第四話:宇宙猫と夏の始まり②



 エイブラハム、空の果てよりやってた来訪者は原生生命体である二人の人間と友好関係を築いた。

 そして、今はこの地球という星の日本という国のことを学んでいる最中である。


 とはいえ事故によって子猫になってしまい能力が大幅に喪失し、本来な本領である情報の収集もままならない状態だ。

 元の状態で行使で来ていた軽々と出来た情報処理速度は見る影もなく、また手段も限られてしまっている。


 そんな状況に自身の弱体化をまざまざと感じてしまう……とはいえ、だ。


 今のエイブラハムに使命が存在しない。

 誰に命じられることもなく、自分の好きに生きていいという自由。

 来訪した当初こそ不測の事態ばかりではあったが、弌華の家という拠点も出来て一通りの生活に問題は無くなった。


 だからこそ、自身のペースで地球のこと、日本という国のことを学んでいこうと――エイブラハムに考え、実行していた。

 あるいは一昔前のエイブラハムになら、保存されている活動記録に残っているエイブラハムならばそれを怠惰だと切り捨てるであろうが。


「いいか、少年。やはり胸だ。あの豊満さの中に男の求める夢と希望が詰まっている。それを求めるものは男の本能と言ってもいい」


「いいや、おっさん。いくらおっさんの意見と言えども、俺は全てを承服するわけじゃないことを知っているよな。やっぱ重要なのは下半身だろ。胸なんて所詮、ビギナー向けの性癖だ」


「マイナーであれば上というのは若者らしい完成だな。確かに最もポピュラーであるのは認めよう。だが、だからこそ奥が深いのだ。というか足とか尻だって結構ポピュラーな部分だと思うのだが?」


「違う! 全然違うぞ。俺が言っているのは下半身……腰から下、全体を含めた造形美だ。腰の括れからのお尻へのライン、そこからスラッと伸びる脚、その総合力」


「ふむ、なるほどライン……か」


「そうだ、大きなヒップの魅力、むっちりとした太腿、それらの魅力も否定はしない。だが、俺はどちらかという全体的にスレンダーというか……お尻はキュッと小ぶりでそれから足もスラッとして長いのが――」


 そんなエイブラハムだからこそ二人の友人、地球の原生生命体である人間という種族の如月きさらぎ弌華いちか有栖川ありすがわ紫苑しおんは要観察対象であった。

 別に何か悪いことをしようと企んでいるわけではなく、特に多く接触個体である二人を通すことで一般的な人間という生命体を分析しようと考えたのだ。



 これらはエイブラハムという種の――の性質によるもの。



 無論、大まかな地球のことは調べられているので人間という生命体は多様的価値観、国籍、人種、性別とで物事の捉え方、考え方も千差万別であるというのは既に承知の上。

 それでも思春期を迎え、一般的に多感な時期である高校生の男女というのはサンプルとしては適格だとエイブラハムは考え、彼らの言動や行動を観察することによって社会を知って行こうとしていた。



「なるほど、少年よ。確かに君の御高説は胸を打った。だが、やはり人は胸に帰るべきなのだ。若人の時は皆、あえて脇道や回り道をするものだがやはり年を取り落ち着きを取り戻すとやはり戻るべきは王道。つまり、胸! しかも豊かな……大変豊かな、品のない言葉で言えば巨乳! 嫌いな男がいようか? いや、居るはずがない!」


「居なかった結果、妻子がいるのにキャバクラに……?」


「妻はその……慎ましかったからな、うん。一人の女性として愛していたのは妻だけだが、何というかそれこれとは違うというか――それはそれ! これはこれだ!」



「おっさん」


「少年」


「おっさんは男だぜ、尊敬する。あんたこそ漢だ」


「よせ、少年」


「アンタみたいな人でも妻子持てたんだから、俺でもがんばればいつかはイケそうだな思わせてくれる――師匠!」


「ふふふ……あれ、見下されてないかな??」



 恐らく、この会話の内容を紫苑へと伝えれば呆れ返るような反応しかしないであろう低俗すぎる猥談。

 エイブラハムは観察対象に選んだ相手の外れっぷりに気付かず、会話内容を記録して分析する。


 凄まじいまでの時間の無駄。

 弌華の家にあったゲームやらラノベやらその他諸々な情報源のせいで、微妙に分析自体は進み無駄に知識を付けていく事態に突っ込む人間はいなかった。



 ここは夕暮れの公園。



 弌華の家とは区域の違う場所にある、さほど大きくもない噴水のある公園で昼間はそれなりに利用する者もいるのだろう、だが大通りから離れて居るのもあってこの時間帯、人気はないに等しい程度。

 そこに居るのは弌華とその頭に寝そべって張り付くエイブラハム、そして「おっさん」と呼ばれている男だけだった。



 ヨレヨレのスカジャンに、ワンカップの酒を片手にブランコに座っているスタイルの壮年の男性。

 エイブラハムがネットサーフィンをしている時に見かけた、リストラされたサラリーマンの図というSNSで挙げられていた絵を思い出した。


 人気のない夕暮れの公園。

 その場の雰囲気というものが哀愁を際立たせ、まさに不審者という名に相応しい様相だ。

 少なくとも真っ当な部類の人間なら近づきたくもないタイプの人間であると言えよう。


 だが、そんな風体に反して服装自体はともかく、身なり自体はその壮年の男は不思議なほどにしっかりしていた。

 髭を生やしてはいるもののキチンと普段から整えられており、肌艶もしっかりとし見かけの年齢からは考えられないほどに身体も厚みがあって健康そうに見える。



 そう言ったちぐはぐさも含めて――「おっさん」と呼ばれる男はとても奇妙な、不審者という単語が一番言い表すに相応しい男であるとエイブラハムは思った。



「しかし、いきなりの猫を頭に乗せて現れたから驚いたよ。ペットを飼っていたなんて聞いてはなかったけど……」


「いや、女の子にモテるかなってつい最近」


「相変わらず浅はかだね」


「ストレートに言うなよ、おっさん」


「そんな小手先の手を身に着ける前に教養を身に着けることだ。教養は自らを磨く助けになる」


「いや、そのスタイルで言われても……」


 くたびれた風体のおっさん相手に胡乱気な目を向けつつ弌華は続けた。


「それに教養と言われてもねぇ。かたっ苦しいのは苦手で……」


「別に勉学に勤しめというわけじゃない。多くの幅広いことにチャレンジして、見識を広めるだけでも違うものだ。芸術や音楽なんてどうだい? さわりだけでも学んでいるだけで随分違うぞ?」


「そういうのって難しくない?」


「まあ、深く知ろうと思えばそれこそ果ては無いがね。少しでも触れて興味を持てるものがあったら記憶しておけばいいんだよ。仲を深めたいと女性が出来た時に誘えば話のタネにはなるだろうし、興味を持ってくれればそれこそ二人の共通の話題となって仲を深めるきっかけになる」


「なるほど……」


「そういう意味では新しくペットを飼うというのも間違いではない。動機自体は浅はかではあるが、そこから話を広げる要素にはなるわけだしね。えっと、エイブラハムくん……だったかな?」


、かもしれない。そもそも雌雄自体がないからどっちでもないらしいんだけど、この際だから決めようと一度議論をしたことはあるんだ。だが、決着はつかなくてね」


「うん、何を言っているのかさっぱりわからないね」


「一人称我な女の子か男の子か、あるいは男の娘か……その魅力について徹底的に話し合ったんだけどねぇ」


 弌華が話しているのはこの間、彼と紫苑との間で起こった論争のことだ。

 「そもそもエーくんって男の子なの? 女の子なの?」という唐突な紫苑の発現から始まった5時間に及ぶ討論で、何故か自分の事なのに最初に『回答。我は無性である』という答えて以降は発言する機会を与えられなかった。

 二人の間で「どれが一番いいか」という激論が交わされ、結局のところ「やっぱ決めない方がいいよね」という決着に行きついたのだが……。



「未知にしておけば無限大の可能性を残すからな」


「流石、師匠。わかってくれたか。つまりは「シュレディンガーの猫」というやつだ」


「相も変わらず少年は馬鹿だね」



 とりあえず、そう結論を出されてしまったのでエイブラハムは自らの雌雄を決めることをやめた。

 そうした方がいいと言われたので。



「それにしても教養を磨く、か。なるほど、考えて見るよ。要するに普段はしないこと知ろうとしないことに積極的にチャレンジしろと」


「ああ、そうするといい。何事も挑戦だ」


「なるほど、何事も挑戦……。最近、ちょっと珍しいことには関わったけどそれを掘り下げるのもなー。まあ、なにか考えて見るよ」


「失敗を恐れずに挑戦できるのは若者の特権だ。存分に挑んでみると良いさ、ダメで元々だ。ちょうど頃合い的に夏休みだろう?」


「それもそうだな。なら、まずは一つチャレンジしてみるか」


「その調子だ、少年。差し当たって何から挑戦してみる気だい?」




「おっさん」


「なんだい?」


「おっさんって娘がいるんだよな? なら俺に紹介してくれない」


「ははは、殺すぞ」



 

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