハカナ殿の卑しき下僕なれば。身体を張って存分に戦ばたらきをいたしましょうぞにゃ」


 いやぁ、黒猫の姿で膝をついて畏まられてもね。なんか流れでさらりと行こうとしたよね。そういうのももう完全把握できるんだ。良くも悪くもだけど。


「……とりあえずの混沌潰しまでのところは全力でやってみせるけど。その後の落とし前についてはきっちりやるよね? 神様だものね?」


 猫神さまだけに届くレベルの声音を的確に操り、柔らかく釘を刺しておく。闇の中でその漆黒の毛並みは溶けて埋没していかんばかりだったけど、その狭い額の部分が不随意にぶるぶる震えだしたことだけは認識できた。頑張りましょ?


 さて。


ポカ:――と、おっとぉッ!!

ホン:ここからはおいらたちがッ!! 対局模様をお送りするかたちになるぜぇッ!!

ネコ:フォフォフォフォ……これもまた、次元の狭間に埋没させし、超々強力なる「聖棋士」の力なのやも知れませぬのう……

ハカ:……


☗第一局:ハカナと有志な勇士たち VS 本将棋忠実小隊【9×9:20】


ポカ:はい初戦はですねぇ、これはまたオーソドックスな形での開幕となりましたねぇ、ホンタさん?

ホン:後手は角道開けてからの居飛車志向。まあまっとうではあるんですが、それはあくまで通常の対局であると前提した場合なのですな。この「リアルタイムバトル」においてはもう角道開ける手が悪手であるまでありえますなぁ……当然狙っているわけですよ、こちらの飛車角おねえさま方たちが。

ポカ:ですなぁ、『歩の一枚防護膜』っていうのは通常これ以上ない有用なものであるものの、やはり前線に出張るには邪魔な存在と言わざるを得ないのですよ。空いた角道から敵方の角が無事侵入、角を召し取っての「馬成り」。当然「同銀」ないし「同飛」と来られることは分かっていますから? 我らがハカナ大先生のコンマミリ秒単位での「先読み詠唱」が為されているわけですわ。「1一馬」「2一馬」「4三馬」まで瞬き一瞬の間に翻られたらもう必死級であって、まあこの辺の意思疎通の隙の無さというのは怖ろしいほどに精密なんですよなぁ……

ホン:そんなわけで、まったく危ないところの欠片も無く、「居玉の姿焼き」と相成りましたってとこで、計十九手まで。というところで現場からは以上ですっ。スゥさんお返しします……

スゥ:……


☖第二局:神聖★ハカナ義勇軍 VS 中将棋愚連隊【12×12:46】


ポカ:さてぐぐいと規模は広がりまして、「多対多」の様相が鮮明になってきましたと。

ホン:とは言え駒の種類が増えるということも無くてですね、「中将棋」言うてもそれはただただシンプルに拡張しただけ、まあ冗長な、そんな作業的な対局が予想されたのですが!!

ポカ:そんな美しさの欠片も見られなそうな棋譜をおいそれと許す面子では無いのですわ、こちらは。まずは初期配置からして尖っていた!! 香車、飛車、そして白駒の三段ロケットを相手玉頭の真ん前に据えまして、左右からは角と水牛の一点照射もロックオンされておりまして、これはもう雑魚は相手取らず、点で掘削して堅陣の中のアナグマを貫くという。

ホン:これまたハカナ采配がどんぴしゃ当てはまった好手でしたなぁ……いやはや。

スゥ:……


☗第三局:ハカナ/オブザ/ワールド VS 大体大将棋大隊【15×15:50】


ポカ:どんどん規模は大きくなってきておりますが!! 言うて大差は無いわけですなぁ。しかしてそのようないわばぐだぐだの時こそ!! 「自分にとっては消化試合でも、相手にとって重要な勝負であるならば、人生を賭して全力で臨む」という米永哲学はどっこい聖棋士ハカナの中にも息づいているんでやんす!!

ホン:今回はそれプラス「試し」の意味合いも強かったようですわ。「放駒」、からの「入駒」、からのさらにの「放駒」と!! 溜めて連弾というものがどのくらいの「弾込め時間」で出来るのか、そしてそれらを連発する際のタイムラグはどれくらいあるのか、大勢を相手取っての自分の立ち回りを、実地にて確認しようという。この試行錯誤の姿勢こそがハカナの内なる強さであると、このハカナ理解度第一人者としてのワタクシとしましてはな、思うところなのでございます……

スゥ:……

ポカ:とにもかくにも、これにて前座戦は終局!! 最終決戦へ向けて正にの「駒」が出そろったところで!!

ホン:いよいよ幕が上がるんでいぃぃッ!! ちきしょーめいッ!!

ハカ:……

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