異世界であった怖い話
東亮太
第一話 送るな
異世界に在住の、Lさんという女性から聞いた話だ。
Lさんは女神である。女神と言っても役目は様々だが、Lさんの場合、主に勇者の
Lさんの住む世界には「魔王」と呼ばれる存在がいて、人々を苦しめている。そんな魔王の軍勢に立ち向かうためにも、大勢の勇者が必要なのだという。
もっとも、誰もが勇者になれるわけではない。やはり適性というのがあって、なかなかいい人材が見つからないこともある。そういう場合、Lさんは勇者に
ただ、やはりよその世界から人を連れてくるというのは、ハードルが高い。そもそもスカウトされる側にしてみれば、今の人生を捨てて戦いに身を投じることになるので、普通に頼んでも断られるのが落ちだ。
だからLさんは、一度人生を終えた人をスカウトするのだ、という。
例えば、勇者に適性のある人物が交通事故で亡くなったりすると、すぐさまそこへ直行して、相手の魂を異空間に取り込む。そして、異世界に転生して勇者にならないかと説得する――といった具合だ。
もちろん相手に渋られることも多い。特に、今の世に未練がある人は、簡単に転生を受け入れてくれたりはしない。
容姿はそのままがいいとか、逆に性別は違う方がいいとか、スマホが使えないと嫌だとか、人間以外の生物に転生させられたら訴えてやるとか、まあいろいろと我がままを言われる。だからLさんは、最近では「転移」という形で、相手を異世界に送るようにしている。
この場合、相手を肉体ごと異空間に取り込み、時間を逆行させて、死ぬ前の状態に戻してやる必要がある。もっとも、この能力はかなり力を消耗するので、せいぜい一分の逆行が限界だ。
そして時間を戻した後は、「このままこちらの世界に留まった場合、あなたは一分後にまた死にます」と言い聞かせる。これは嘘ではなく、実際にそういう仕様なのだから、仕方がない。
そうすると大抵の人は、渋々でも納得して、異世界に行ってくれる。これが、Lさんの基本的なやり方である。
ただ――こういうことを繰り返していると、時々、不気味な出来事に遭遇するという。
例えば、こんなことがあった。
Lさんが勇者になる人材を求めて、日本を訪ねた時のことだ。
時刻は深夜だった。灯りの絶えない高速道路の上空に浮かび、死の気配を探る。
だいたいどの世界でも、人の死は常に起こっている。ただ、適当な人材がちょうどよく死ぬ瞬間となると、簡単には出くわさない。
Lさんは精神を統一し、目を閉じた。
求めるイメージを、交通事故に絞った。
ブレーキや激突の音を、数キロ先まで探った。
そして――聞こえた。
トラックの急ブレーキと、激しい激突音。人の悲鳴。道路に転がった若い男性の呻き。
これだ、と思い、一気に瞬間移動した。
着いたのは、高速道路から数キロ離れた、細い道だった。
辺りにひと気はない。ただ、目の前の路上に、誰かが倒れている。
若い男性だ。
しかし、まだ一分は経っていない。Lさんは急いで相手を異空間に取り込んだ。
すぐさま一分時間を戻した。相手は呆然としているのか、特に何の反応も示さない。その様子に、Lさんはやや不安になりながらも、事情を話して聞かせた。
異世界で勇者になって魔王と戦ってほしい、と。
相手は――了承してくれたように思えた。
Lさんは安堵して、相手を異世界に転移させた。
その後一人になったLさんは、異空間を解除して、再び事故現場に立った。
これで一仕事終了である。もちろんこちらの世界では、人一人消えたことでいろいろとトラブルが発生するだろうが、さすがにそちらのアフターケアまではできない。
ただ、後のことを想うと、心は痛む。
そんな自責の念に駆られて、せめて事故の痕だけでも目に焼きつけておこうと、Lさんは周囲の様子を見回した。
ところが――そこで首を傾げた。
……事故の痕が、どこにもない。
血痕も、ブレーキ痕もない。割れたフロントガラスも散らばっていない。
奇妙に思い、力を行使して周囲の防犯カメラを探ったが、そもそも事故の様子が、まったく記録されていない。
……しかし、自分は確かにここで、交通事故の音を聞いた。
……実際、この道路に若い男性が倒れ、血を流して事切れていた。
……その男性を、自分は間違いなく、異世界に転移させたはずではなかったか。
Lさんは懸命に、男性の様子を思い出そうとした。
だが、なぜか記憶がはっきりとしない。
相手の声。表情。服装……。ついさっきまで対面していたにもかかわらず、そのすべてが曖昧だ。
困惑しながら、周囲を見回す。
そして――ふと道端に、あるものを見つけた。
地蔵だ。
確か、この世界の信仰対象の一つだという。建てられてだいぶ経つのか、表面の色合いに、だいぶムラが出ている。
隣の立て札には、交通安全祈願、と書かれている。きっと、過去にこの場所で、交通事故があったのだ。
……そこまで考えて、Lさんは、ハッと息を呑んだ。
自分が聞いた、交通事故の音。自分が見た、血まみれの男性。
あれは――いつ起きた事故で、いつ亡くなった男性だったのか。
一つ言えるのは、自分は確かに、あの男性の時間を一分だけ戻した、ということだ。
……そう、たかだか一分。
……そして、異世界に送ってしまった。
しかし、もしあの男性が亡くなったのが、すでに何年も前だったとしたら――。
古びた地蔵と、何もない道路を見比べながら、Lさんは思わずゾクリと身を震わせた。
女神の仕事をしていると、こういう体験がたびたびある、ということだ。
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