第8話:白鳥は舞い降りる

 翌日からデーティアはシャロンを磨き始めた。


 気苦労で荒れた肌や髪を調え、やつれた体に栄養を与える。

 シャロンは再び身籠っていたのだ。


 去年のジルリアの異変以来、王太子の足は遠のいていたが、月に数度は訪れていた。

 しかしシャロンは自分の懐妊を疑った日から、自ら王太子を遠ざけていた。

 建前ではおかしくなった王子を看るために王子の部屋で過ごしていた。


 賢い子だよ。もう半年になるね。

 デーティアは感心すると共に守りを固め、強い加護を与えた。もちろんジルリアとジルにも。


 10日もすると、シャロンは元の美貌を取り戻した。輝くばかりの美しさだ。

 フィリパよりも淡い金の髪、青い目は深い湖のよう。ほっそりした首は白鳥を思わせる。


 王子ジルリアはシャロンに似た金髪で、ロイヤル・パープルの瞳だ。

 国王ジルリアによく似ている。


「そろそろ腹の子のを紹介していい頃だよ」

 デーティアの言葉にシャロンの体が強張るのがわかった。

「心配しなさんな。王宮魔導士全員が束になってかかっきても、あんたには何の害も及ばないよ。ましてや胡散臭い魔術師だか魔女だかなんかに、なんにもできやしない」


 シャロンは静かに頷いて耳を傾けた。


「あんたは綺麗にして堂々と振舞えばいいのさ。まずは国王に懐妊の報告に行こうじゃないか」


 デーティアは国王ジルリアに伝言鳥を飛ばした。


 ほどなく国王から、私的なお茶会の招待状が届いた。出席者は国王と王太子、そしてシャロンだ。


「心配しないでソフィーと行っておいで。あたしはここでジル達のお守りをしながら視ているからね」


 当日、デーティアはソフィーと一緒にシャロンを美しく仕立て上げた。


 白と淡い青の胸下から緩やかに襞を取って落ちるようなドレス姿は、冬の湖に浮かぶ白鳥のようにシャロンを装わせた。

 秋なので、柔らかな鳩羽色のショールを纏わせる。


「おばあさま、どうかジルをお願いします」

 不安げなシャロンの頬を突いてデーティアは笑う。

「ほら笑って。その美しさを見せつけるのがあんたの役目だよ。あの女どもを悋気の火の玉にしておやり。そして…」

 ニヤっとわらって付け加える。

「"化粧品"と"魔女"の話を忘れずにね」


 デーティアは水鏡で見守る。


 テーブルについたシャロンを、王太子が魂が抜けたように見蕩れている。

 これは魅了の魔法だね。あんたのじいさんの二の舞じゃないか。

 女狐どもから離れた王の居城にかけ直した加護と結界のおかげで遮断されて、今は目の前のシャロンに魅了されている。

 今頃、女達の後ろにいる奴はは焦っているだろうよ。様子が全く見えなくなったんだからね。


 水鏡を通して王太子に絆を結ぶ。血が繋がっているから簡単だ。これで王太子が女どものところに行っても様子を覗き見できるようになった。


 シャロンは給仕がお茶を注ごうとするのを押し留めた。

「お茶ではなく果実水を」

 シャロンは慎ましやかに目を伏せて告げた。

「懐妊したようなのです」

 その言葉に、王太子は目が覚めたような顔になった。

「誠か!なんと!」

 前もって知らせていた国王ジルリアが堅苦しい祝いの言葉を述べる。

「それはめでたい。体を労わるように」


 まったく、三文役者が。下手くそめ。

 デーティアは心の中で毒づく。


「ただ王子は相変わらずで…ですからまだ公にするのはお許しください」

 シャロンの言葉に国王ジルリアが応える。

「王子は心配だが」

 だから下手くそが!デーティアは舌打ちした。

「シャロンは輝くばかりに美しいな」

 これは真実なので心が籠っている。シャロンは薄く頬を染めた。


「国王陛下が遣わしてくださった魔女のお陰ですわ。魔導士達は化粧品や健康や美容にいいものは扱っていないので、嬉しゅうございました」

 さあ、ばか王太子、今の言葉を心に刻むんだよ。

 デーティアは呪まじないをかける。


 王太子妃シャロンは美しい。ある魔女の化粧品のお陰で。


 ちゃんと女達に伝えるんだよ。


 ぼんやりしたぎこちないお茶会は終わった。


 王太子はシャロンを部屋まで送ろうとした。

「今宵行ってもいいだろうか」

 シャロンは慎ましやかに断る。

「お腹の御子が心配ですし、まだジルリアの部屋に詰めて居りますので…」

「久しぶりに王子の顔を見たい」

「それはご容赦ください。見苦しゅうございますので。もう少し落ち着いてから…」

「そうか」

 王太子はシャロンの手を取って口づけた。

「近いうちにまた茶でも」

「はい。是非に」


 2人はドアの前で別れた。


「お疲れさん」

 デーティアはシャロンとソフィーを出迎えて労わった。


 ******


 目論み通り王太子は操られたように王城から出ると、西の離宮に向かった。

 目に霞がかかったように虚ろになっている。


 王太子を待ち構えていた3人の女達は、彼の異変よりブツブツ言う言葉に目を剥いた。


「シャロンは美しい」

「魔女の化粧品」

「美容にいいもの」


 だらしないね!!

 デーティアはすっかり魔法にかけられた王太子の様にイライラしたが、翌日早速いい知らせを受け取った。

 王太子が国王に腕のいい魔女を紹介してくれと打診してきたのだ。


 3日待たせて、デーティアはもったいぶって西の離宮を訪ねた。

 老獪な魔女の姿を被って。

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