第13話 覚醒
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水弾を放ち2人目の騎兵を倒した。
敵は残り8人。
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「ミーナ、少し下がろう」
「わかったニャ」
騎兵の何人か奴隷剣闘士の守りを突破して俺たちに向かってきたので、ミーナに下がってもらう。獣人の身体能力は凄まじく、俺を抱えた状態にもかかわらず敵の手から逃れることができた。ただし急加速したため、身体がバラバラになるかと思うほどの激痛が全身に走った。
「い゛ぎっ」
「トール!? ご、ごめんニャ」
痛みで呻く俺をミーナが心配してくれる。
「いや、大丈夫……。それより俺の手を」
全然大丈夫なんかじゃないが、敵が迫って来ていることの方が問題だ。
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1回目のモノより小さな水の輪をまっすく俺たちに向かってくる騎兵のルート上に配置する。小さくしたので、十分な回転数にするまでの時間を短縮することができた。その高速回転する水の輪を騎兵が素通りした。
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素通りしたと錯覚するほど、水の輪は抵抗なく騎兵ふたりの首と胸を切り裂いた。
敵は残り6人。
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水の輪に騎兵の血が付いたせいで、存在がバレてしまった。どの道もう威力を維持できない。あと俺にできるのは水弾を数発放つことぐらいだろう。
ここまでやって敵の闘志が折れないというのは想定外だった。
意味の分からない攻撃で仲間が死んだのであれば、警戒して近寄ってこなくなるだろうと考えていたんだ。そうなることを望んでいた。そのタイミングで俺が魔法を使えることに気付いた運営側がこの戦いを止めてくれることも期待していた。
しかしそうはならず、今もこうして敵は俺たちに迫ってくる。
「ミーナ! 右だ!!」
「えっ」
前方から迫る騎兵に意識を集中しすぎたせいで、別の方向から忍び寄ってきた敵に気付けなかった。そいつは馬を降り、逃げ惑う奴隷剣闘士に紛れて俺たちに襲い掛かってきたんだ。
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敵がミーナに刺突を放つ。
「てやっ!」
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ミーナは後ろ蹴りで敵を吹き飛ばした。
人族の数倍の脚力があるという獣人の本気の蹴りにより、襲い掛かってきた敵は地面に倒れたまま起き上がらない。
仲間の奴隷剣闘士は十数人やられたが、敵もこれで半分に減った。
俺の魔法であとふたりくらい倒せれば、ミーナと他の奴隷剣闘士たちの協力次第で勝てるかもしれない。そんな希望を見出した時──
「と、トール。ごめんニャ」
「ミーナ?」
俺を支えてくれていたミーナが地面に倒れた。
俺も立っていられず、彼女の上に倒れてしまう。
「ウチ、避けられなかったニャ」
「ま、まさかさっきの攻撃で!?」
身体の痛みなど無視して上半身を起こし、ミーナの身体を確認する。
右脇腹から激しく血が流れていた。
刺突を避けて反撃したかと思っていたが、敵の攻撃は当たっていたらしい。
いや、彼女の運動能力であれば十分回避できたはず。
回避できなかったのは俺のせいだ。
「ミーナ。俺を、守って……」
「当然ニャ。トールが死んだら、この戦いに希望は無くなるニャ」
そう思っているのは彼女だけではなかったらしく、何人かの奴隷剣闘士たちが集まり、騎兵と俺たちの間に立って盾となってくれている。
騎兵はというと、ひとりを残して4騎は逃げた奴隷剣闘士を仕留めに行った。
ここに残った騎兵はおそらく、俺の行動を監視するのが目的なのだろう。俺さえ自由にさせなければ、奴隷剣闘士側に勝利の可能性はないと理解している。ミーナという機動力を失い、自力で動けなくなった俺など脅威とみなされないようだ。
「トール。あなたは絶対に、死んじゃダメニャ。ここから外に出て、自由に生きてほしいニャ。元の世界にも、帰れると良いニャ」
ミーナが息も絶え絶えに訴えてくる。
その姿が実に儚く、とても美しく見えた。
「ダメだ! 君も一緒にここから出るんだよ!」
必死に彼女の傷口を抑えるが、あふれ出す血が止まらない。
「奴隷になって死ぬなんて、最低だと思ってたけど……。トールとお話しできて、良かったニャ。あとはトールさえ、生き延びてくれれば」
「いやだ、諦めないでくれ! 俺が何とかするから!! 絶対に助けるから!!」
「……あっ。もしかしたらウチのこれ、水として使えるんじゃないかニャ。トールに全部使ってもらえるなら、ウチは幸せニャ」
ミーナが震える手で差し出してきたのは、したたり落ちる彼女の血液。
俺がその手を取ると、ミーナは満足したかのような表情を見せて意識を失った。
まだ脈はあるが、かなり出血しているため猶予はない。余裕はないはずだが。
「そうか、血は──」
俺はこの絶望的状況で一筋の希望を見出していた。
ミーナの言葉で気づいてしまった。
血液の約90%は水分だ。
水操作で動かせるかもしれない。
血液のままでは動かせないとしても、“分離せよ”というこの世界の言葉は昨晩、彼女に教えてもらった。
試してみる価値はある!
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血液が分離し、周囲を透明な水が舞う。
俺は賭けに勝った。
この瞬間、俺は水魔法の真の力に覚醒したんだ。
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水が俺の身体を支え、イメージ通りに動かしてくれる。
水魔法の欠点は、強制結露によって水を集めるのに非常に多くの魔力を消費してしまうというもの。仮に魔力が十分に含まれた水が存在すれば、それを水操作で動かすのにほとんど魔力を消費しない。
そして血液は、豊富に魔力を含んだ液体だった。
この世界の仕組みと俺の知識が適合した。
恐れるものなど何もない。
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ミーナの傷を水分量を調整した血液で止血。それと同時に破れた臓器の細胞同士を強制的に結合させた。
動物細胞の60%くらいは水なんだ。
一部でも目視できれば、俺はそれを自在に操れる。
ただ、完全に怪我を治癒できたわけじゃない。一時的に細胞同士をくっつけて、正常に近い状態にしただけ。なんとか死は免れるはずだから、後ほどちゃんとした医者に診てもらおう。
「……これできっと大丈夫。少し待っててね、ミーナ」
ちょうどその時、逃げていた奴隷剣闘士を殺し終えた騎兵たちが集まってきた。俺とミーナを守ってくれていた数人の奴隷剣闘士たちは恐怖で身体を震わせている。
だけど、もう大丈夫。
人体の約60%が水で出来ている。
俺はそれを操る術を得たんだから。
ミーナの血を使う必要もない。
闘うための武器は敵が用意してくれた。
仲間だった奴隷剣闘士たちの亡骸から大量の血が流れ出ている。これら全てを操れるという確信があった。ミーナの血液を少し操らせてもらったから、その感覚を身に着けることができたみたい。
さぁ、反撃の時間だ。
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騎兵たちの周囲に転がる死体の血液を分離し、水を調達する。その水を弾丸にして騎兵たちを攻撃した。
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ひとりは太ももに被弾し、落馬した。それ以外の4人は多少の血を流したものの、戦闘の意志は消えていない。それでも問題はない。
俺の攻撃はここからが本番。
今の水弾はただの準備に過ぎない。
敵に流血させることが目的だった。
これで敵全員の血液を目視できるようになった。
つまり、彼らの肉体の6割は俺が自由にできるということ。
情けなどかけない。
ここでは敵を憐れむ感情など不要。
騎兵たちに向けて手を掲げる。
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何人かは避ける素振りを見せたが、もう遅い。
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詠唱と同時に開いた手のひらをギュッと握る。
5人の騎兵たちがまるで水風船を握り潰した時のように膨らみ、そして大量の血しぶきと共に弾けた。
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