21.魔人

「……お? 目を覚ましたか?」


 気が付けば。潮騒の音が聞こえる。


「お前を引きずってここまで来るの、大変だったぞ」


 目の前に、ニョキっと顔が出た。青い肌の……人間?


「……君は?」

「あたしは、ネレイド。海魔人族のネレイド」

「魔神……?!」

「多分違う。あんたが言ってるのは、魔なる神のこと。あたしたちは、魔なる人。響きは同じだけど、魔人」

「魔なる人?」

「あんただってそうでしょ? 白い肌した魔人って、初めて見るけど」

「俺は人間だよ」

「? なわけないじゃん。魔素の匂い、プンプンするよ?」

「魔素って? 魔の因子のこと?」

「違う。魔の因子は、あたしたちのエサになる下級魔族を造るためのモノ。魔素は、魔力ともいう」

「魔力?」

「魔法の力の源だよ」

「魔法?」

「……あんた、ホントに何も知らないんだね。まさか、本当に人間なの?」

「……多分」

「だとしたら。この魔素の濃密さの説明がつかない。まあいいや。賢者に聞けば、なんか知ってるだろうから」


 銀髪に青い肌のネレイドは、しししっ、と笑った。


「んでさ。あんた、船が難破して遭難でもしたん? 砂浜に打ち上げられていたよ?」

「……覚えてない……。帝国の基地から逃げ出して、近くの海岸まで歩いて出たことしか」

「帝国? 隣の大陸やん。あんたまさか、大海の向こう側から来たっての?」

「大海?」

「このアルシュターン魔大陸と帝国のあるアルトリース大陸は、ナルナネック大海って海で断絶されてるんだけどさ。まあ、普通だったら渡っては来れない。帝国の手段だったら、それこそ飛行戦艦隊でも組んでこないとね。こっちには、何体もの魔神が護りとしているから」

「魔神が……護り?」

「魔神は、魔の眷属を守ってくれる。あたしたちの守り神だよ」

「……」

「どしたん?」

「おれは、家族を。魔神がばら撒いた魔の因子のせいで失った」

「……まあ、しょうがないんじゃん? それって、帝国民でしょ?」

「どういう意味だ……?」


 ネレイドは、そこで腕を組んだ。


「あたしじゃ、多分うまく説明できない。賢者に会わせるから、ついてきて。もう自分で歩けるでしょ?」


 おれは、そこで。

 ずっと感じていなかった空腹感が突然襲ってきて。


 猛烈に食べ物が欲しくなった。


   * * *


「……すげえ喰うな、コイツ」

「ああ。クラーケンのゲソを二本も食い切りやがった」

「いいんじゃん? 健啖家って、だいたい役に立つパターン多いし」


 ネレイドの住んでいる村落なのだろうか。海沿いの漁村のようなところで。

 俺はひたすらにやたらとでかいイカの足を食べまくっていた。


「ネレイド、コイツ人間なんじゃないか?」

「そりゃないよ、ザクレスにーちゃん。人間がこの濃度の魔素を発せるわけがない」

「そうはいってもなぁ……。見た目がまるっきり人間じゃないか。しかも帝国の」

「あたしの魔素に対する嗅覚を疑うっての? アッゼンにーちゃん?」


 ネレイドが、どうやら兄弟らしい二人の青い肌の大きな男たちと話をしている。


「それに。もし人間だとしたらどうだっての?」

「そりゃあ、魔人族のしきたりとしては……」

「生贄だなぁ」

「だめだよ、そんなことしちゃ。あたしの見立てが正しければ。コイツが発している魔素を上手く扱えるようになれば。魔導の達人になれる」

「……」

「そう上手くいくかぁ?」

「うまくいかせるんだよぅ!!」


 ネレイドは、二人の兄の前で、地団駄を踏むように。

 いきり立っていた。

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