第39話 奴隷市を沈める


「この中で馬に乗れる人はいる? 馬車の操作ができる人もいれば教えて」


 管理者や用心棒などが死亡あるいは逃亡で全員いなくなり、自由になった奴隷たちを奴隷市の広間に集めて尋ねた。


「私は馬に乗れます」

「わ、私も!」

「私も乗れます」

「俺は馬車を操作できます」


 何人かが名乗り出てくれた。


「ありがと。今手を挙げてくれた人はこっちに来て。それで次に、家族が居たりして帰れる場所がある人はここに来て」


 100人以上いる奴隷のうち、帰る場所があるというの30人ほどだった。


「貴方たちはもう自由なので、家に帰って下さい」


「良いんですか!?」

「あ、ありがとうございます」

「このご恩は、一生忘れません」


 泣いて喜ぶ大人がいる中で、暗い顔をしている少年がいた。


「僕、外で遊んでいる時に攫われてここに連れて来られました。家族は僕のことを心配してくれていると思います。でも僕は国から出たことが無いので、家までの帰り方が分かりません」


「お前さん、出身はどこの国だ?」


「ソラリスって国です」


「やはりそうか! ちょっと言葉の訛りが俺と似てると思ったんだ。安心しろボウズ、俺がお前さんを家族のところまで送り届けてやる」


 元奴隷のひとりが、少年を家まで送り届けてくれるという。


「任せていいですか?」


「おう。同じ奴隷にされられてた仲だ。俺らと同じ方面に行くやつらがいれば、それも面倒みてやる。これでもシルバー級の冒険者なんだぜ。仲間に裏切られて酒に薬を盛られなきゃ、奴隷になんぞなってねーよ」


 立ち振る舞いが他の人と明らかに違うと思っていた。彼が居るなら大丈夫だろう。


 とりあえず帰る家があるという人々は何とかなりそうだ。



 問題は残りの約70人。


 家族に売られたり、戦争で国が負けて奴隷になった人々。


「貴方たちにはふたつの選択肢があります。ひとつは俺についてきて、俺の知人の下で働くというもの。待遇は奴隷より良くなるように善処します。もうひとつは、ここで俺からお金を受け取って自力で生きていく選択肢。健康な大人の方には、出来ればこちらを選んでほしい」


 生きていく力があるなら自分で何とかしてくれ。さすがに大人の面倒までは見ていられない。70人ほどいる奴隷のうち、子どもが50人ほど。俺は彼らを何とかしなきゃいけない。


 ここでは10から15歳くらいの少年少女が特に多く奴隷にさせられていた。彼らくらいの年齢が色々仕込むのに好都合で、奴隷狩りの標的とされやすいらしい。


「たくさんいる子どもたちを貴方とそこの猫獣人の女性、おふたりで移動させるのは大変では? よろしければ私もお手伝いしますよ」


「お、俺も手伝いたい!」

「俺にも手伝わせてください」


 ありがたい申し出をしてくれる人が数人いた。


「儂は金を貰っておこうかな」

「俺もそうするぜ」


「はーい。それじゃお金わたすから、こっち来てニャ」


 ミーナからお金の入った袋を受け取り、10名ほどの男女が奴隷市を出ていった。



 これで俺が連れて行くのは、15歳以下の子どもが47人。彼らの面倒を見たり、移動を手伝ってくれる大人が8人となった。


 馬車を動かせそうな大人は俺とミーナを含めて6人。かなり窮屈になるかもしれないが、なんとか全員乗せて馬車での移動ができそうだ。


「それじゃ、移動しまーす」


 馬車がある場所まで移動する。

 ちなみに金目のものは全て回収済み。



 大人たちが馬車に子どもを乗せてくれている間、俺は少し離れた位置から奴隷市を見ていた。このまま行こうと思ったけど……。


「やっぱり潰しとくべきかな」


 再び誰かがこの場で奴隷市を開こうとしても復旧に時間がかかるよう、建物などを破壊しておくことにした。全てを徹底的に、念入りに破壊しておけば、近づこうとするヒトも減るだろう。


「よし、やろう」


 俺を奴隷にしようとしたスキンヘッドたちは既に死んでいたが、使い道があるのではと思い、彼ら全員の手足を少しずつ切って血を流させておいた。そのおかげで俺は彼らの身体の水分を自在に扱える。


 水蒸気爆発で吹き飛ばすのはどうだろうか。


 その場にいたのは屈強な男が10人。ひとりあたりの体重が80kgとして、ヒトの身体の約60%が水だから、俺が使える水分量は×80kg×0.6の10人分。


 水分量は合計480kgで、全てを一気に過熱して水蒸気爆発させた時、TNT換算するとだいたい61kg分ってことになる。


 ……ダメだ。奴隷市を全部吹き飛ばすには全然足りない。


 木製の建物は爆風で吹き飛ばせても、頑丈な石造りの牢屋が残る。あの忌まわしい場所は絶対に破壊しておきたい。


 爆発中心からおよそ300メートル圏内の建物を木っ端みじんにするには、10キロトンのTNTが必要になるってネットで見た記憶がある。それがTNTの量なのか、爆弾自体の重量だったのかは記憶がはっきりしないが、多分無理だろうな。


 まぁ、仕方ない。

 かなり魔力を消費しちゃうけど。



 全部沈めよう。



水よマイン分離してレファフィリード 地に浸透しハディラ──」 


 スキンヘッドたちの血を分離して地面に侵透させる。そのまま奴隷市の地下全体へと広げていく。そしてその水に更なる効果を付与する。



揺れ動けナドニディラ!」



 地面が揺れた。

 俺の魔法で揺らしている。 


「な、なんニャ!? 地震かニャ!?」

「安心して。俺の魔法だから」

 

 ミーナや元奴隷たちが怖がっていたので説明しておく。


「は? トール、なに言ってるニャ」

「この揺れが、貴方の魔法!?」

「て、天変地異を起こせる、だと」


「子どもたちが怖がっています。もう、止めて頂けませんか?」


「あっ、ごめん。もう少しで終わるから」


 ズズズズっと、不気味な音が奴隷市の方から響いてきた。


「た、建物が……」

「沈んでいく」


 魔法発動からおよそ30秒後。


 奴隷市は一部建物の屋根だけをわずかに残して、全てが地面に飲み込まれた。


 俺は地面に水を浸透させ、更に全体を揺らすことで地盤を構築する砂や石の結びつきを弱めた。つまり地震発生時に起きる液状化現象を人為的に引き起こしたんだ。



「さて。全部片付いたし、出発しよう!」


 俺を苦しめた嫌な思い出の場所は、そこを管理していた悪人たちと共に全て地面の下に消え、俺の心はこれまでにないほど晴れ晴れとしていた。

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