第19話 冒険者の品格


「あの冒険者、ゴールド級だったにゃ」


 魔物が獲物に夢中になり、わざわざこちらを追っては来ないだろうという距離まで馬を走らせた。


 周りに魔物などの気配はないので一旦止まって馬を休ませていると、ミーナが気になることを言い始めた。


「ゴールド? それって強さの等級とか?」


「そうニャ。冒険者はみんな一番下のブロンズ級から始めるニャ。魔物をたくさん倒したり、ギルドが発注した依頼を達成するとシルバー級に上がれるニャ。更に強い魔物を倒したり、村や町を守ったりした功績があればゴールド級になるのニャ」


 てことは、俺を奴隷商に売ったあの冒険者はどこかの町を救った英雄だった可能性もあるのか? あんな奴が? もしかして俺、マズいことしたかな……。しかし今となっては確認のしようがない。


「トール、悪いことしたって思ってないかニャ? 多分だけど、それは大丈夫ニャ」


「なんで?」


「ブロンズとシルバーはその等級を取得した国の中でしか身分を保証されないニャ。対してゴールド級以上はその証を発行した国が冒険者の強さと人格を保証し、他国での依頼も好待遇で受けられるようになってるニャ」


「国が保証を──って、やっぱりあの人、凄い人だったんだ」


 その割にはミーナにワンパンでやられてたけどな。


「ゴールド級は他国でも仕事を依頼されることがあるから、模範的な人物であることが求められるニャ。森で彷徨ってた人を騙して奴隷商に売るなんて、ゴールド級の冒険者がやって良いわけないニャ」


「……もしかしてゴールド級とかって、首にかけてるプレートで分かるの?」


「そうニャ。さっきアイツが金のプレートを付けてたから、等級が分かったニャ」


 そう言うことか。俺があの冒険者に奴隷市まで連れていかれた時、アイツは街が見えたところで首にかかっていたプレートを外していた。その時の俺は彼の行動にたいした疑問は持たなかったが、今ならその理由がわかる。


 アイツは冒険者であることを隠して俺を売ったんだ。


「ゴールド級の冒険者が人身売買やってたなんて知られたら、冒険者ギルド除名の上に国外追放ニャ。国によっては利き腕の切断や、処刑されることもあるニャ」


「ぼ、冒険者って魔物と戦う以外でも、けっこう危険なんだな」


 異世界物の漫画で予習していた俺は、異世界と言えば冒険者になるべきという認識だった。旅しながら魔物を狩り、それを売って日銭を稼ぎながら旅を続ける。そんなイメージ。俺も機会があれば冒険者登録してみたいと考えていた。


 だけど罪を犯せば腕を切られたりするらしい。ちょっと怖くなった。まぁ、悪いことをしないようにすれば良いだけなのだが。気になったのでこの際に聞いておこう。


「人身売買は流石にダメとして、他には冒険者がやると罰せられるルールはある?」


「けっこうあるニャ。例えば指定された市場やギルド以外で魔物の素材を売買すること。これはたいていが数か月投獄されて1ランク等級が下げられるニャ。酒を飲んで乱闘騒ぎを起こしたら罰金50ギル。他にも王族や貴族を攻撃するとかも罰があるニャ。こっちは未遂でも死刑になるニャ」


「50ギルの価値ってどれくらい?」


 俺が売られた奴隷市では、老人の奴隷が300ギルとかだった。


「大きな街で1日3回おいしいご飯を食べて1ギルくらいニャ」


 一食の値段にもよるが、そこそこ良い食事と見積もって3,000円。それが3回で1ギルなら、1ギルはおよそ1万円ってとこか。


「そうなると、酒乱騒ぎの罰金って結構デカいんだ。冒険者は自由な職業って認識だったけど、ルールが厳しそうだな」


「それだけゴールド級以上の冒険者に与えられる特権がスゴイってことニャ。例えば冒険者ギルド連盟に加入している国なら、等級を示すプレートを見せるだけで入国審査を無条件で通過できるし、入国税もかからないニャ」


 定期的にギルドの依頼をこなせば、その国に滞在している宿代なども負担しなくて良くなるという。


「ゴールド以上の等級もある?」


「あるニャ。ゴールドの上がミスリル。一番上がオリハルコンって等級ニャ。オリハルコン級は国の危機をひとりで救えるレベルの力があるニャ。ドラゴンを剣で両断したりするバケモノたちニャ。異世界から来て、女神様からスキルを貰った勇者もオリハルコン級の力を持つようになるって言われてるニャ」


「ま、マジっすか」


 俺が高校生たちを助けてあげなきゃって考えるのは、なんだかおこがましいような気がした。彼らはドラゴンを倒せるようになるらしい。この世界のドラゴンがどんなのかはまだ知らないが、それはたいていの漫画で最強クラスの魔物だった。


 とはいえまだ子どもである彼らには、できるだけ生物を殺させたくない。もう何人も殺してしまった俺でも、時折殺した奴の顔が浮かんで手が震えることがある。殺さなきゃ自分がやられるとしても、相手がとんでもなく悪い奴だったとしても、ずっと平和な国で生活してきた俺にとって、人を殺すという行為は精神に大きなダメージを負うものだった。それはきっと多感な高校生ならよりいっそう辛いだろう。


 なるべく早く彼らと合流したい。

 少しでも彼らの助けになりたい。

 そんなことを考える。


 しかし今は急いでもどうしようもない。少しづつこの世界のことを把握して力や情報を蓄え、いざという時に動けるようにしておこう。


 まずは気になったことを聞いておく。


「ミーナはゴールドの冒険者を一撃で倒してたよな。もしかしてだけど、オリハルコン級冒険者だったりする?」


「違うニャ。ウチは冒険者登録なんてしてないニャ。そもそもオリハルコン級の冒険者だったら、数千人程度の人族に囲まれたくらいで捕まって奴隷になったりしてないニャ」


 オリハルコン級って、マジでヤバいな。


 そのくらいじゃないにしても、少なくともミーナにはゴールド級冒険者を一蹴できる実力があると分かった。なるべく彼女を怒らせないようにしなくては。

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