第18話 流星針

「ならば、この技にかけるのみ」

羽で自らの体を包みこみ、流線形の錐揉み状にする。そして剣を針のように全面に突き出した。

「風魔法を身にまとい、いつもより二倍の高さをとる」

ヘリックから離れ、上空に向けて舞い上がる

「風魔法を噴出して、いつもより二倍の落下速度を得る」

風を後ろに送り、重力と風力の相乗効果でいつも以上のスピードでヘリックに迫る。

「さらにいつもの二倍の回転を加えることで、一点へ力を集中させる」

エウロスは、回転する一つの矢となって、ヘリックの心臓めがけて突進する。

「これこそがバーピー流空襲術最終奥義『流星針』!」

ヘリックはよけきれず、エウロスの体当たりをまともにくらってしまった。


「やったわ!」

勝利を確信するエウロスだが、すぐのその顔に疑問が浮かぶ。確かに剣で貫いたはずなのだが。柔らかい壁に受け止められてしまった。

「な、なぜ……」

「一時的に『カチン』の壁を柔らかくして、お前の攻撃を受け止めた。剣を奪い取れるようにな。捕縛魔法『アクセプト』」

エウロスが繰り出した剣は、柔らかい重力の壁にからめとられて動けなくなる。それを見て、エウロスは敗北を悟った。

「……わが最大の奥義も受け止められてしまうとは……私の負けです」

ヘリックの前に跪いて、負けを認める。自分たちのリーダーの敗北宣言を受けて、他のバーピー族も戦闘を中止するのだった。

バーピー族が武器を放り出して降伏するのを見て、ヘリックも矛を収める。

「いいだろう。しばらくこの場で待っていろ。俺は逃げたケルセウスを追う」

「……我らを捕虜にして、拘束しないのですか?」

エウロスが意外そうに聞いてくる。

「どうせ土星城を攻めるように命令したのは、ジュピター子爵家で、お前たちはそれに従っただけだろう。逃げたいなら好きにしろ。どうでもいい」

そういうと、へレックはハーピー族に目もくれずにケルセウスを追いかけていく。

「姫様。いかがいたしましょう。今なら逃げられますが」

部下がそう勧めてくるが、エウロスは首を振った。

「いえ。一度降伏したのです。ハーピー族の誇りをもって、潔く彼の沙汰を待ちましょう。それに……」

エウロスは、去っていくヘリックのたくましい背を見つめる。

「もしかしたら、彼は私たち人間に虐げられている亜人族を救ってくれる救世主になってくれるかもしれません」

エウロスの目には、ヘリックに対する期待が浮かんでいた。


「くっ……冗談じゃない。へリックがあんなに強くなっているなんて」

ケルセウスは、恐怖に震えながら土星城の表面を逃げ回っている。

ヘルメス村では散々彼のことをバカにしていたが、実は昔からヘリックの強さに対して恐れを抱いていた。以前はそれでも魔法の力で優位に立てていたのだが、今では彼からも圧倒的な魔力を感じる。

しかも、魔法を使わない体術だけで圧倒され、さらに頼りにしていた魔法も通じなかった。

(だめだこれは!ここは一度退散して、もっと大軍を連れてこないと)

そう思って必死に逃げ回るケルセウスだったが、しばらくして奇妙なことが起こる。ヘリックたちと戦った場所から遠ざかっていたはずなのに、いつの間にか元の場所に戻ってきてしまった。

「こ、これはどういうことだ!なんで戻ってきてしまったんだ」

動揺するケルセウスに、エウロスは呆れた目を向ける。

「当然でしょう。ここは空に浮かぶ球ですよ。一周回って元の場所に戻ってきただけです」

エウロスは頭上に広がるへスぺレウスの町を指さして指摘する。ケルセウスは、どこにも逃げ場がないことを知ってさらに絶望した。

「くっ……こうなったら撤退だ。おい!僕を連れて逃げ出せ」

そう命令してくるが、エウロスは首を振って拒否した。

「残念ですが、我々ハーピー族は彼に降伏しました。一族の誇りにかけて、彼の許可なしにこの土星城を離れることはできません」

「うるさい!お前たちの誇りなんてどうでもいい!なんとか僕だけでも逃がすんだ!早くしないと……」

恐ろしそうに後ろを振り向いたケルセウスの顔が恐怖に染まる。遠くからヘリックが近づいてきていた。

「う、うわぁぁぁぁ!」

ヘリックの姿を見て、ケルセウスは錯乱してさらに逃げ出す。

必至になって逃げ回る彼の前に、バサバサという音がして、翼が生えた黒い馬が天から降りてきた。

「ヒヒン!」

その馬は、歯を剝きだしてケルセウスの前に立ちはだかる。

「なんだお前は!そこをどけ!」

ケルセウスが槍を突き出すと同時に、その馬は後ろ向きになってケリを繰り出してきた。

バチーンという音とともに槍が跳ね飛ばされ、遠くに落ちていく。

「ヒン!」

「ぐぼっ」

続いて繰り出された蹴りによってケルセウスは10メートルも跳ね飛ばされ、意識を失った。

「ペガサス。お手柄だな」

「ヒヒン!」

へレックに褒められ、ペガサスは嬉しそうな顔になるのだった。


ケルセウスの意識が戻ると、木の触手に体を縛り上げられていた。

「くっ離せ!いたっ!」

身もだえた際に、脇腹に鋭い痛みが走る。

「脇腹が折れている。おとなしくしていろ」

そう言って自分を見下ろしてくるヘリックに、ケルセウスは屈辱のあまり身もだえた。

「くっ……この僕がお前みたいな下男に負けるとは。さっさと殺せ!」

やけになってそう喚くが、ヘリックに鼻であしらわれる。

「断る。お前なんか殺す価値もないからな」

心底どうでもいいと思っている態度に、ケルセウスは屈辱に震える。

さらに喚こうとしたとき、ヘリックの隣に立つ少女に諫められた。

「ケルセウス様。自暴自棄になって、そのような態度をとるのは感心しません。負けたからには素直に謝罪し、彼の許しを請うのです」

そう諭してくる少女、エウロスに、ケルセウスはそっぽを向いた。

「ふん。裏切者が!」

「裏切っているつもりはありませんが……」

「とぼけるな!拘束されているのは、僕たちジュピター子爵家の者たちばかりで、お前たちは縛られてないじゃないか」

周囲を見渡して喚く。確かに縛られているのは子爵家の騎士たちばかりで、ハーピー族は自由に行動できていた。

何か言おうとしたエウロスに代わって、ヘリックが口を開く。

「彼らはビュピター子爵家に従って、お前たちを運んだだけだ。しかも自ら降伏している。主犯であり、なおも反抗心を抱くお前たちと一緒にするな」

「ヘリック様……」

それを聞いて、エウロスは寛大なヘリックに尊敬の目を向けるのだった。

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