第20話 大空震

ジュピター子爵領内の深い森の奥にある、『結晶洞窟』にやってきていた。

その周囲はジュピター子爵家の兵士によって警護されていると思っていたが、意外なことに誰もいない無人状態である。

「なぜお前たちは、自分であのダンジョンを攻略しようとしなかったんだ」

「見ていてください」

エウロスは、そのあたりで捕まえた鳥を洞窟に向けてはなす。鳥が洞窟の正面を横切った瞬間、シュパッという音と共に洞窟から突風が吹いた。

「うわっ」

次の瞬間、洞窟から放たれた風の刃によって、鳥がズタズタに切り裂かれる。

「あのように、ジュピター家の祖先である風のオリンポス神、ヘルメスが仕掛けた「風の檻」のトラップによって、中に入ることができないのです」

「なるほどな」

エウロスの説明を聞いて、ヘリックは納得する。そして連れてきた捕虜に、トラップの解除方法を聞いた。

「おい。ケルセウス。跡継ぎのお前なら洞窟に入る方法も知っているだろう」

「し、知らない!」

ツルツルハゲにされたケルセウスは必死に首を振るが、ヘリックによって襟首をつかまれ、洞窟に向けて放りなげられてしまった。

「ひいいいいい!」

洞窟の前でケルセウスは頭を抱えてうずくまるが、中から風は吹いてこなかった。

「なるほど。ヘルメス神の血をひくジュピター家の者には、トラップが発動しないというわけか。よし、ならお前もつきあってもらうぞ」

嫌がるケルセウスを引っ立てて、強引に洞窟の奥に入っていく。洞窟の中は、キラキラとしたクリスタルで覆われていた。

「これは?」

「風の魔石ですね。風を巻き起こすことができるので、暑い夏などに扇風石として使われています」

「……なるほど。魔石にもいろいろな使い方ができるんだな」

感心しながら進んでいくと、洞窟の壁面が土壁から次第に結晶の壁に代わっていく。同時にそのつくりも、多くの部屋に分かれた人口的なダンジョンに変わっていった。

「まるで、城の中みたいだな」

「風の神ゼフィロス様は、自分の居城ごと地面に封印されたみたいです。その城の名は、『木星城』と呼ばれていたと伝承に残っています」

「なるほど。ここは巨大な城の中というわけか」

警戒しながら進んでいくと、重厚な扉が現れる。その扉をあけると、巨大な玉座があり、それはクリスタルによって封印されていた。

その中には、うっすらと少女のシルエットが透けて見える。

「ゼフィロス様!」

それを見たエウロスが駆け寄ろうとしたとき、バサバサという音がして、天井からマントをまとった男が下りてきた。

「余はこの木星城の封印をオリンポスの神々から任された、アルカード・ジュピター。誇り高きヴァンパイアである」

マントをまとった男はそう名乗ると、貴族的なしぐさで一礼した。

「この洞窟にこもって数千年。ようやく侵入者が現れた。長年実に退屈であったぞ」

アルカードはそういうと、いきなり無数のコウモリに分裂した。

「まずは歓迎させてもらおう。『千牙斬』」

「キキィー!」

コウモリたちは叫び声をあげながら、上空から鋭い牙を光らせて迫ってくる。

「くっ!」

ヘリックも棍棒を振り回してコウモリを叩き落したが、あまりにも数が多いのですべては落とせなかった。

防御魔法『カチン』でシールドを張ろうとするが、一瞬早く全方位からたかられてしまう。

「くそっ!」

鋭い牙で噛みつかれ、ヘリックは苦痛の声を上げる。

「ヘリック様!耳をふさいでください」

エウロスの声に、ヘリックは耳の穴に指を突っ込んで栓をする。次の瞬間エウロスは羽を大きく広げて、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。

「超音波魔法『マックスクライ』」

エウロスの口から放たれた音波は、激しく振動する羽によって増幅され、ヘリックにたかっているコウモリたちに衝撃を与えた。

「キギィィィィ」

コウモリたちは、叫びながらヘリックから離れて、一つの塊に集まっていく。数秒後、マントをまとったアルカードが再び現れた。

「ははは。やるではないか」

アルカードは嬉しそうに、全身を震わせる。衝撃波によって破壊されたコウモリが、ポタポタと地面に向けて落ちていった。

「しかし、所詮は無駄なあがき。その程度の音波では、千にも達する我が分身すべてを打倒すことはできん」

次の瞬間、またもコウモリに分裂して襲い掛かってくる。

「くっ。防御魔法「カチン」」

ヘリックはとっさにエウロスを抱き寄せて、周囲に重力のバリアーを張る。しかし、他のハーピ族の若者やケルセウスは、コウモリに襲われて噛みつかれていた。

「くっ!この」

「痛い痛い!なんで僕まで!」

ハーピ族の若者たちは必死に槍を振って抵抗しているが、全方位からたかられて血を吸われている。その下で、ケルセウスは必死に逃げ回っていた。



「このままでは、仲間たちが!」

焦って助けに行こうといるエウロスだが、ヘルメスに止められる。

「離してください!」

「落ち着け!お前が助けに行っても無駄だ。それより、奴を倒すことを考えるんだ!」

ヘリックはエウロスを抱き留めながら、必死に父親の教えを思い出していた。

(くそ……『大土震』を使えば、離れた場所にいる大勢の敵を倒せるが、それはあくまで敵が地面にいる場合のみ。空を飛ぶ相手には通じない)

そこまで思った時、ふいにヘリックは父が言っていたことを思い出した。

(待てよ。親父は『大土震』を基本技だといっていた。ならば、応用技もあったのかもしれない)

思いついたことを、実際に試してみることにする。

「エウロス。今から防御魔法を解くから、さっきの技をこの棍棒に向けて放て」

「えっ?」

目の前の棍棒に向けて放てと言われて、エウロスは混乱する。

「で、でも、こんなに近くで放つと、私たちまでダメージ―が……」

「いいから、やるんだ」

真剣な顔で命令してくるヘリックに、エウロスも覚悟を決める。

「わかりました」

「よし。今からバリアーを解くぞ。3、2、1!」

「マックスクライ!」

エウロスの口から放たれた超音波が、目の前の棍棒に集中する。棍棒は音波に宛てられて、激しく振動した。

「ぐっ!」

至近距離で音波が放たれ、二人の鼓膜に激痛が走る。気絶しそうになりながらも、ヘリックは手に握った棍棒に力を込めた。

「奥義『大空震』」

エウロスが放った超音波が棍棒に当たると同時に、ヘリックは棍棒を振動させる。その衝撃波は空気を伝って、結晶に覆われた部屋全体に広がった。

「ぐはっ」

部屋中に広がったコウモリから、苦痛の叫び声が聞こえる。

「無駄だ。この程度では……」

ダメージを受けたコウモリたちは、再び一か所に集まってアルカードの体を再構築しようとする。

しかし、次の瞬間一度玉座の間に広がった衝撃波が、部屋の壁を構成する結晶に反射されて返ってきた。

「ギャァァァァ!」

さっきまでと比べて、数十倍に増幅された衝撃波を全員にくらって、アルカードの体は木っ端みじんに砕け散った。

「な、なぜ……」

「父から聞いたことがある。水晶などの結晶体は、衝撃波に共鳴して増幅することがあるとな」

ヘリックは淡々と告げる。

水晶を構成する原子の動きが非常に小さく、かつ高速てで振動している。電子機器に使われている水晶は、1秒間に数万~数千万回も振動しているほどである。

そこに魔力をこめた衝撃波を当てると、何百倍にも増幅することができるのであった。

「み……見事だ。勇者たちよ。私をこの何千年も続く退屈な牢番の役目から解き放ってくれたことを、心から感謝する」

アルカードは満足の笑みを浮かべながら、消滅していくのだった。

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