事件の謎

 三人で訪れたのは、葬式会場の近くにあったファミレスだった。平日の昼間という事もあって、店内は静かで見かけるのは老人ばかりだ。ぎゃあぎゃあと騒ぐようなおばさんの連中がいなくて助かった。僕が怒るのもなんだか筋違いかもしれないけれど、騒がしく楽しそうにされたら、無性にイライラして、コップの水をぶちまけるようなことはしてしまったかもしれない。


「まあ、なんか頼もう」


 ぱらぱらとメニューをめくるけれども、食欲は湧かなかった。仕方なく、割高ではあるけれども木のバスケットに入ったポテトとドリンクバーを注文する。ジュースを飲む気にならなくて、合わないとわかっていながらもコーヒーを選んだ。


 ポテトが運ばれてくるまで、僕は外の景色を見て過ごした。話の途中で店員さんがやってきて中断されることは嫌だったから、僕から話し始めることはしなかった。どうやら良太たちも同じ気持ちだったようで、しばしの沈黙が流れる。 


 ただ、外では時間が流れていく。人通りは多くないけれども、それでも彼女だけの時が止まって笑顔でいるこんな世界でも、それでも世界は止まらない。


「お待たせしました。フライドポテトです」


 店員さんが愛想のよい笑顔を浮かべて、テーブルにポテトを置いた。だけど、それに対して誰も反応することなく、全員が違う方向を見ている僕らを見て、そそくさと立ち去って行った。怖がらせてしまったのは申し訳ないが、こちらにも事情がある。


 僕は真っ先にポテトを一本だけ手に取ると、端にあるケチャップにつけて口に放り込んだ。まるで味がしない。つまらない。美味しいとか不味いでは無くて、つまらないと感じた。それは食べ物に正しい評価なのかわからなかったけど。


「それで、話っていうのは?」


 僕が話を促すと、良太は難しい顔をしながら、ゆっくりと話し始めた。


「実は、彩音は殺されたのかもしれないんだ」


―――なるほど、良太はそこまで考えていたのか。


「なるほど。それは何か確証があって言っているんだよな」


 良太は冗談でこういうことを言うような人間でないことはわかっている。


「ああ、警察がうちにも取り調べに来た」


 まあ、それは自然だ。たとえ、自殺だとしても原因を知っていそうな良太や翼さんのところに行ってとりあえずは話を聞いたという記録を残すだろう。僕のところにも来るかと思っていたけれど、今のところはその様子がない。


 小学校時代の同級生なんて今更、出てきたところでというくらいの存在だろう。僕と彩音が恋人だという事は、警察が掴んだのかどうか。


「ニュースでは遺体が見つかったと言われているだけだが、警察によると実は彩音の遺体は燃やされていたんだ。それも、原型がわからなくなるほどにひどく」


 僕はそれに対して、何も声を出すことはできなかった。まるでビー玉が、声が出て来るのをふさいでいるように、体の中から声が出てこなかった。


「そして、それがどうやら彩音の遺体は山の中に埋められていたらしい。それから警察が調べたところ、山の中にある古い火葬場が使用された形跡があった。彩音が仮にその火葬場を使って自殺をしたとしても、自分で体を埋めることなんて不可能だ」


「なら、どうしてそれをメディアは報道しないんだ?」


 それをしないと、うちの母みたいに自殺と断定する人もいるだろう。別に関係のない人にはどうでもいいことだが、警戒心は薄れてしまう。


「まだ、警察が情報を管理している。無駄な混乱を防ぐためだ」


 なるほど。女子高生が体を身元確認が難しいほどまで焼かれていたのだ、確かに僕がもしも同じ立場ならば怖いだろうし、正確に想像することはできないだろう。男女平等と叫ばれて久しい世の中だが、男性と女性には明らかに身体能力の差がある。


「それで、光誠はどう思う?」


「どう思うって?」


 やっぱり、ポテトとコーヒーは合わない。コーヒーの苦さをかみしめながら、良太の話を聞いていた。やっぱり、彼は頭が良いだけあって説明が上手だ。警察の聴取に関しても事細かに説明し、まるで自分がそれを目の当たりにしていたようだ。


「犯人に、何か心当たりはないか?」


 どうやら、良太は彼女を殺害した犯人を捜しているらしかった。もちろん、その感情は間違っちゃいない。友人の、そして愛した人間の無念を晴らしたいと思うのは当然の感情だろう。だけど、それは危険だ。僕は、友達を失うのが怖い。


「もしかして、良太は犯人探しでもやろうと思っているのか?」


 僕が問いかけると、今度は翼さんが頷いた。この子は、昔から変わらない。


 常に冷静で、どこか俯瞰した立ち位置から見ている。それは大人の特徴だから、僕たちが成長すれば彼女も普通になじんでくるのだろうと思っていたけれども、三年ほどでは足りないらしい。感情的な良太と、良いバランスが取れている。


「光誠は、捜さないのか?」


「ああ、僕なんかが警察よりも彩音の死、その真相に近づけるとは思えない。それより、良太も翼さんも捜査なんてやめてくれ。彼女はそんなことを望んじゃいないはずだ。犯人は女子高生の体を焼けるほどの人間なんだぞ、危険だ。もしも、犯人が二人の動向に気が付いてしまったら、どうなるかなんて想像もつかない」


 僕は、あえてどうなるかを明言はしなかった。


 僕が言い終わるが先か、それとも良太が僕に向かって水をかけるのが先か。きっと、同時だったのだろう。僕の開いていた口に、良太によって空中に放り出された水が思い切り流れ込んできた。水がかかってぼやけた視界でも良太の怒りだけは、はっきりとわかった。顔は赤く染まり、額には筋が浮かんでいる。


「きゃぁ!」


 近くにいた店員さんが慌てて、とりあえずタオルのようなものを持ってきてくれた。そして、それをただ見つめていた良太は居心地が悪くなってしまったらしい。


「行くぞ」


 翼さんの手を掴んで、そのままファミレスを後にした。翼さんは目で僕に対して謝ってきたけど、別に怒ってはいない。むしろ、これくらいでよく許されたものだ。


 そういえば、良太と翼さんはどんな関係なのだろうか。四人でいた時間は確かに長かったはずなのに、お互いに知らないことだらけだ。二人のことも完全に理解していたわけじゃない。いや、恋人の彩音すらもすべてを知らない。


 信じられるのは、すべてを知っているのは彩音の愛だけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る