第11話 夢の国

 ケーキ屋さんにしては広い駐車場。だけど連休最終日とあって、その上〈こどもの日〉当日ということもあってお店はそこそこ混雑していた。


「目当ては〈ヒマワリはちみつバウム〉って言ってたよね? 初めて聞いたわ」


 ママが言うと「え、〈こどもの日ロール〉じゃないの?」とお店の周りに立つ『のぼり』を指さしながらパパが言う。


「それももちろん気になりますけど……予算が」


 言ってから「や、買ってほしいって意味じゃないです。母にも怒られますから!」と白々しく弁解する。こいつ。こいつは。ほんとうに!


 話しつつ駐車場からお店へと移動する。お入口の前には立派なお庭があって。暖かい季節だからか、赤、黄色、ピンク、色とりどりのお花が咲き誇っていてとってもキレイだった。植木はクマやトリの形に刈り込まれていて、つるバラのゲートまである。もはや夢の国? うん、夢の国だなこれは。


「見てよ杏子。テーマパークみたいだね」


 パパと思考が同じなのはヤなんだけど意外とよくある。


 そんな夢の国の小道を抜けつつお店の入口に続く行列の最後尾についた。


 はたから見たらわたしたちってどう見られるんだろう。やっぱり家族、なのかな。


 沢口くんはクラスでも結構背が高い方。一方でわたしは前から三番目。同じ歳でもまあまあ差があるから。


 お兄ちゃんと妹。そんなふうに見えたりするのかな。お兄ちゃんか。こんなお兄ちゃんがいたら……。


 うわあ、やだやだ。すっごい変なこと考えちゃった! ヤバい。ないない。もう、顔が熱い。「杏子、いくよ」と列を進んだママがわたしを呼ぶ。「ん、なんか顔赤くない?」と言われ慌てて「なんでもないっ」と手を振った。


 お庭を過ぎてお店の入口を通るとまず〈こどもの日〉と可愛らしく飾られた大きな文字が目に飛び込んできた。かぶとの折り紙と、鮮やかな紫色の花しょうぶの造花がたくさん。


 そのもとに、箱詰めのお菓子が所狭しと並べられていた。内容は焼き菓子だけでなく色鮮やかなゼリーの詰め合わせなんかもある。どれも〈こどもの日〉を意識した色合いやデザインの箱やリボンで飾られていて、見るだけでも楽しめた。


「ははー、すごいねぇ」

 パパが感心したように言う。


「ここはかなり規模が大きいケーキ店なんで。駅の方に二号店もあるみたいです」


 小学生らしくない情報を言いながら沢口くんは焼き菓子が入った箱のひとつを手に取って内容と裏の原料シールを確認して棚へと戻した。


「買わないの?」


「焼き菓子ならうちのとそう変わりないようなんで」


 大人びた答えにママは目をぱちくりしていた。


 列に流されてバラ売り焼き菓子の棚、パウンドケーキの棚、そしてバウムクーヘンの棚へと進み、そこに〈ヒマワリはちみつバウム〉と書かれた売り場を発見した。


「これじゃん!」


 先に着いたパパが大きな声を出すからまた恥ずかしい。隣には〈ヒマワリはちみつパウンド〉も並べて売られていた。


「ひとつでいいの? パウンドケーキは?」


 ママに訊ねられて沢口くんはふるふると首を振った。


「バウムクーヘンだけで大丈夫です。ケーキ店のバウムクーヘンに最近興味があって」


 たしかに。バウムクーヘンってケーキ屋さんで買ったことないかも。


「ここで焼いてるのかな」


 わたしが訊ねると「たぶん」と答えながら沢口くんが厨房を覗こうと背伸びする。


「あんま見えないな。残念」


「バウムクーヘンってどうやって作るの?」

 パパが誰にともなく訊ねる。


「芯に、一層ずつ生地を重ねて焼いていくんです。専用の器具がいろいろないと無理ですね」


 40代の大人が小5の子どもに「へー、よく知ってるね」とか言わされてていいわけ?


「これだけの太さにするんだから相当量の生地を使うんだと思います。焼くのだって付きっきりで見ながらになるんでかなり熱い作業になるとかって」


「たしかにそうだろうねえ……。すごいね」


 パパ、その「すごい」はバウムクーヘンの作り方が? それとも沢口くんの知識量が?


「沢口くんちのお店ではやらないの?」


 きっと美味しいだろうに、と思いながら言うと、「やんないだろーね」との答えが。


「父さんのはどっちかと言うと洗練されたフランスっぽいケーキだから。バウムって感じじゃないよ」


 ううむ。わかるような、わからないような。じゃあバウムクーヘンはフランスっぽくないってこと?


「たしかに。バウムクーヘンはドイツ菓子だっけ」


 パパの声に頷く沢口くん。へえパパ、それは知ってたんだ。


「〈バウム〉はドイツ語で〈切り株〉って意味で。生地の層は樹の年輪を現してる」


「そうなんだ! じゃあ〈クーヘン〉は?」


「自分で調べれば」

「へ」


 なんでここで急に突き放すのさ。


 パパとママはすでに隣の色鮮やかなマカロンのショーケースの前にいて「こっちこっち」とわたしたちを呼んでいた。く、パパとママが近くにいないと〈いつもの沢口くん〉になるらしい。


 美しく並ぶマカロンに感動しつつ、わたしたちはその隣、デコレーションケーキのショーケースの前にたどり着いた。


 ケーキのこと、「宝石みたい」とテレビなんかではよく聞くけど、実際の宝石の価値なんてよくわかんない子どものわたしたちからすると、宝石よりもケーキのほうがずっとステキだ。


 紅い苺がツヤツヤに光ってる。芸術的にしぼり出された生クリーム。『完璧』その言葉がぴったりだと思えるようなケーキばかりだった。


 その中央の目立つところに、〈こどもの日ロール〉が並べられている。


 こいのぼりを模した、とっても可愛いロールケーキ。ウロコに見立てた苺がふんだんに飾られていて見た目も華やかだった。


「これ、ひとついただけます?」


 ママが言うのを聞いて沢口くんが「え」と言う。


「私が食べてみたいから」


 ウインクするように微笑んだ。ズッキューン。……しないか、こいつは。


「お、こっちも美味うまそうだな」


 お店の雰囲気をぶち壊しかねない声を出すのはパパに決まってる。見るとわたしたちの見るショーケースの隣に続く、切り分けられたケーキやカップもののケーキなどが並んだショーケースの前にいた。


 こういうひとり用のケーキを『プチガトー』と言うんだそうです。ちなみに丸のケーキは『ホールケーキ』。長いままのロールケーキもホールケーキに含まれるそうです。沢口くんより。


 そんなわけでヒマワリはちみつバウムのSサイズを2つ、こどもの日ロールを1本、さらにプチガトーを数個を選んでお会計となった。


「お金は……」


 沢口くんが困ったふうに言うと「とりあえずは、ね」とママが微笑む。


 そんな時だった。


「はあ、最っ低だな! ここの接客は!」


 ケーキ屋さんの甘い空気を、びり、と切り裂くような強烈な声だった。




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