リリとリラの托卵周遊記

上杉きくの

托卵の巫女(1)

 開け放たれた窓の外から、暖かい風に運ばれて菜の花の匂いが入りこんでくる。


 トコワ国の南西、ナナミの町の食事処。

 昼前だというのに多くの人が押し寄せる店内は、しかし押し殺したような静けさに包まれていた。老若男女が固唾をのんで見つめるのは奥にある一段高い座敷席。そこでは──。


「店主さん、山菜汁のおかわりをください」

「それから、そら豆と海老の炒めを追加でお願いします」


 十四、五才ほどに見える少女が二人、満面の笑みで椀を手にしていた。


 おそらく双子だろう。その顔立ちは鏡に映したようにそっくりだった。身につけているのは白とだいだいを基調とした夏神殿の巫子ふし装束で、うすぎぬに花刺繡を散らせた上着を羽織っている。長箸を動かすたびに袖についた鈴がカラコロと控えめな音を鳴らした。


「はい、お待ちどおさまです」

 注文の品が卓に乗ると、二人がわぁと歓声を上げた。

 湯気の上がるそら豆はちょうど良い塩味がつけられ、弾力のある海老との食感も合う。刻まれた大蒜にんにくの匂いも香ばしく、ちょんと添えられたタンポポの花弁は皿の上に春らしい彩りを加えていた。


「美味しいねえ、リラ」

「そうだねえ、リリ」

 長箸を口に運んだ二人は幸せそうに顔を見合わせた。


 リリとリラが食事を終えると、食器を下げた店主から食後の茶が出された。翡翠ひすいを溶かしたような上品な色を一口含めば、渋みの少ない甘やかな味わいが舌の上に広がる。

「あ、これ新茶だねえ」

 夏の夜空に似た黒瞳こくとうで二人が見上げると、店主が笑顔で頷いた。

「ええ、せっかく托卵たくらん巫女みこさまがお立ち寄りくだすったんです。ひとっ走りして一番良い茶葉を買ってきたんでさぁ」

 店主の言葉を聞き、双子の顔が花咲くようにほころぶ。

「わあ、嬉しい!」

「ありがとうございます!」

「いえいえ、こちらこそ、どうか……」


 笑みを収めた店主は、二人に向かって深々と頭を下げた。

「……どうか、来年の夏竜さまをよろしくお頼みします」

 切実な声で告げられた二人は互いの顔を見合わせた。


「では、お集まりの皆さま方」

 頷いた双子の片方、リラが笑顔で辺りを見回す。

「今日の良き日のこの良き時に、皆さまとお会いできたのも四季竜とのご縁があってのこと。どうか新たに生まれます夏竜の仔に祝福の言葉をおかけくださいませ」

 静かに食事を見守っていた人々の間からさざ波のような歓声が広がった。


 店主と共にリラが座敷の手前まで進みよる。人々の視線はその腹に抱えられたものに注がれていた。

 真白の布に金糸で祝福の刺繍がほどこされた腹帯。その中には、人の頭よりもやや大きな白い卵が収められていた。

「では、店主さんから」

「ああ、ありがたや。……どうか、無事にお生まれなさってください」

 震える手で殻に触れた店主は祈るように囁いた。


 リラに向かい、人々はわらわらと列をなしてゆく。それはすぐに店を越えて表通りにまで伸びていった。

「竜の卵は繊細です。言葉や気持ちは殻を越えて伝わりますので、慌てず焦らずでお願いしますねえ」

 座敷の奥からリリがおっとりと声をかける。その腹部に抱えたもう一つの卵を撫でながらそっと目を伏せた。

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