レイちゃんは不幸少女

嫌な出来事が起こった時、人はだいたい現実逃避をする。受け入れることはまずしない。だいたい悪あがきをする。夢であってくれと精一杯祈る。それがただの悪い夢だと心底安心する。それが現実だと絶望する。

レイナちゃんの場合、自分の身に起こった嫌な出来事は全て現実でした。

突然現れた謎の集団に父親を殺され自分は攫われ豚のような人間にその身を弄ばれ、心に消えない傷を刻まれてしまいました。その魔王は突然現れた炎の魔女に殺され、レイナと他の攫われた女の子たちは無事フラワータウンに帰ることが出来ました。


…レイナの体の異変に誰1人気づかぬまま。


レイナのお腹には新しい命が宿っていました。それに最初に気づいたのはレイナ自身でした。夢だと思って自身のほっぺをつねっても、目は覚めているので痛いままでした。

「どうしよう…まだ子供なのに…。」

お母さんに相談することもまだできていませんでした。

自分と同じ目にあった女の子はいましたが、その子たちに自分の症状を打ち明けても理解されませんでした。

あぁやっぱり夢だと、布団に潜って眠ろうとしました。


夢ではありませんでした。


もし生まれたらどうしよう

バレたらどうしよう

育てるのは誰だろう

うまなかったら赤ちゃんはどうなるんだろう。

頭の中は不安でぐちゃぐちゃです。

不安の中外を彷徨いていると、木の影に隠れ、タバコを吸ってる人を見つけました。黒髪に黒いマント、白い制服に黒いスカートを着た、中性的な人でした。

レイナはその人の元へゆっくりと近づきます。自分の話を聞いてくれる人が欲しかったからです。そしてその人の横にたって、こう言いました。

「わたしも一緒に座っていい?」

その人はタバコを口にくわえたまま、横に少しずれました。レイナは隣に座るとその人の顔を横目で見ました。

「(目が綺麗だな。)」

そう思いました。

「このまちに住んでる子?」

女の子(男の子?)はこう質問しました。レイナちゃんは首を縦に振りました。

「誰かと話したくて歩いてたら、偶然あなたをみて話したくなった。」

「なるほどね。」

彼女(彼?)はタバコを地面に擦ると、ゆっくりと腰をあげます。

「きみ、名前なんて言うの?」

「レ、レイナ。みんなはレイちゃんって呼んでくれてるの。」

「僕の名前はミント。よろしくね。」

「ミントかぁ、いい名前だね。ねえ、ミントって何をしにここに来たの?今ここ色んな人達がいて大変だよ?魔女警察の人とか、国の偉い人もたくさんいて、魔王のこととか色々話してる…。女の子からも話を聞いてるみたいで、私にも話しを聞きに来るかも…。」

怯えた表情でそう語るレイナでしたが、ハッとした表情で口を紡ぐと恥ずかしそうに言いました。

「あ、ごめんね。こんな話、ミントには関係ないよね?」

ミントはこう言いました。

「僕はフラワータウンの人達に頼まれてその悪い魔王を倒しにきたんだよ?」

「そうなの?」

「うん、他の人が倒してくれたけど、魔王の幹部たちは全員僕がやっつけた。」

レイナは少しほっとしました。魔王以外にもあの怖いきつねや青い豚も、レイナにとっては恐怖の対象で、毎日夢に出てたからです。もう怖がらなくていい、そう思いました。

「あ、あのさ!ミント!良かったら私の悩みをきいてくれな…。」

「ミントー!」

レイナの声は、遠くから名前を呼ぶ声で遮られてしまいました。

その声の主は、レイナもよく知ってる2つ結びの茶髪の少女。アンナです。

「ミント聞いてー!アンナチロルと仲直り出来たんだよー!」

嬉しそうにそう語るアンナにミントは微笑みます。アンナはこっちの存在にも気づいたようで、笑顔を崩さず語りかけてきました。

「あ、あなたあの時の女の子ー?たしかレイナちゃんだったよね?良かったら今からミントと一緒にアンナの家で…。」

レイナはアンナの言葉を無視して立ち去ってしまいました。その姿を振り返らずに、足早に去っていきました。

「(せっかく仲良くなれると思ったのに、なんであいつがいるの…。あんな仲良さそうな姿を、なんで私に見せてくるの?)」

「(なんであいつだけ幸せそうなの?私のことを見捨てたくせに…。あいつが見捨てなきゃ…わたしはあんな目に…)」

レイナは地面に座り込んでいました。

「(悩み打ち明けられなかったな…。)」

そう落ち込んでるレイナの前に2つの人影が。人影の正体は町の役人の女性でした。

「レイナちゃんだね…。ちょっと話があるけどいいかな?」

役人につられてきた場所は、役所の中のやけに広い白い部屋でした。そこには初老の男と女、そしてレイナのお母さんと黒いローブを羽織った水色の髪の魔女がいました。

その初老の男は大きく腹が出ていて、鼻が豚のように大きく、髪が後退していました。

「その椅子に座って…?」

レイナは男の姿を見た途端動悸が止まりませんでした。思い出すのは魔王に弄ばれたあの地獄の日々、好きでもない男に初めてを奪われ、汚い遺伝子を注ぎ込まれたあの絶望の日々を。こうなるのは想定していたけれど、実際に直面して、まさか男がいるなんて思いませんでした。

「(怖い…。でも話さなきゃ…。)」

レイナは椅子に座りました。男が口を開いてますが、何を言っているかわかりませんでした。自分も口が震えて喋ることができませんでした。

「(大丈夫…。大丈夫…。我慢して、質問されたことを返せばいいだけだ…。)」

意を決して口を開こうとした瞬間、口から何かが溢れ出そうでした。

「うぶ…」

口を抑えました。ですがそれでも吐瀉物は漏れ出てしまいます。その様子を見て隣の魔女が咄嗟に両手をレイナの前に出しました。

「おげえええええええええええ!!!!!」

大量の吐瀉物が、魔女の手のひらの上に吐き出されました。

はぁはぁと苦しく息をするレイナに魔女は嫌な顔ひとつせず。

「少し休もっか。」

そう言いました。


「ごめんなさい、わざわざあんなことまでしてくれて。」

「大丈夫ですよ。なれてるので。」

「レイナの様子がおかしいことに気づけなくて…私は母親失格ですね…。」

「そんなことないですよ。」

「夫が殺された時も、レイナがさらわれた時も、私は何もできなかった。ただ泣くことしかできなくて、結局魔女の皆様に助けていただいて…。あの子が自分を追い詰めてることにも気づけなかった…。」

「お母さん、そんなにレイナちゃんを想っているなら、私のお願いをひとつ聞いてくれませんか?」

「?」

「あの子の話を沢山聞いてあげて欲しい。あの子の心の傷を治せるのはお母さんしかいないんです。」


その夜、レイナのママはレイナのために手作りのカレーライスを作ってあげました。レイナはママのカレーライスが昔から大好きでした。

「今日はレイちゃんのためにちょっとピリからにしといたわよ?」

レイナは甘いものより辛いものが好き。ママはそれもちゃんとわかっていました。レイナはカレールーと白米を混ぜると、それをスプーンですくい、口に入れます。ちょっぴり辛いルーの味と白米の温かさ。ママの作る料理はいつ食べても美味しいなとレイナは思いました。

「…今日はありがとう…。」

レイナはか細い声で言いました。ママはレイナが喋ってくれたことに少し安心しました。

「ねえ覚えてる?レイちゃんが昔運動会の徒競走でビリになった時、こうやってママと2人で話してたわよね?ママのカレーを食べながらポロポロ涙を流して、その日はママと一緒に寝て、あの時のレイちゃん可愛かったなぁ。」

「(そうだったね…。あの時ママが寝不足でお仕事遅刻しちゃったからママに無理させたくなくて、嫌なことあっても言わないようにしてた。面倒なことに関わらないようにしてた。)」

そういう風に安全な道をとり続けた結果、レイナを助けてくれる人はいませんでした。

「学校の先生からもレイちゃんのこと沢山聞いたわよ?いっつもテストで100点とって、友達に優しくて、先生の言うこともちゃんと聞いてるって。」

「(違うんだよ、ママ。私は全然優しくないよ。困ってる人をめんどくさいからって理由で無視して、大人のことをわかったフリして馬鹿にして、ママや先生の言う優等生とはかけ離れてる存在なんだよ。)」

「ママはレイちゃんの味方。だからママには色んなこと話して欲しいな。」

「…。」

レイナはスプーンを止めました。そして唾をゴクリと飲み込むと、震える声で言いました。

「ママ…。」

「なぁに?」

「わたしね…。こどもができちゃったの…。」


「魔王に捕まって、色んなことされちゃった。痛くて、辛くて、気持ち悪かった。助けてって言っても助けてくれなかった。嫌だって言ってもやめてくれなかった。ママとパパのこと大切に出来なかったから、困ってる子を助けなかったから、バチが当たっちゃった…。子供なんか産みたくないけど、赤ちゃんが可哀想だから捨てたくもない。ねえママどうすればいい?またあの時みたいに話聞いてくれる?わたしとずっと一緒にいてくれる?」

ポロポロと涙を流すレイナをママは抱きしめました。

「当たり前じゃない…。だってレイちゃんは私の大切な子供だもん…。」

「まま…ありがとう…。」

レイナとママは2人で泣き続けました。声が枯れるまでずっと泣き続けました。ずっとずっと泣き続けました。

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