第一曲  第一話 始まりは気まぐれに



 さて、何から語れば良いのだろうか。


 いや、思いつくまま語れば、きっと伝わる事だろう。


 あの奇跡の様なピリオド。その事を……。



  ~  ~  ~  ~



 少し前、国内を大きな地震が襲った。


 死者、行方不明者を多数出し、国の経済も傾くほどの大災害。


 国民は、国の行く先と自分の未来を悲観し、途方に暮れていた。



 ──そんな中、一枚のCDが世に出る事になる──



 アーティストの名前は『絆~KIZUNA~』。アルバム名は空欄。



 普通なら見向きもされないそのCDだったが、発売からかなり経った頃、震源地にほど近い、とある小さな地方のラジオ局の番組で、その中の一曲──震災に遭った人たちを励ますメッセージが込められた曲──が流された。



 美しく、心安らぐその歌声に癒された人たちの間で、まるで聖女だと称された声。

 その声に負けるどころか、その声すらもただのオマケにしてしまうような、優雅で繊細な演奏。



 曲が流れ終わった途端、地方の小さなラジオ局に、ちょっとした混乱を起こすほどに問い合わせが殺到した。



 アーティスト名を聞いたリスナーが、近くのCDショップに駆け込んだが、そのCDは少数生産でそもそも店頭に並ぶほどの数は無く、すぐさま注文をしようとした店側だったが、そのレーベルもすでに無くなっていたのだった。



 が、運良くそのCDを手にした人たちが、自分のSNSで発信。瞬く間に世間に知られ、その曲調と、メッセージ性の高い歌詞が震災で傷ついた多くの国民を元気付けた。



 そしてそのCDと共に、アーティスト『絆』は伝説と化した──。






   ~  ~  ~  ~




「ねぇ、そらくん。ウチとけっこんしてくれる?」

「なぁ、そらくん。わたしとけっこんしてくれないか?」

「わーい♪ か~くんとけっこんだぁ♪」

「そらくん、じぶんとけっこんしてくださいな」



 赤と青、黒と金の髪をした幼児くらいの女の子に、同時にプロポーズされた。



「……けっこんて、なぁに?」



 だが、同じく幼児な僕には、結婚がどういったものなのか解っていない。

 

 それに、僕には叶えたい夢があるんだよ。



「かなえたい、ゆめ?」

「そう、叶えたい夢」

「それは、なぁに?」

「それはね、────なんだ」

「それがゆめなの?」

「あぁ、そうさ」

「それがだいじなの?」

「あぁ、大事なんだ」



 その夢を叶えるまで、きっと僕は誰とも結婚しないよ……。



「「「「じゃあ、そのゆめをわたしたちがかなえたら、けっこんしてくれる?」」」」

「え? う、うん。どう、かな……?」



悩む僕に、各色の幼女児が迫ってくる。



「良いから、ウチと結婚しなさいっての!」

「私と結婚すると幸せになれるぞ?」

「か~くんは私と結婚するんだよね~♪」

「結婚するなら、自分しかいませんよ?」



 一斉に迫ってきた各色の幼女児は僕をギュッと抱き締めると、少しずつ成長していき、やがて見慣れた体つきになって──……




  ◇




「……なんていう夢を見るんだ、僕は……」



 パチリどころかパッチリと目が覚めてしまった。ほんと、あんな夢を見るなんて、どうかしてる。まぁ、僕も思春期真っただ中の男だし、ああいう夢を視てもおかしくはないんだけど、なんで幼児だったんだろ? そんな趣味無いんだけどなぁ。



「それにしても、懐かしい夢だったな……」



 ノスタルジックな余韻に苦笑いしながら、仕事をする前だった目覚まし時計のアラームを消す。



「ふわ~……」



 トントンと階段を降りると、一階のリビングが騒がしかった。また、誰か来てるな……。



「おはよ~……」



 リビングのドアを開ける。

 中から、お味噌汁と炊き立てのお米の匂いがして、僕のお腹がぐうと鳴った。この匂い、どうやら今日は、僕の大好きな鮭もありそうだ。



「──おはようじゃないわよ!」

「うわっ!」



 お腹の音よりも大きな声に、思わずたじろぐ。


 寝ぼけ眼の僕に、赤い髪をツインテ―ルにした女の子──赤井美穂──が突っかかってきたのだ。



「あ、美穂おはよ~……」

「おはようじゃないって言ってんの、そら! もう何時だと思っているのよ!」

「え~……?」



 リビングの時計を見る。針は六時半を少し回った辺りを指していた。



「なんだよ、まだ六時半じゃないか」

「まだ、じゃないわ! もう、よ!」



 僕の答えが気に入らなかったのか、顔を近づけて怒る美穂。ほんと朝から元気なんだから……。



「朝から騒がない、美穂」

「そうだよ~。か~くんが困っているよ~?」



 そんな僕たちに、新たに声が掛けられた。

 その馴染みある声に、僕はまだ眠い頭をフラフラと揺らしながら、朝の挨拶を交わす。



「おはよ~、玲奈、琴音」

「おはよう、そら」

「おはよ~、か~くん~♪」



 青い髪をボブカットにした女の子──青山玲奈──が、持っていたお茶碗をテーブルに置いて、静々深々と頭を下げ、その横で間延びした声で挨拶してきた黒髪ロングの女の子──黒崎琴音──が、だし巻き卵をもきゅもきゅと頬張った。うん、今日も二人とも元気そうだ。



「そうだよ、玲奈の言う通りだよ、美穂。朝はもっと静かに過ごすべきだと、僕も思う」

「誰のせいだと思っているのよ!」



 テーブルに座り、自分の箸を琴音から受け取りながら美穂に注意すると、その髪色に負けないほど顔を真っ赤にして反論してきた。ほんと、朝から元気過ぎるなぁ。



「本当に朝から元気ねぇ」



 そう言って、僕のごはんとお味噌汁を載せたお盆を持ってきたお婆ちゃんが、深い皺をさらに深くして笑う。



「なによ、お婆ちゃんまで酷い!」

「あらあら、まぁまぁ」



 へそを曲げた美穂が、つーんとそっぽを向く。その姿に、大して困っていない様な声で答えたお婆ちゃんが、僕の前にご飯とお味噌汁を静かに置いた。



「いただきま~──」

「──コラァ、そら! いただきますの前に、ちゃんと朝の挨拶はしたのか!」



 やっとご飯にありつけると思った矢先、バンとリビングのドアを激しく開けて入ってきたのは、お爺ちゃんだった。



「あ、いけね、忘れてた……」

「忘れてた、じゃなかろう!」

「もう、朝から騒がしいですよ、お爺さん」

「何を言っておるんだ婆さん! 朝の挨拶は、一日の上で最も大事な──」

「……挨拶してきま~す……」



 話が長くなりそうなので、そっとリビングから出る。

 そして、向かいにある和室の障子戸をそっと開ける。



 四月を少し超えたこの季節にしては、少し肌冷たい空気が、和室全体を静かに包んでいた。



 スッと障子戸を閉め、部屋の隅にある仏壇の前に座る。


 まだ少しだけ湯気が昇るご飯の置かれた仏膳のその前には、いつもと変わらない、いつもの笑顔が僕を見つめていた。



「……おはよ、父さん、母さん……」



 ゆっくりと手を合わせる。そして横に置かれていた仏鈴をそっと叩いた。



 ち~んと澄んだ音が、和室に静かに響いた。

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