第11話 彼がここにいる理由
エミリア嬢と、オードリー嬢と、呪い。この三つは関係しているのか、してi
ないのか。それを知るためには、どうしたらいいのか。
いろいろ考えてたら、アルバートがしゃべりだした。
「チャップマン男爵家は、いまの当主が一代貴族に叙爵されたはずだ」
一代貴族は、国に対して大きな貢献があった人間に叙される爵位で、世襲じゃなくてその人物だけが貴族ってみなされる。オードリー嬢のウェントワース伯爵家はなんとなくききおぼえがあったけど、チャップマン男爵家を知らなかったのはそういう理由か。俺は基本的に家と塔を行き来してるだけだったから、貴族の家についての知識が弱いんだよな。
「チャップマン家は、商才でのし上がってきた。とくに宝飾品と輸出入だな。近い家系が凄腕の職人を何人も輩出していることが、それを支えている。両家での婚姻はよくあることで、チャップマン家には商会や細工への才をもつ者が多く生まれるときく」
「王子は暇なのか。いや、きさまが暇人か? 一代貴族の事情より、もっと価値がありおぼえるべきことは山ほどあるだろう」
あのさ、俺は、高位貴族だけじゃなくて一代貴族のことまでよく知ってるねすごいねって、アルバートに言いたかっただけなんだ。
「チャップマン商会、というより、あそこがもっている『金の宿り木工房』の宝飾品が、若い貴族たちのあいだで人気がでているそうでね。たしかに私が学ぶべきことは多いが、こういった知識が社交に役立つこともあるんだよ」
苦笑いされた。なるほど、いまの流行りやその供給元は貴族との交流に使える情報なんだろう。もの知らずでスミマセン。
「くだらん情報だな」
もの知らずでスミマセンは、呪い変換されるとこうなってしまう。俺の呪いは絶好調だねっ。……はぁ。
「とはいえ、私はチャップマン男爵家やウェントワース伯爵家について、たいして知っているわけではない。君が気になるなら、詳しい人間に訊いてみるが……どうした、ノア?」
額にしわが寄るくらいむむって見てたら、不思議そうにされた。だって、知ってることを話すくらいならともかく、わざわざ調べようかっていわれたら、さすがに「なんで?」って思うだろ。
「きさまの魂胆が不明だ。そもそも、なぜここにいる? なぜあのバカどもの喧騒に割って入った? バカの一人を昼食に誘った? いま俺に情報を提供し、収集を願い出ている? ひょっとして暇でしかたないのか。王国の未来が不安でしかたなくなるな!」
謎だよね。なんでアルバート、ここでこんなことしてんだろ。だから訊ねたら、人差し指を一本立てられた。
「まず、最初の質問から。ノアは食堂に行かないといった。だからどうするんだろうって探したら、ここにいるのをみつけた」
えっ、それって俺を追いかけてアルバートはここに来たってこと? ナニソレ、コワイ。いや、エミリア嬢についていった俺がいえることじゃないけどさ。
「二つめ。令嬢たちの諍いに口をはさんだのは、単純にあのまま放置するのはよくないと思ったからだ」
オードリー嬢の発言は、身分をかさに着てるかんじだったからな。入学前からの知り合いだったら、それまでの関係に引きずられてしまうのかもしれない。アルバートが、率先してそういう生徒に忠告してるところはよくみかける。それは初日に俺もやられたことだ。
「三番めは、エミリア嬢にこの場にいてもらった理由か。それは、ノアが彼女のことを気にかけていたからだな」
なんですと?
「中庭に行く途中で君をみかけたら、エミリア嬢のあとをついていった。あのときは、さすがに私も悩んだよ。もし二人のあいだに約束があって、その、親密に語らいたいなら、割って入るわけにはいかないからね」
それまで普通に話してたアルバートが、困ったように口ごもった。
俺が、エミリア嬢と、逢引をもくろんだかもしれないと。
二人の生徒が、あんまり時間差なく、人目につかなさそうなところに入っていったら、そういう誤解を生みかねないと。
なるほど! あとを追ってこられたと知られたらエミリア嬢が気持ち悪がるかもしれないとは考えたけど、それ以外の人目までは気にしてなかったや。
「だが、教室での君の様子をみる限り、エミリア嬢と話したことはほとんどなかっただろう。もちろん私の知らないところでなにかあったのかもしれないけれど、どうもそうとは思えなかった。だから、もし邪魔をしそうならすぐ退散するつもりで、ここに来てみたんだ」
俺が小道を進むことを決めたとき、エミリア嬢が呪いに関係なさそうだったら引き返そうって思ったのとおんなじか。そうしたらオードリー嬢がエミリア嬢を怒鳴ってたんで、みかねてアルバートがとりなしたというわけだ。
「君がなんのためにここに来たのかがわからなかったから、とりあえずエミリア嬢やオードリー嬢と接点をもっておこうと思った。あの二人が偶然ここにいただけだったとしても、顔をつないでおくことが損にはならないだろうしね」
「何度もいうが、きさまは暇なのか」
「最初、ノアはご令嬢方にあまり興味がなさそうだったね。だが、オードリー嬢が変わったという話をきいて動揺した。それからエミリア嬢に積極的に質問を始めた。君は、あの二人にききたいことがあるのかな」
アルバートの観察眼がすごすぎる。まさに、そのとおりなんだけど。
「愚かだな。まったくの見当違いだ」
俺は否定した。もしこれが呪いに関係していたら、他人を関わらせるべきじゃない。
「じゃあ、どうしてここに来たんだい?」
「きさまに話す必要はない」
「役に立てるかもしれないよ」
「なぜ、きさまごときを俺が使わねばならん。俺はきさまになにも相談していない。頼んでいない。なのに勝手に動かれて、迷惑このうえない!」
「私は最初から言ってるよ。ノアと友だちになりたいってね」
それがわかんないって訴えてるんだよおぉ!
学園での俺の態度をみて、誰が友だちになりたいって思うんだ。殴り倒してやりたいとか、いっそ剣でぶった斬ってやりたいなら、俺本人だって共感する。やらないでほしいけど、気持ちはわかる。でも、友だちだよ? 悪いこといわないから、冷静に考え直そうよ。
もしかしするとアルバートは、呪われてるのかもしれない。傲慢人間を好きになる呪いとか。じゃなきゃ、新しくできた友だちが不幸になる呪いで、俺を人身御供にしようとしてるとか。まあ、そんな呪いはないんだけどさ。
じとっとした目をアルバートに向けた。木漏れ日が、金髪からよく磨かれた靴先まで全身にゆらゆら降りそそいでる。名のある画家が筆をとったら、庭園でくつろぐ王子さまの国宝級の絵画が生まれそうだ。見た目がよくて、堂々としてて、同級生たちのあいだですぐ人気者になったくらい性格もいい。王子だからってことはあるだろうけど、それだけじゃない。アルバート自身に魅力があるから人が集まってくるんだ。
友だちなんて、選びたい放題だよ。
なんで、よりによって俺なんだ。
アルバートが、ふっとため息をついた。そういうしぐさも、さまになってるなあ。
「私に含むところは、さほどないんだけどね」
ちょっとはあるのか!
それはなんだってきこうとしたら、鐘が鳴った。これは、もうすぐ昼休みが終わるっていう合図だ。食堂や中庭にいたら、そろそろもどらないと午後の授業に遅刻してしまう。
「ノア、今日の授業が終わったら時間をくれないか? 私の本意を信じてもらえないようだから、少し話がしたいんだ」
「俺は、きさまのように時間をもてあました暇人ではない」
「場所は手配しておくから、よろしく」
アルバートが勝手に約束をとりつける。校舎に帰りながら、「行くとはいっていない!」って俺の口は返したけど、心では「理由が知りたいし、行くね」っていってた。
なんとなくアルバートは、俺が行くよって思ってることがわかってるような気がした。
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