第14話 伊の国の滅亡

 緑羅は城に戻った。

 あの地割れに巻き込まれた者もおらず、その危機を伝えた水都のお陰で全員が無事だった。そう、水都を除いて。

 城に戻ると勝が倒れており、それを見た剛流が、

「ああ。水都ですか」

 と、その術を解く。

「何があったんだ?」

 身体を起こしながら勝が言う。


 地割れの轟音は勝の耳にも届いており、水都が慌てて出て行った理由も多分それであると察していた。


「大地が割れた……」

 緑羅は青い顔でぽつりと呟いた。

「水都が来なければ巻き込まれていた。実際、俺達を追ってきた伊の国の奴らは呑まれていた」

「それで水都は?」

「水都は白馬の将を抑えるのに残って……戻ってきていない……」

 緑羅はその後の言葉が継げない。嫌な予感。それを認めたくない。


「白馬の将?獅子将……夜の国か」


 しかし、勝は水都と対峙した将に心当たりがあった。

「夜の国……」

 貴の国滅亡後、約五年でこの大陸の半分を掌握した西の大国。それがなぜこんな東の辺境に?

「伊の国も義の国も夜の国が協力したのであれば、あの強気も理解できる」

 勝は言う。

 西の大国が東の辺境に攻め入るには色々と困難が多いが、手を貸すだけならそうでもない。ましてや、夜の国をあの大国まで仕立てあげたのは「獅子将」と呼ばれる戦上手だ。獅子将は神出鬼没で夜の国から遠く離れた地に急に現れたかと思うとあっという間に制圧するということを繰り返した。そいつがここまで来たのだとしたら……

「この地割れがどれだけ伊の国に影響したかわからないが、やるなら今しかない」

 時間が無い。夜の国が更に手を貸さないうちに、叩いておかなければ。

「剛流、準備を」

「わかりました」

 水都を探したい。緑羅はそう思ったが、このまま国を潰す訳にもいかない。

「勝、俺は今日は休む。お前も今日はゆっくり休んでおけ。明日から忙しいはずだ」

 勝に釘を刺す。放っておくと水都を探しに行く気がした。まだ、あの地は危ない。

「わかってる」



 麗夜は瑠優を連れ陣に戻り、そのまま自分の部屋に寝かせた。

 相変わらず熱は高く、呼吸も浅い。

 そして。

 背中にうっすらと血が滲んでいる。

 麗夜は服を脱がせ、背中を確認し息を呑む。

 血が滲んでいたのは矢傷。その傷は新しい。しかし、麗夜が息を呑んだのはその矢傷ではなく、背中を縦に走る刀傷。

「なぜ、こんな傷を」

 その傷を受けた時の壮絶さは想像に余りある。


 しかし。今、瑠優は生きている。

 それで十分だ。


「紅、手当を」

「はい」

 すでに準備を整えていた紅は、手早く瑠優の手当を始める。

「麗夜も着替えてきてください」

 そして、こちらを見ることなく麗夜を促す。麗夜はひとつ頷くと着替えるために部屋を出た。


 紅はひとつ溜息。

「確かに探してはいましたけど、本当にお会い出来るとは思っていませんでしたよ」



 ……………………

「あなたは誰?」

 ……………………

「あら、あなた、こんな所にいていいのかしら?」

「お前こそどれだけ我儘を続けるつもりだ?」

「だって、いつまでも島にいるのは退屈でしょう。ちょうどいいタイミングで外に出られそうだったから乗っかっただけよ」

「お前の退屈しのぎのために、こんな怪我を負わせて可哀想には思わないのか?」

「うふふ。大丈夫よ。死なせはしないから。それより、そちらはこの子ほどたもてないわよ」

「くっ…」

 ……………………

 ……………………



「私にはこれが限界ですよ」

 紅はもう一度ゆっくりと瑠優の身体に触れる。

 瑠優の呼吸が更に少し落ち着く。

 これで命を奪われることは無いはずだ。

 麗夜は着替え、また、瑠優のための着替えを持ち部屋に戻ってきた。若干落ち着いた呼吸を確認し、明らかな安堵の表情を見せる。


「敢えて誰なのかは聞きませんが。目が覚めるまでは傍にいたいのでしょう。伊の国には獅子将は怪我を負い動けないと伝えておきます」


 そう言うと紅は立ち上がり、部屋を出て行った。

 紅の気遣いは有難かった。

 麗夜は瑠優の手を握り、その目覚めを待った。



「ですから。この地割れに巻き込まれたのはあなたの国の兵士達だけでは無いと申しております。これ以上お助けすることは出来ません」


 紅は伊の国王に何度目かのこの言葉を放つ。この男が意気揚々と羅の国を潰す計画を語っていたのはつい二日程前のこと。

 娘を犠牲にした計画も失敗、その後、羅の国を迎え撃つはずが、この天変地異だ。神に見放されたとしか思えないこの国に肩入れする理由はもう無い。


 そもそも。


 紅の主である麗夜には、実は国を拡げようとする野心が全く無い。弟で夜の国王である静夜に言われるがまま戦っているだけに過ぎない。静夜にしても、自分の地位を脅かしかねない麗夜を僻地に飛ばし、戦死でもしてくれないかと思っている程度。もしかしたら、居城をほぼ動いていない静夜は麗夜が夜の国をどこまで拡げたのか把握していないかもしれない。


 しかも、一年以上、静夜からは特に何の指示もなく、人探しが都合良く進むよう麗夜が勝手に動いているだけ。

 貴の国滅亡直後の獅子将の評判が凄まじかっただけに、獅子将が味方をする国は「夜の国と同盟を結んだ」と思い込んでいるが、夜の国にはそんなつもりは毛頭ない。

 そんな麗夜でも、唯一羅の国だけは潰しておきたいと考えているらしく、羅の国が近いこの地域では、羅の国の敵に手を貸してはいたが、探し人を見つけた麗夜に、もう戦う理由は無いはずだ。

「そこをなんとか……夜の国から兵を送ってもらい……」

 認識の相違。気の毒ではあると思うが。


「お言葉ですが。夜の国はこの大陸の西の端。兵を送ってもらうにしても間に合わないでしょう。獅子将もこの地割れに巻き込まれ今は動けませんし。命が惜しいのであれば、降伏し許しを乞う他ないのではないですか」


 許されはしないだろうが。

 これ以上話しても無駄だろう。紅は立ち上がり場を退く。引き止められることもなく伊の国城を後にした。


 紅が伊の国の滅びを聞いたのは、それから数日後のことだった。


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