第八話 聞いてないよぉ
「──というわけなんだよ」
「え、それって無理じゃん?」
お婆ちゃん特製のジャガイモごろごろカレーを食べ、お婆ちゃんが淹れてくれたお茶をずずっと啜っていると、カレーを二杯もお替りした美穂が、冷たい麦茶を一気飲みして僕に言った。
「僕だってそう思っているよ……。でもしょうがないじゃん。そういう伝統らしいんだから」
「あんた、ほんと馬鹿ね。そんな事になるって、想像出来なかったの?」
さらに続く美穂のキツイ言葉が突き刺さりまくり、クタッとテーブルに突っ伏す。最近テーブルに突っ伏す事が多い気がする。
「そんなの想像出来ないよ。っていうか、なんでそもそもこんな時期に文化祭なんてやるんだか」
問題の本筋から逃げ、その原因となった大元に文句を言う。他の高校は、文化祭は秋にやるって言っていたのにさ。
すると、僕の隣で同じようにお茶を飲んでいた玲奈が、いつもと変わらぬ口調で、
「なんだ、聞いてなかったのかそら。長原高校が部活動、特に運動部に力を入れているのは知っているだろう?」
「それくらい聞いてたよ」
入学式前の学校説明会で、なんとか部長っていう先生が言ってたのを思い出す。
「その運動部の大きな大会が、夏から秋にかけて行われる。そしてその大会が終われば、本格的な受験対策で忙しくなる。だから、我が高の文化祭は、春に行われるというわけだ」
「全ては運動部を軸に回っているということだな」と、話を締める玲奈。
「そうなんだろうけどさ。だからって、入学してそうそうバンドメンバーなんて集まる訳ないよ……」
「集まるわけないって、それなら、クラスメイトの方とかに声を掛けたらどうでしょうか?」
明日から休みなので、珍しくこの時間にうちに来ている愛花が、首をコテリと傾ける。金の髪がサラリと流れた。美人がやると、ほんと何でも絵になるもんだなぁ。
「え、クラスメイト?」
「はい、クラスメイトです。声を掛けてみたのですか、そら?」
「……ウ、ウン。コエヲカケテミマシタ、ヨ?」
「なんで急にカタコトになるのよ! って、あんたまさか、もしかしてクラスメイトと仲良くなっていないの!? 友達とか!?」
「ト、トモダチ?」
「だからカタコトは止めなさいって! え、ウソでしょ!?」
口に手を当てて、大げさに驚く美穂。僕の隣でも、美穂ほどではないが、玲奈も驚いていた。
「そ、そんなに驚くことかな?」
「驚くもなにも、それで大丈夫なのか?とは思う」
「だ、だってまだ一週間だよ!? 一週間で、友達なんて出来ないよ!?」
必死に弁解する。心の中では、北風並みに冷たい空気が流れているが無視だ、無視。
だいいち小学生じゃあるまいし、そんな簡単に友達なんて作れっこないって。
すると、優しい顔をした愛花が、顔に流れた金髪をかき分けて、
「良いんですよ、友達なんていなくても。そらには自分が要るではありませんか。ね?」
「ちょっと、なによそれ!? 良い、そら! アンタには、ウチも居るんだからね! だから友達なんて不要よ! 不要!」
「それはそれで、どうかと思うけど」
顔を赤くして自分の胸をトンと叩いた美穂に、玲奈が冷静に突っ込む。
そして、飲み終えた茶碗をことりと静かにテーブルに置くと、青い髪の隙間から目を覗かせた。
「……バンドメンバーを探すのはともかく、友達くらい作った方がいいぞ、そら」
「……そうなんだけど、コレが、ね」
玲奈のアドバイスに、僕は自分の前髪を軽く引っ張って答える。高校一年生にして、完璧な白髪。僕のこの髪色は生まれつきだ。
何とかっていう先天的な異常体質のせいでこうなったけど、僕自身は特に気にしていなかった。
だけど、僕の周りに居た人たちは、僕以上に気にするのだ。しかもマイナスの方向に……。
だからなのか、中学校では友人と呼べる存在は出来なかった。この髪のせい……とは決して思いたくはないけど。
高校生になったら、友達が出来ると淡い期待を抱いていた。高校生にもなれば、多様性を受け入れる心の広さも持てるし、なにより大人だ。
そんな風に思っていたけれど、結局僕に向けられたのは、友好的な感情ではなくて、どんなに贔屓目で見ても、マイナスの好奇心だけだった。周囲から浮いた存在。それが今の僕だった。
幼馴染は四人も居るのにな……。
「……銀髪みたいでカッコいいと思うんだけどなぁ」
「そう思っているのは、そらだけよ」
「はいはい、そうですかー……」
どこかのゆるキャラみたいに、ぐで~とテーブルに伸びる。
「……そらは、さ。もう吹っ切れた、の?」
赤い前髪をいじりながら、傷口に触るような気遣いと優しさを感じさせる声音で、美穂が訊いてくる。
その質問に、僕はすぐには答えずに、リビングの壁に貼られた、二枚の写真に目を向けた。
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