第10話:デーティア、激怒する
「まったく!ばかなんじゃないのかい!あんた達は!!」
デーティアの激高した声が響き渡る。
「いくつになっても女が世話しなきゃならないのかね!男ってやつは!!小さな頃は女が面倒見て、育てば他所の女にいいようにされる!女を軽んじて利用する!それなのに尻拭いも女!まったく、救いようもないね!」
国王に迫って行く赤いフード付きマントを纏った少女。
「自分の孫がどんな危ない目に遭ったかわかっているのかい!?」
怒りの相手はこの国の国王と王太子だ。
「女や色恋でばかをする家系なのかい!?あんた達、この国の屋台骨だっていう自覚はないのかね!?」
壮年の国王と25歳になる王太子に、少女ががぎゃんぎゃんと怒りをぶつける様に、大臣たちは唖然としている。
「ここのジルリアは森に捨てられる!その孫のジルリアは猫にされる!」
突然現れた深紅のフード付きマントを纏った少女が怒りをぶつけても、国王は気まずそうに首を竦めているだけだ。悪戯を見つけられた子供のようだ。
「ジルリアって名前はもう王家の子供につけないでおくれ。あんたの父親も曽祖父ひいじいさんもろくでなしだったけどね!なんでジルリアって子供は危険な目に遭って、その親はなんで揃いも揃って女に誑かされるんだい!?」
少女の悪態は止まらない。
それにしてもなぜこの少女が、現国王の幼少の秘密を知っているのだろうか。
大臣達は動けない中考えた。
大臣達も宮廷魔導士達も身動きがとれない。魔法で拘束され、国王と王太子と少女の周りに堅固な結界が張ってあるのだ。
「無礼な!突然現れてなんなのだ!」
王太子が詰め寄ろうとするが、少女が制すると動きがとまる。
少女は王太子に近づき、思いきり頬を張り飛ばした。次いで裏拳でもう片方も。腕を振りかぶった拍子に赤いフードが後ろにはねのけられ、渦巻く赤い髪が現れた。
王太子フィリップは呆然とし、次の瞬間目が覚めたかのように瞬きした。
「無礼もなにもあったもんじゃないよ!あたしはあんたの息子を守ってやって連れて来たんだよ!?感謝の言葉くらい欲しいね!」
王太子に物怖じするどころか、睨みつける少女。
「あんたが魔法で踊らされている間に泣いている女子供がいたんだよ!?おふざけでないよ!」
王太子を怒鳴りつける。
「あー…」
国王が言いにくそうに口を開ける。
「フィリップ、この方は其方の曽祖父の姉君のデーティアだ」
謁見の間がその言葉に凍り付く。
王家と王家を守る者達に伝わる秘密だ。
現国王の祖父である先王にはハーフ・エルフの姉がいて、現国王ジルリアは産まれてすぐにその手に保護され、国家転覆を目論んだ陰謀を解決したという話だ。
この少女が?
そう言われると、少女は先代と先々代国王そして王太子と同じ髪の色をしている。くるくると渦巻く赤毛。顔立ちは現国王と王太子によく似ている。
デーティアは張り手に魔法を込めて、王太子にかけられた魅了と服従の呪縛を破ったのだ。二発目は自分の怒りの分だ。
「こんなに魔導士がいて、なんであんなしょぼい加護しかつけられないんだい!?母親がつけたの加護の方がよっほどあの子を守ったよ!」
デーティアは次々と怒りを吐き出す。
「ジルリア!魔導士達がよってたかってつけたモンより、あんたのおっかさんの加護の方がよっぽど強かったよ!あんたは生涯フィリパに感謝しな!」
デーティアの怒りはとまらない。
「アレの始末はあんたに任せるよ。これ以上あたしの手を煩わせないでおくれ」
アレとは謁見の間の隅に、荷物のように重なり合うように置かれた集団だ。
「動きは封じたけど一時的なものだから、そっちでなんとかするんだね。だいたい…」
一瞬口をつぐんだ少女は次の瞬間、また爆発した。
「隙が多いんだよ!あんたは!その上無責任だ!身内の不始末に甘いからこうなるんだよ!」
次は王太子に向かった。
「あんたね!あんたのばあさんのフィリパがどんな苦労をしたかわかってるのかい!?」
右手の人差し指を王太子の顔の前に突き立てて迫った。王太子は両頬を腫らしている。
「あんたのじいさんがつまらない女に誑かされて、フィリパもジルリアもどんな目にあったか知っているだろう!?なのに!!」
デーティアの怒りは止まらない。
「子供も妻も守れないで3人の愛妾?愛妾だって?愛?おふざけでないよ!」
デーティアはぎゃんぎゃんと噛みつく。
「あちこちフラフラしているからつけこまれたんだよ!何が愛妾だ!」
王太子を責める声が響き渡る。
「女の涙と甘い言葉と魔法に誑かされて、コロっと巻かれて親子ともどもぱっくり喰われるところだったじゃないか!」
王太子は言葉も封じられている。
「だから色恋なんてろくなもんじゃないんだよ!」
決めつけるデーティア。
「あんた達王家の者は、大きな魔力を持っているのに、それに驕っているから足元を掬われるんだよ!」
くるっと振り向いて、今度は宮廷魔導士に言う。
「宮廷魔導士もこんなにいてなんてザマだい!?ヨーハン!」
1人の魔導士が名指しされる。
「あんたはショーンと同じくシルアの孫弟子だろう?なんで弟子同士仲良く協力できないんだい!?おかしな競争心や自尊心なんて役に立たないものなんか捨てちまいな!」
ヨーハンの顔がどす黒く染まる。
「あんたのつまらない自尊心のおかげで、また王子が危険になった。あのままだったら猫としてあと10年くらいで死んでいたんだ」
それからニヤっと笑って言った。
「あんたはもう宮廷魔導士失格だよ。あたしが直々に魔力を封じて壊してあげる」
デーティアは蕩けるような微笑を浮かべて結界から進み出て、ヨーハンへ右手を伸ばした。
ヨーハンは抵抗する間も声を上げる暇もなく、自分の魔力が奪い取られるのを感じた。次の瞬間、意識も奪われた。
「フン!」
面白くなさそうに鼻をならして、デーティアはヨーハンの魔力塊を潰した。
「あとの始末はちゃんとおやり、もっとも…」
国王に向かって言う。
「魔力は全部抜いて壊したからね。これで正気だったら褒めてやりたいくらいだよ」
「大伯母上、相変わらず容赦がありませんね」
苦笑する国王ジルリアにデーティアはまた怒りを再燃させた。
「容赦だって!?そんな役に立たないもの、持ち合わせちゃいないね!」
ツカツカとジルリアに近づいた。そしてジルリアの胸ぐらを掴んで言う。
「あんたが可愛い婆は、身内に甘いあんたの気持ちがわからなくもない」
ぱっとジルリアを放して続ける。
「あんたが妃選びで騒動に巻き込まれた時も、フィリパに頼まれたからだけじゃなく、あんたが可愛いから手をかしたんだよ?だけどね」
王よりも尊大な態度で言うデーティア。
「今じゃ、小さいジルの方がずっと可愛いよ。ジルのためならあんたもそのばか息子達も潰すよ」
ぎゅっと拳を握りしめる。
王太子に向き直って横目でジルリアを見て言い募る。
「あんたの父親のように廃嫡させた方がいいんじゃなかい?この子はなんて名前だっけ?フィリップだ。フィリパにもらった名前だったね。あんたにゃ、もったいないね」
王太子をジロジロ見ながら言う。
「まったく、見かけだけじゃなくあんたの父親によく似てるね。あたしの父親もこんなだったんだろうね。赤毛で無責任で」
「全く、大伯母上にそっくりです」
フィリパ譲りの金髪の国王がデーティアに一矢報いたと思ったら、矢は何本も放ち返された。
「あんたの優柔不断も大概だよ!妃選びではあっちフラフラこっちフラフラして、フィリパがいなかったらこの国は滅んでいたかもしれないよ!息子は宮廷魔導士に誑かされて、愛妾にした3人の娘を不幸にして、内側から喰い破られるところだったんじゃなか!」
ジルリアは苦し紛れに以前から幾度も頼み込んでいる願いを申し出た。
「ですから大伯母上、是非に宮廷魔導士として導いていただきたいとお願いしているではないですか。今からでも是非に」
「お断りだよ!」
スパっと断るデーティア。
「なにしろ無責任は親譲りだからね」
ニヤっと笑う。
「幸いあたしは責任を問われない自由な魔女さ。子供と母親は事がおさまるまで預かるよ」
「大伯母上!」
「うるさいね!政治は男の役目なんだろ?せいぜい女に翻弄されずに采配を振るうんだね」
昔ジルリアの妃選びの時に、彼がつい言ってしまった言葉を未だに赦さないつデーティアなのだ。
「愛妾達の始末。3人とも魔法にかけられているからね。解いてあげたけど後の世話をしておあげ。いい嫁ぎ先でも探しておやり」
3人の女が謁見の間の隅の人の塊からポイっと出されて床に放り投げられる。
「その家族の始末。」
さらに数人が放り出される。
「魔導士に唆されて自分の欲のために娘を売った人非人ひとでなし達のばか親どもさ。あたしだったら生きながら引き裂いてやる。お灸をすえてやりな」
次いで居並ぶ魔導士の方を向いた。
「反逆者ヨーハン」
意識のないヨーハンを魔法の網で絡め取ってポイっと広間の中央に放り投げる。
「医局長のディランはかけられた魔法を解いたけど、体が弱っているからね。養生させて医局長は別の医者にするんだね」
今度は優しく医師ディランを床に横たえる。
「役立たずの大臣達と他の魔導士達は首を挿げ替えるか教育し直すか、ちゃんとおやりよ!?」
ジロっと居並ぶ者達を見渡す。
「面倒ごとが片付いたらジルとシャロンを送り届けるよ」
傍らに王子ジルリアを抱いた王太子妃シャロンと白猫のジルが現れた。シャロンは驚いた顔で状況を飲み込めない。
「腹の子が産まれる前に片付いたら褒めてあげるよ。尤もシャロンはここよりうちで産んだ方が心が休まるだろうけどね」
引き止める暇もなくデーティアは転移魔法を発動した。
「じゃあ、お気張り」
後は男達が誰もいない空間を呆然と見つめていた。
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