第20話 彼女は誰のもの
放課後、三人で碧の間にいたら、ノックの音がした。開けられた扉の向こうにいたのはオードリー嬢だった。
昼にアルバートが頼んだばかりなのに、ルイーズ嬢、仕事が早いな!
テーブルにいる面子をみたとき、オードリー嬢の頬が引きつった気がした。でもそれは一瞬で、彼女は一礼をして入ってきた。
部屋の金髪率が上がったぞ。アルバートは、混じりけのない金そのものっていいたくなるような輝くような髪色をしてる。ルイーズ嬢は昼の光を集めたみたいな明るい色合いで、さらさらしる。オードリー嬢は濃い目で、長い巻き毛なのもあってどっしり豪華にみえる。
これじゃ碧の間じゃなくて、金の間だよ。
「やあ、オードリー嬢。そちらに座ってくれ」
「お声がけいただきましたこと、誠に光栄に存じます」
あいさつが終わると、ルイーズ嬢が明るく声をかけた。
「オードリー嬢、アルバートたちがいて驚かせたかな。すまないね」
「いえ、そのようなことは」
「オードリー嬢には、彼女があつかっている宝飾品に興味があるから、話をきかせてくれないかって頼んだのさ。知り合いの一年生を通じてね」
「はい。ミリーさまから、そのようにうかがいました」
なるほど、オードリー嬢としては自分の勢力をのばすための令嬢に会うためにここに来たら、ルイーズ嬢はともかく俺とアルバートがいたから驚いたわけだ。そのわりにほとんど態度にでなかったのは、さすが貴族だな。
「今日、ここに来てもらったのは、私の友人のノアのためでね。彼が妹君に贈り物をしたいというので、審美眼が優れていると評判のオードリー嬢に協力してもらえないかと思ったのだ」
うおっと!? なんで俺、どうしてティリー。
俺に妹がいることを、なぜ知ってるんだ。まあ、王子が親しくしてる相手だから、俺の身辺調査はしてるだろうけどさ。それはいいけど、口実にするなら先に言ってくれよ。
そんな動揺とは裏腹に、俺の口はあいかわらずの暴言を吐く。
「きさま程度が、俺の妹に見合うものを選べるとはとても思えんがな」
「お役に立てるよう、務めさせていただきましょう」
「ハッ、その貧しい頭が俺の役に立つとでも? うぬぼれもたいがいにしろ」
わー、オードリー嬢の靴はつやつやしてるなー。編み上げ靴じゃなくて普通の型だけど、紐を通す穴の多さとか全体の印象がルイーズ嬢の靴に似てる気がする。そこ、生徒に人気のある店なのかな。男子用の靴を売ってたら、俺も買ってみようかなっ。
わかってる、これは現実逃避だ。オードリー嬢は、表に出さないようにしてるけど、彼女が騎士なら決闘を申し込まれたかもしれないくらい怒ってるのがビンビン伝わってくる。だから俺は靴に意識を集中させて、びくつく心を守ろうとした。ふーん、オードリー嬢の靴は、紐の結び方に特徴があるんだなー。
みかねたっぽいアルバートが会話を引きとって、若い令嬢たちのあいだでどんな物が人気なのかを訊ねてくれた。オードリー嬢が、俺をきっぱり無視するかたちで、にこやかに最近の傾向を話しだす。
「――というところでしょうか。ですから、月長石でしたら間違いはございません。中央通りの『ハミルトン』でしたら、品ぞろえがよいかと存じます」
「なるほど、『ハミルトン』か。そういえばオードリー嬢は、よい職人を抱えているときくが、そちらに注文を出すわけにはいかないのかな」
「たしかに、わたくしが懇意にしている職人でしたらご満足いただけたことでしょう。ですが、あいにく体調を崩しておりまして」
うーむ、エミリア嬢は健康には問題はなさそうだったけどね。でも、手先が思うように動かないのは体調不良といえばそうなのかな。
「制作ができるようになりましたら、あらためてご紹介させてくださいませ」
「そうそう、オードリー嬢の後援した作品が『輝く水辺の音色』に出品されるときいたよ。その作品は、懇意にしているという職人によるものかい?」
「それは……」
ルイーズ嬢が一見無邪気に訊ねる。それまでよどみなかったオードリー嬢の返答が、ひと息分遅れた。
「そのように考えておりましたが、先ほど申しましたように職人が不調でして。見合わせることになるかもしれません」
いまのエミリア嬢の様子だと、出品しますとはいえないよな。
よし、話題がエミリア嬢に移ったいまなら、訊けるかもしれない。
「おい、黄巻バネヅタ。ありがたくも俺にたいして話すことを許してやる。その職人とやらが作るものを、きさまはどう思っているのか言え」
部屋にいるのは四人、そして俺の顔はオードリー嬢の方を向いている。俺が、誰に話しかけたかを疑う余地はない。それでも彼女は最初、「こいつ、なに言ってんだ?」っていう表情だった。俺がもう一回「言え」ってくり返したら、大きな目がつり上がった。
「まさかと思いますが、わたくしに話しかけられましたの?」
「ほかに誰がいる、黄巻バネヅタ。おまえは耳だけでなく、頭も悪いのか」
オードリー嬢の視線が、俺を射殺しそうになる。それでもアルバートの前だからと、なんとか声を荒げないようにしてるみたいだ。
「……その職人がよい腕をしていると思わなければ、アルバートさまにご紹介するなどとは申しません」
「きさまは箒スズメを、職人としては有用だと認めているわけだな。では、人としてはどうだ」
「箒スズメ……エミリアのことですか」
オードリー嬢も、一発で箒スズメがエミリア嬢のことだとわかった。やっぱりみんな、似てると思うんだな。
「なぜ、エミリアが職人だと知っているのですか」
「『陽だまりの小庭』で会っただろうが。きさまが立ち去ったあと、知る機会などいくらでもあった。それくらいのことも考えられないのか、ウスノロが」
「エミリアがどういう人間かなど、いまの話には関係ありません」
「それを判断するのはきさまではない、俺だ」
「あれはただの職人です。まあ、多少は使えましたけれど。人としてなど……知りませんわ。あえていうなら、わたくしにとって、どうでもいい者です」
オードリー嬢が強く言い放った。これが本心なら、俺の方針をいくらか決められる。だからそう信じていいのかを確かめるために、もう少し突っこんでみよう。
「フン、どうでもいいのか。それなら俺があの愚鈍を召しかかえよう」
「なんですって」
「どうでもいい職人がどこの家に仕えようが、きさまの知ったことではないな?」
水色の瞳の眼力が高まった。俺を嘲笑するように口元がゆがむ。その迫力に、どっと冷や汗が出た。
「あの子は使いものになりませんわ。さきほど申し上げたでしょう、不調なのだと」
「かまわん。飼ってるうちに、体調不良とやらが治るかもしれんしな」
「……職人としての腕はあります。たとえいまは使えない木偶だとしても、他家に取られるわけにはいきません」
呪いのせいで傲慢変換されてしまうから、訊きたいこととズレるんだよなあ。言い方を変えてみようかな。
「では、職人としてでなければいいわけだ」
「どういうことですか」
「俺個人として、箒スズメを手に入れ、我が家のものにしよう。それなら、黄巻バネヅタが文句をいう筋合いではなくなるな」
おれのくちは、いったいなにを、いったのでしょうか。
部屋が静まり返る。
これじゃ、まるで俺がエミリア嬢に求愛するって宣言したみたいじゃないか! 案の定、オードリー嬢がテーブルに手をついて立ち上がった。
「あなた、エミリアに懸想してますの!?」
「バカなことをいうな! そんな気はまったくないっ」
「でしたら、いまのことばはどういう意味ですか」
「知らん!」
「知らないって、いまご自分でおっしゃったでしょう!」
「誤変換だ、誤訳だ!」
我ながらわけがわからない返事をしてしまった。当然、オードリー嬢が意味が不明だって返してくる。
「俺じゃない。きさまが箒を好きか嫌いか言え!」
勢いで「スズメ」さえとれてしまって、エミリア嬢はただの箒になってしまった。でも、そう、これ! この質問がしたかったんだよ、俺は。勢い、バンザイ。
答える義務はないって怒鳴られるかと思ったけど、オードリー嬢も勢いに乗ってたのが、苦々しそうに吐き出した。
「あんな子、見るだけで不愉快ですわ! 幼いころから知っておりますが、自分ではなに一つ決められない愚図。これまでは職人として目をかけてやっていましたが、それもあやしくなってきました。とはいえ、ええ先ほどノアさまがおっしゃったように、わたくしが『飼う』ことだけは続けましょう」
「使いもしないのにか。それは飼うのではなく、飼い殺しというんだがな」
「あなたは違うというのですか」
「さあな」
俺とオードリー嬢が険しい目でにらみあう。少なくとも他人からはそう見えるだろう。心の中では涙目なんだけど。
「エミリアのことをもてあそぶおつもり?」
「心外だな。この俺にもてあそんでもらえるほどの価値が、あの愚鈍にあるとでも思うのか」
「あなたという方は……! エミリアに近づかないでください。あれは私の宝です」
「きさまの財産だと? よっぽど搾取しているとみえる。そもそも、きさまの事情など俺が知るところではない!」
「どこまで傲慢なのですか!」
どこまでって、神の領域までだよ!
困ったな、オードリー嬢はいまにも席を立ってしまいそうだ。でもそのまえに、試したいことがあるんだ。
テーブルに置かれたベルを鳴らした。すぐに給仕が入ってくる。
「部屋の空気が悪くなった。窓を開けろ」
唐突な要求に、アルバートは様子を見守って、ルイーズ嬢は不思議そうで、オードリー嬢は自分のせいで空気が悪いとでもいうのかってさらに怖い顔になった。
給仕が、言われたとおり庭に通じる窓を開ける。
とたんに、テーブルクロスがまくれ上がるくらいの突風が舞いこんだ。みんな、あわてて髪や服を押さえた。
「申し訳ございません、本日はかなり風が強いようです。お閉めしてもよろしいでしょうか」
俺がうなずくと、窓はすぐに閉じられた。
風が入ってきたのは一分もないくらいだったけど、そのせいで室内はしっちゃかめっちゃかになった。一番被害を受けたのは窓に近い席のオードリー嬢で、髪や胸のリボンが乱れて、靴紐まで解けてしまっている。
ルイーズ嬢は短い髪を指で梳いて手早くまとめると、オードリー嬢の隣に立った。
「オードリー嬢、さしつかえなければ私が少し髪を整えようか? すてきな巻き毛に、いたずらな風が魅せられたようだ」
「恐れ入ります。自分では見えませんし、お願いしてもよろしいでしょうか」
ぐるんぐるんの巻き毛がもつれると、入り組んだ生垣みたいになるんだな。これは手入れが大変そうだ。オードリー嬢は、ルイーズ嬢が丁重な手つきで髪を直しているあいだにリボンと靴紐を結んでいった。
俺の髪はまっすぐだし一つにまとめてるし、アルバートの髪は短い。だから俺たちは、服の裾を簡単に直すだけですんだ。
この小さな騒動のせいで、なんとなく白けたような雰囲気になった。身なりを整えたオードリー嬢が退室の許しを求めて、アルバートがうなずいた。
俺は、オードリー嬢が去った扉をしばらくみつめてた。
実験は終わった。たぶん俺は欲しい答えを手にした。
わかったかもしれない。この推測が正しければ、呪いをかけられた人物と呪いの種類が判明したかもしれない。でも、まだ少し自信がない。
それに推測が当たっていたとしたら、どうして彼女は彼女にあんな態度をとるんだろう。そして彼女は、あんなことになるんだろう。
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