第92話 蹂躙
聖結界が解除された数分後。
「くっ、もう城壁の上まで魔物が」
「押し返せ!!」
「絶対中に入れるんじゃねーぞ! 飛んでくる魔物にも注意しろ!!」
ファーラム王都防壁の上で、ガジルドたちゴールド級冒険者が魔物相手に奮闘していた。彼らの雄姿を見て、この国の兵士たちも士気を高める。
「いっけぇぇぇえええ!」
「くっそ、登ってくんな!!」
「落とせ落とせ! 一回死んでる魔物なら、俺たちでも倒せるぞ」
前日、勇者と賢者が殺した魔物は魔王の力で蘇ってはいるものの、その動きは遅く耐久力も格段に落ちていた。数は脅威であるものの、防壁に登ってくる魔物程度なら一般兵たちでも倒すことができる。
彼らは王都を必死に防衛していた。
今日を耐えれば、他国からの援軍が来てくれるかもしれない。
それが唯一の希望だった。
このファーラムから一番近い国が馬で1週間ほどの距離にある。その国に対して、4日前には緊急の援助要請が出されたことは兵士たちも噂で知っていた。
最速で援軍が来てくれたとして、隣国の規模からすればせいぜい騎馬兵が2000騎程度かもしれない。20万の魔物軍に対しては心もとないが、この国の兵たちにはそれを心の拠りどころとするしかなかった。
勇者や賢者、聖女、拳闘士となった異世界の青年たちが最前線で奮闘してくれていることはもちろん知っている。しかし大人として、この世界で魔物と戦ってきた兵士として、まだ子供の彼らに頼ることはできなかった。
勇者を希望として、縋ることはできない。
「この国は俺たちが守るんだ!」
「今日を耐え抜くぞ!!」
「「「うぉぉぉおおおおお!!」」」
聖女の聖結界によって2日間も守られた。
あと1日ぐらいは自分たちの力で耐えきってみせると意気込む兵士たちは、3日目の開戦直後は順調に魔物の侵攻を防いでいた。
矢の数は十分で、回復薬などの備えもある。戦闘で傷付けばすぐに交代要員が防壁に登って来てくれる。
この調子なら、国を守り切れるかもしれない。兵士たちの多くがそんなことを考えていた。
しかし、魔族はそれを許さない。
兵士のひとりが異変に気付いた。何故か壁を登ってくる魔物の数が減っていたのだ。彼は不思議に思い、防壁の縁から下を覗いた。
「ん? なんだ、あいつ」
魔物の大群の中を、ひとりで歩いてくる男がいた。魔物たちはその男が近づくと道を開けるように動いている。
彼は普通の人族の様に見える。ただ、そいつの頭部には濃い緑色の角が生えていた。
魔王の指令を受けた1体の魔族が、王都防壁の正門を破りに来たのだ。
「お、おい! あれって魔族じゃないか!?」
「魔族? あっ、あれか!」
「ヤバいぞ、正門に向かってる!!」
今日はケンゴたちが正門側にはいないため、防衛部隊は外に出ていない。
「魔族を近づけるな!」
「あるだけ矢を放て! 魔法も!!」
兵士たちが矢と魔法を放つが、それらは魔族を守るように壁になった魔物たちによって阻まれてしまう。
「おい、正門が破られるぞ!」
防壁の上にいた指揮官のひとりが、正門裏で待機する兵士たちに声をかけた。
一瞬で緊張が広がる。
正門が突破されれば、王都内に魔物の群れがなだれ込んでくる。一般人はなるべく中心部に逃がしているが、正門の内側に設置した防衛柵も突破されれば一気に王都陥落へと突き進むだろう。
「俺が下に行く」
「ガジルド、本気か?」
「お前、腕を治してもらったばっかじゃねーか」
魔族と戦い、ガジルドは腕を切断された。斬られた腕は聖女に治癒してもらえたが、魔族と対峙した時の恐怖は彼の身体を震わせていた。マシンバたちが心配するように、ガジルドはとても戦える状態ではなかった。
「結局あのガキどもに頼っちまうことになるが、勇者が来てくれるまでは俺が魔族を止めてみせる。お前ら、今までありがとな」
そう言ってガジルドは防壁から飛び降りた。
正門前に立ち、悠然と歩いてきた魔族に剣を向ける。
「この門を通すわけにはいかないんだ。俺を──」
「俺らを倒してから通れ」
「ま、簡単にはやられねーけどな」
マシンバとダーナも降りてきて、ガジルドの横に並ぶ。
「……お前ら」
「今日まで一緒にやって来たんだ。ひとりでかっこつけるなよ」
「最期までついてくぜ」
武器を構える3人を前にして、魔族はゆっくりと右手を彼らに向けた。
「私の使命はこの門を破壊し、魔物を中に入れること。邪魔するなら殺す」
「やってみろや!」
「ここは通さねぇ!!」
「
風魔法を使う最強の魔族だった。
魔王の側近を務める実力者。
彼が放った風魔法は──
「かはっ」
「うそ、だろ…」
「──っ」
3人の冒険者を防具ごと上下真っ二つに切り裂き、そのまま正門を破壊した。
「邪魔だ」
魔族がガジルドたちの死体を風魔法で吹き飛ばす。
「さぁ、魔物たち。人族を蹂躙せよ」
魔族の命令に従い魔物が押し寄せる。
破壊された正門から、ファーラム王都に大量の魔物が侵入していった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます