第五話:宇宙猫と美術展③
紅い薔薇が咲き誇る劇場。
一言で言い表すならばそんな内容の絵。
絵の下にかけられているプレートには「蓬莱院リオ」の名。
「タイトルは「激情」……ね」
「カッコいい……っ! 流石はリオ様の絵」
紫苑は魅了されたようにその絵を見て溢したが、不意に嘲るような声が弌華の耳に届いた。
「あんな絵でよくもまあ……」
「ふっ、あのような格好をしている子供だ。物の善し悪しもわからぬのだろう」
「全く未熟というか何というか」
「癇癪そのままに描いたような……いやはや、恥ずかしい絵だ。あんなので評価されたら私なら羞恥心で筆を折るというものだ」
「いえいえ、子供らしいお絵かきでよろしいじゃないですか」
「だが、あんなのでも賞が取れるとはな。ああ、最近のコンクールも劣化が激しいんじゃないかい?」
「はは、なにせ相手は蓬莱院のお嬢様ですからねぇ?」
クスクスっと嗤い声交じりに小声で囁き合っているのはスーツを着た大人たちだ。
何人かの顔はパンフレットにも載っていたのでただの一般人というわけではないのだろう、身なりも整っているので美術展覧会の関係者なのかもしれない。
絵のことなど欠片も分からない弌華にはわからなくとも、プロである彼らからすると稚拙な部分もあってそれを評しているのかもしれないが――
(不愉快だな)
とはいえ、彼らの会話内容はどうにも鼻につく。
仮にもキチンとしたコンテストで受賞したからここに飾られているのだろうに、最初から粗を探す観点でしか見ていないような会話だ。
無論、プロから見ると技法なり何なりまだ学生の身でしかない蓬莱院リオの絵には未熟な所もあるのかもしれないが、それにしたって……だ。
正直、絵がどうこうというよりもそれにかこつけて侮蔑したいだけの意図が弌華には透けて見えた。
(いい大人が学生の絵をしたり顔で酷評して……全く。財閥のお姫様というのも大変だな)
一般人でしかない弌華には遠い世界だが、やはり蓬莱院財閥ほどの巨大な財閥ともなると敵も多いのだろう。
蓬莱院リオという個人ではなく、その存在そのものに対する悪意を感じてやり消えない気持ちになった。
(大人が子供の作品相手に詰ってるのは気分がいいものじゃないな。というか紫苑の奴に聞こえてなくてよかった、聞こえてたらもっと面倒なことに――あっ、ダメだ)
そう思ったのも束の間、蓬莱院リオの作品に夢中になっていた紫苑は彼らの会話が耳に入ったのだろう能面のように表情を消しつつ見ていた。
「あいつらりおさまのわるぐちいった。ぶちころす」
「待て、落ち着け。ほら、ギャラリートークの時間ももうすぐだ。愛しのリオ様も待ってる。問題を起こすと会場に入れないぞー?」
「がるるるるっ!」
猛然と掴みかかろうとする紫苑を何とか宥めようとする弌華だが、ふと視界の端に何かが過ったような気がした。
それはまるで金糸のような髪が通路の奥に消えていくところで――
「邪魔をするなぁ……っ! あっ、こら! 何処を掴んでる!?」
「ええい、うるさい。騒ぎ過ぎて追い出されたら終わりだろうが!」
そんなやり取りをしつつなんとか迎えたギャラリートークの時間だったが、予想だにしもしなかった自体が起こった。
「――は? えっ、リオ様は?」
「残念ながら急遽欠席なさると連絡があって……」
◆
「……はぁ」
「まあ、何というかアレだ。運が悪かったということで……な?」
大きなため息を吐く紫苑相手に弌華は言葉を重ねた。
だが、あまり効果はないようだ。
それというのも出席するはずだった蓬莱院リオは何故だか急にドタキャンしてしまうという事態になってしまったためだ。
スタッフの慌てようから察するに本当にギリギリでのキャンセルだったのだろう、それが透けて見える程度には混乱している様子だった。
「はははっ……なんだ、うん。何なら帰りに何か奢ってやっても――」
「凡夫らの事情など知らぬとばかりに唯我独尊を貫くリオ様……尊い」
「……気落ちしているんじゃなくて感じ入ってたの? ああ、そう」
てっきり残念がっているのかと思い励まそうとしていた弌華は何やら感動している紫苑に辟易しつつ、さて当てが外れこのあとはどうするか……そんなことを考えていた時であった。
『通信。イチカにシオン、連絡を求む』
「あっ、エーくん」
「待て、ここには人がいる。迂闊に呟くな」
不意に飛んできたエイブラハムからの念話。
置きっぱなしにしていた抗議か何かと思いつつ、携帯情報端末を取り出すと紫苑と頭で挟み込むように体勢を取った。
これで喋っていても傍目からは変には見えないだろう。
そんなことを考えていると。
『報告。シオンのストーカー対象である「蓬莱院リオ」なる人物を発見』
「ストーカー言うな!? ……えっ、っていうかリオ様!? リオ様がこの美術館に?」
「ん? 来ていたなら何でギャラリートークに――」
『追加報告』
報告に疑問の声を上げる弌華と紫苑。
両者の言葉を無視してエイブラハムは続けた。
『――蓬莱院リオは何者かに拉致された』
「「は??」」
『ついでに我も巻き込まれた。……助けて』
「「……は???」」
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