【また貸し殺人事件】

 〇月〇日。

「お帰り.」以前は、脂ぎった中年女と思っていたが、所帯を持ってみると、そうでもない。慣れって、恐ろしいな、と思いながら、「なあ。墓って何の為にあると思う?いや、違うな。墓参りって何の為にあると思う?」と澄子に尋ねてみた。

「墓が何の為に、っていうのは哲学的でよう分からんけど、墓参りは何の為って言われれば、身内とか知人とかにお参りして供養することやろ?信心深い人は、六地蔵さんとか、無縁仏とか、自分とこでなくても毎日拝みにいくで。」

「そうやろ?それがや。」俺は、本庄弁護士と傍聴に行った裁判の元々の事件を澄子に聞かせてやった。

 ある男が、若くして亡くなった親友の墓参りに毎月訪れていた。

 その日は、雨が続いた後のピーカンだった。

 男が、バケツに水を汲んで来て、さあ、墓参りの儀式をと、さっさと掃除していたら、どこかの男が、バケツと柄杓を借りに来た。

 男は、以前、水を汲む井戸の所にバケツや柄杓が無くて困ったことがあった。見渡すと、墓参りしている人はそんなにいない。

 持って帰る人がいるのだろう。公共のものを、しかもバケツや柄杓という、墓参りの必需品を持って帰るなんて。

 男は、それから、家から持参するようになった。手ぶら男は、男の事情を聞いたが、尚も食い下がった。

「ちょっと、だけやん。先に貸してくれてもええんやで。」男は言った。

「ウチの所有物ですから。貸せません。それに、あなたが又貸しするかも知れないし。」

 手ぶら男は、カッと頭に血が上った。図星だったからである。ヒトには借りたモノ返せと言う癖に、自分は借りたモノを返せない、又貸ししても、又貸しした相手にいい顔をして、借りた人間には、野放図。そんな人間だと見抜いてしまったのだ。

 男の女房らしき女が来た。「何、してんの、ハヨお参りして帰ろう。」

「こいつが、墓地のバケツを譲らへんねや。」と、手ぶら男は嘘をついた。

 女は、墓地の水くみ場のものが金物だと知っていて、目の前の男のバケツや柄杓がプラスチックであることを確認した。

「ちょっと貸してください。すぐ終わりますから。」「ウチから持って来て、まだお参りもしてへんのに貸せる訳ないでしょ。」

 手ぶら男は、女房の手前もあったのだろう。男がお参りしようとしていた墓石に向かって、手ぶら男はドンと突いた。男は転げ、骨折した音が鳴り響いた。

 たまたま墓参りに来ていた、本庄弁護士が110番をした。男は脊柱管狭窄症で、しかも、腎臓の病気も持っていた。外からも内からも、一気に男を死に追いやることになった。病院に搬送する途中で亡くなった。男のお名前カードから、墓に眠る霊と男の名前が違うことが判明した。里で分かったことだが、バケツや柄杓には男の名字が書いてあった。

 手ぶら男は、本庄弁護士に弁護を依頼してきた。

 接見に行って、手ぶら男が罪を逃れる為に『心神耗弱』ということにして、本庄弁護士に言った。

「30点!赤点の人は弁護しない!!墓参りに来て殺人なんて言語道断。目撃者もいるわ。他を当たることね。」

 本庄弁護士は、正義漢溢れる弁護士で、南部興信所も中津興信所もEITOもお世話になっている。

「で、今日、公判に行って、先生と一緒に座ってたんや。あんまり男が勝手なこと言うから、『30点!』って先生が叫んだんや。そしたら、裁判長が注意する前に、検察官が『30点!』って叫んだんや。傍聴席から笑いが溢れて、裁判長も苦笑してたわ。」

「何で?検察官まで。」「検察官は、本庄先生の同期の検事や。釣られて言うた。」

「いやいや、女房の墓参りにつきおうてきたから、こんなことになった。アホな男や。自分の家の墓でも同じことしたんか?ってその検事に言われて、黙ってた。」

「勝手なことの中身は聞かんとくわ。あんたは、いつでも正義の味方やサカイな。」といいながら澄子は衣類を脱ぎ始めた。

 夜中、3ラウンドで『我慢してくれた』澄子はいびきをかいてねていたが、俺は悪夢から目を覚ました。

 夢の中では、藤島ワコが、俺に向かって、『兄ちゃんが不倫してくれへんから、倉持君、頂いたわ。』と言い、ニッと笑っていた。

 俺は、トイレに行った後、眠れなくなった。夢の続きは見たくなかったから。

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