第22話 ハーピー族の移住と国の介入


タルタロス山

土星城と木星城が融合してできたあらたな小惑星には、地上にはない見慣れない巨大な木が何本も生えていた。

「これは……なんですか?」

その木は外側が緑と青の中間のような色をしており、外は硬くて一定距離ごとに節がついている。

「中が空洞になっている「竹」という木の一種だ。大地神ガイアがハーピー族への住居として用意したらしい」

のこぎりで幹に切れ込みを入れると、ぽっかりと穴が開く。その中に入ってみると、新鮮な木々の香りが鼻を包んだ。

「これは……すばらしいですね。まるで円形をした巨大な建物みたいです」

中は個室のようになっており、ちょうどいい温度と湿度を保っている。しかも節ごとに階層が分かれているので、プライベートも保たれていた。

「広い部屋だ!俺はここにする!」

「私はもっと上の階にするわ!」

空をとべるハーピー族にとっては、上層階の部屋も出入りに苦労はない。

もともと森の中で木の上に巣をつくって生活していたハーピー族たちは、喜んで竹で作られた高層マンションに移住していった。

次にヘリックは、ハーピー族に任せる仕事場に彼らを案内する。

「ヘリック殿。ここは?」

族長であるボレアスは困惑した表情で、タルタロス山につくられた森を見渡す。そこには見たこともない木々が生い茂っていた。

「まあ、黙ってみていろ。ほら」

ヘリックたちが見守っている間にも、どんどん木が成長していき、やがて色とりどりの果実をつける。

黄色いもの、赤いもの、緑色でたくさんの果実が実っているものなどさまざまだったが、いずれもこの世界にはなかったものだった。

「ガイアから授けられた異世界の果実だ。黄色いものはミカン、赤いものはリンゴ、緑のものは梨というらしい」

「へえ……おいしそう」

ハーピー族たちは空を飛んで、高いところにはえている果実を採集していく。

それらを食べたハーピーたちは、口々に喜びの声を上げた。

「おいしい!」

「これって貴族様でも食べたことないようなごちそうじゃないの?普通、果実って酸っぱいものが多いのに」

夢中になって食べているハーピー族に、ヘリックは苦笑してしまう。

「まあ、ガイアが食物を取り寄せている異世界とやらは、人間の手で植物が品種改良されているらしいからな。我々の嗜好に合うような品種が栽培されているんだろう」

「へえ……すごいですね」

それを聞いたエウロスが、感心してしまう。

「ヘリック殿、ありがとうございます。これで我々ハーピー族も人間の支配から逃れ、我らが神ゼフィロス様の元で繁栄していけます」

改めて感謝してくるハーピー族たちの嬉しそうな顔を見ていると、エスメラルダによって傷つけられた心が癒されていく。

(そうだ。俺がエスメラルダに振られたことなんて、人間たちに虐げられている亜人族たちの苦しみにとっては大したことじゃない。彼らを守るためにも、新たな魔王を出現させるわけにはいかないんだ)

ヘリックは改めて、世界を救うために力を尽くすことを決意するのだった。


「なに?風の村が無人になっているだと?」

部下からそう報告を受けたジュピター子爵は、腰が抜けるほど驚いていた。

「はっ。定時連絡がなくなったので、おかしいと思い兵を派遣したところ、「結晶洞窟」が崩壊しており、風の村も無人でした」

そう報告する部下の顔色もさえなかった。

「考えられる事態としては、『結晶洞窟』が攻略されて、風神ゼフィロスが解放されたということですが…」

「そんなことはわかっている!」

子爵はそう部下に怒鳴り散らす。

「は、はっ。すいません。ですが……これからどうすればよいのでしょうか。このことが広まれば、現在帝国に協力して国内の通信・伝達を担っているハーピー族が一斉に離反するでしょう。そうなると、国内に混乱が広がり、王家から責められてしまいます」

「わかっていると言っておるだろう!黙っておれ」

そう部下に八つ当たりしても、問題は解決しない。普段は当り前のように手紙の通達においてハーピー族たちを格安でこきつかっていたのだが、今後はそれもできなくなり、何か通達をだそうと思えば地上を走る馬の駅伝をつかうしかない。そうなると、当然伝達に時間がかかり、帝国内での通信インフラは大幅に弱体化するだろう。

子爵は改めて、今までハーピー族たちを軽く扱っていたことを後悔した。

「す、すぐにハーピー族の族長ボレアスに使者を出して、戻ってくるように命令するのだ」

「ですが……彼らの行先は空中に浮かぶ土星城です。使者をだそうにも……」

部下にそう言われて、子爵も言葉に詰まる。

しばらく考え込んだ結果、彼は自力での解決を諦めて国に頼ることにした。

「やむをえぬ……帝国に依頼して、竜騎士の使者を土星城に派遣してもらおう」

ジュピター子爵からの嘆願書は、早馬によってすみやかに帝都に届けられるのだった。


ハーピー族がジュピター子爵家を離れたことで、子爵家が属するパルテノン帝国は大混乱になった。

今まで貴族家や商会の使者を務めていたハーピー族たちが、一斉に契約を打ち切ってきたのである。

「我々の里で重大な事態が起こったようです。一度戻って長と協議してきます」

そう言い捨てて、ハーピー族は去っていく。いきなりの職場放棄で混乱しているところに、ジュピター子爵からの嘆願書が届いた。

それを見ておおよその事態を把握した帝国は、改めてその深刻さに恐怖を感じる。

「ハーピー族が離反しただと!」

「そうなると、わが帝国は地方の在地貴族との連絡が取りづらくなり、一気に統制が緩んでしまうだろう。なんとしてでも彼らをひきとめなければ」

事態を重く見た帝国は、近衛騎士団で空を飛べるワイバーン騎士を派遣する。

ワイバーンに乗った帝国の使者は、ジュピター子爵家の館に到着すると同時に子爵を怒鳴りつけた。

「皇帝陛下はお怒りである。ドワーフ騎士アトムの管理下にあった土星城に勝手に兵を派遣したあげく、敗北してハーピー族の離反を招いた卿の不手際にな」

「す、すいません」

怒鳴りつけられた子爵は、青くなって土下座した。

「陛下はこれ以上の争いを好まれぬ。よって、この争いの仲裁は帝国が受け持つことになるが、よろしいか?」

「は、はい。陛下のご随意に。私どもはすべて陛下の裁定に従う所存でございます」

子爵はバッタのように、へこへこと使者に頭を下げた。

「では、まずは先の戦いの後始末をつけぬと、交渉にも応じてもらえぬだろう。ハーピー族の姫を解放するための身代金は、用意してあるだろうな」

「は、はい。こちらに」

子爵はしぶしぶ、一万枚の金貨の入った重い袋を使者に差し出す。

「ふん。最初に負けた時におとなしくすべての捕虜に対しての身代金を支払っておれば、彼らの離反も防げたであろうに。愚かな男だ」

そういうと、ワイバーン騎士は金貨の入った袋を受け取り、土星城に飛び立っていく。

その姿を、子爵は悔しそうに見送るのだった。

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