第18話 知らないもん

 言いました。ええ、たしかに言いましたよ。でもそれはあの場の雰囲気のせいというか、はっきり言えば翔斗くんのせい!


 本当に毎日迎えに来るなんて!


「頑張るんでしょ?」

「鬼っ……!」


 さすがにこの暑さ。練習は早朝へと移行した。ちなみに『早朝』とは……。朝の7時、よりも前!


「日が昇ると目、覚めない?」

 覚めないし仮に覚めても起きないよっ。


「翔斗くん、つまり何時から起きてるの?」

「蝉より先に」

 せ、蝉より……?


「それよりもっと力入れて漕いで。スピード出さないと安定しない」


「くうっ。これ以上!?」

「ほら。手離すよ」

「や、や、まだだめえっ! ひあっ!」


 ──ガシャアーンっ!


 パンクが直ってキレイになったわたしのかわいい自転車のカゴがギャッと歪んでしまった。ぎゃああっ!


「……もう、スパルタすぎだよ」

「おまえが全然上達しないからだろ。三日なんかじゃ全然むりで、もうすぐ1週間たつってのに」

「お、怒らないでよ」

「でももうひと息って感じはする」

「え、本当?」

「ほんとほんと」


 むう。本当かな。わたしとしてはあんまり実感ないけどなあ。


 暑くなってきたし今日はもう終わろうか、と言いつつ服についた砂をぱたぱたとはたいていると後ろから翔斗くんの声がした。


「あのさ」


 ん? と振り向くと、ギラリと朝日がまぶしく光っていた。


「見てほしいんだ。おれのマカロン」


 緊張からか、声がいつもより硬い。わたしはドキリとしてから、胸が弾んだ。

「できたの!?」


 すると翔斗くんは「いや……」と目を逸らす。え、どういうこと?


「できてない。それももう一歩のとこって感じ。だから、その、なんつーか、おまえから見てどう思うかなって」


「わ、わたしなんかが見てもなにもわかんないと思うよ?」


 慌てて言うと「はは」と笑って「大丈夫」と言いながら停めてあった自分の自転車の前カゴのカバンから国語辞典くらいの大きさの保存容器を取り出した。


「とにかく見て。これ」

 パカりとそのフタを開けると、たちまち甘い香りが拡がった。


 見て、と勧められて、顔を近づける。


「うわっ……え、……これ?」


 それは、どこをどう見ても完璧なマカロンだった。


「どう」

「どうもこうも……。これっ、すごいよ。え、どこがだめなの?」


 訊ねると「は? よく見て」と。よくもなにも。


「そもそもマカロンって、どうやって作るの?」


「は?」

「えっ」


 その途端、すっ、と相手の熱が引く感覚があった。え……?


「待って。や……、え? そこから?」


「え……だって、知らないもん」

 少なくとも普通の小学生はそうだと思うけど。


「は……。『知らない』? や、『知らない』じゃないっしょ。つか知りたくなんないの? そうでなくてもおれがマカロン作ってるって話してからもだいぶ時間あったじゃん。なんで調べようと思わなかった? 本でもネットでも、すぐ調べられんだろ」


「え……そ、そんな」


 言われてみれば、そう……? だけど、でもさ、そんなの……思いもしなかったもん。


「はー。もういいわ。おれがバカだった」

「え、ちょっと」


 不機嫌そうに言うなり容器のフタを閉じて元通りにしまってしまった。それだけじゃなくて、「じゃーな」とぶっきらぼうに言い捨てて、あっという間に帰ってしまった。


「なに……さ」


 今日の蝉は、ひときわうるさく感じた。



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