第3話:デーティアと白猫のジルの秘密

 デーティアは力の強い魔女だ。

 エルフの母親も人間の父親も魔力が強く魔力量も多かった。


 両親は人間の町で暮らしていた。しかしデーティアが生後半年の時に竜巻で母親が死に、父親はデーティアをエルフの村の親戚に託した。人間の学校で高等教育を受けるための金子と、彼女の身の証となるペンダントと共に。


 人間の学園で高等教育を修めたものの、デーティアにとって人間の中もエルフの中も、どちらも同じように生きにくかったので魔女ルチアの弟子になった。


 正式に魔女になる儀式で子宮の機能を捧げた。

 それは恋すること、子供を産むことを放棄することを意味していた。

 色恋を捨てたので媚薬も惚れ薬も作れず、恋の呪まじないもできない。


 それでもデーティアは優れた魔女だった。


 ******


 白猫ジルはおとなしい猫だ。

 まだ生後2年ほどで、成人女性の上半身ほどの体長、右目が青で左目が金色、真っ白で大きな体にふさふさの長い体毛、ふさふさで長いが先が鍵型に曲がった尻尾の猫だ。


 まるで1歳前後の人間の子供のようだ。


 そのおとなしさと大きさにふとデーティアは疑いを持った。


 よくよく視・る・と、ジルには魔法がかかっていた。

 封印と姿替えの魔法じゃないか。それにその奥に母親の愛の加護がある。

 ジルリアにかけられたフィリパの加護を思い出した。


 ふぅーん、この猫の中には人間の子供の魂が封じ込められているね。

 体はどこだろう?


 デーティアが探ると、脳裏には見たことのある場所が像を結ぶ。


 王宮じゃないか。


 デーティアはぎょっとする。


 ああ、また面倒ごとだ。


 王宮の一室で2歳くらいの子供がベッドに横たわり、というより体を丸めて眠っており、枕辺にはその母親らしき女が心配そうに見守っている。

 シャロンじゃないか。

 デーティアはまた驚いた。


 シャロンはこの国の王太子妃だ。


 視ていると子供は起き上がった。

「くあー」とばかりに欠伸をして伸びをしてあちこち這って動いて、まるで猫のようだ。


 ああ、やっぱり。あの子供の体にはこの猫の魂が入っているんだね。この猫の体にはあの子供の魂が。


 また王室絡みの騒動か。


 デーティアはうんざりした表情になった。


 もうすっかり安心していた。それにジルリアも何も言ってこなかったし、知ったこっちゃないと思っていた。毎月シャロンに化粧品やハーブティーを届けている。何かあれば言ってくるだろうと思っていた。


 しかしもう巻き込まれた。関わらずにはいられない。

 そういえばジルリアは身内に甘い上に、気が弱かったっけ。

 よく言えば上品だが、強かさはなかった。


 ジルリアは今の国王の名前だ。シャロンはジルリアの息子の正妃だ。つまりこの猫に入ってる魂の持ち主はジルリアの孫だ。

 ジルリアが赤ん坊の時に彼の父親の醜聞に巻き込まれたことがある。

 赤ん坊のジルリアを1ヶ月ほど育てて、王家のお家騒動をおさめる一助となったのだ。

 以来、ジルリア気にかけていたし、フィリパとは彼女が死ぬまで定期的に手紙のやりとりをしていた。


 ジルリアが結婚相手を決める際には、フィリパに要請されて王宮に赴き、ちょっとした騒動をおさめたこともある。結果ジルリアは淑やかで控え目だが、彼に真心を捧げたソムラニア侯爵令嬢ジャンヌを妃に選んだ。

 フィリパは10年前に穏やかにこの世と別れを告げた。彼女が死んだ夜、幻となって現れデーティアに感謝を述べた。


 以来、王宮には意識を向けていなかった。

 フィリパに育てられ、ジャンヌを娶った穏やかなジルリアは、これ以上面倒ごとなど起こさないだろうと思っていたのだ。


 それにデーティア自身が面倒ごとを嫌った。

 もうたくさんだ。とジルリアに告げたのだ。


 元来デーティアは勝手気ままな性格だった。


 正直デーティアは国が滅んでもどうでもいいと思っているし、どこでもやっていけると思っている。

 リャド近くの森に留まっているのは居心地がいいからだ。慣れ親しんだ家も庭も愛している。


 デーティアのハーブもブレンド・スパイスも、化粧品や布小物も、ちょっとした薬も人気だ。中には3代に渡って愛用しているご婦人方もいる。

 評判はリャドに留まらず、王都にも顧客がいる。

 もちろん、フィリパやジャンヌもデーティアの化粧品を使っていた。シャロンにも毎月送っている。秘密だが。


 ジャンヌの急死の時に探っておけばよかったのだが、面倒ごとに巻き込まれたくないという手前勝手な理由で放っておいた。

 何かあったらジルリアが知らせるだろうと高を括っていたのだ。


 デーティアは最近の王都の噂話を思い出し、慎重に王宮の様子を調べだした。


 巷の噂では王太子フィリップは色好みで、正妃シャロンの他に愛妾が3人いる。

 3人の愛妾はシャロンの妊娠中に相次いで囲い込んだ者で、キャリシア子爵令嬢エヴリーヌ、ピアン男爵令嬢リリアナ、サイアンス男爵令嬢シシィだ。

 それを聞いた時にデーティアは思った。

 全く血は争えないよ。


 国王ジルリアは貞淑で完璧な淑女フィリパに育てられたためか、または母親譲りの金髪のように母親の性質を受け継いだのか生真面目な男で、妻は亡きジャンヌ1人だった。

 ジルリアとジャンヌの間には王女が2人、王子が1人いた。姉の王女2人は降嫁し、4年前に末っ子の息子フィリップがシャロンと結婚した。2年前にシャロンが王子を産むと、ジャンヌは数か月後に亡くなった。元から虚弱だったわけではなく、急な病を得たそうだ。


 この辺りからきな臭いね。

 デーティアは思った。


 王太子フィリップが2年あまり前に相次いで愛妾を囲ったこともきな臭い。


 まったく、この血筋ときたらろくでもないよ。

 また色恋絡みだ。


 3人とも妃や側室になるには身分が低かったため、愛妾となったようだ。

 伯爵以上の家格の養女になれば話は別だが、貴族間の均衡を崩しかねないこともあり国王ジルリアがそこは許さなかったのだろう。

 公妾でもないのだから、国からは認められていないのだ。

 フィリパやジャンヌが生きていたら、愛妾自体も許されなかっただろう。


 身分の低い馬の骨に苦労させられたからね。


 デーティアは知らずため息を吐いた。


 この愛妾達と近辺が怪しね。


 デーティアはここから調べることにした。


 とりあえず今は…


「おまえさんの食事が先だね。お腹空いてるんじゃないのかい?ちょっとお待ちよ」


 魂が人間とは言え体は猫だ。逆に体は猫だが魂は人間だ。


 この子供の魂は少なくとも1年、猫の中にいたのだ。もっと早く気づけばよかったのだが、ハンナの下でなかなか幸せそうだったから疑いもしなかった。やけにおとなしい猫だと思っっていたが、母の、シャロンの愛の加護に守られていたのだ。


 さてどうしたもんかね。

 細かく切った鶏肉とキャベツをヤギの乳で煮たものを作る。塩をはじめ味付けはなし。

 それを冷ましてからスプーンでジルに一口ずつ与える。

 ジルはそれを素直においしそうに食べた。


 あーあ、こんな姿を誰かに見られたら、「デーティアばあさんは猫に夢中」とか噂を立てられるんだろうね。

 でもね、人としての尊厳は大切だ。皿から直接食べさせられるもんかね。

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