宇宙猫を拾った話をする

くずもち

第一話:宇宙猫との出会い



『我の名はエイブラハム。遠き星の彼方よりきたる者』


「…………」



 如月きさらぎ弌華いちかは目の前の光景に眼を疑い、現実を疑いつつ、無言でスマホを取り出した。

 そしてほぼ無意識に操作を行い、友人である有栖川ありすがわ紫苑しおんに電話をかけた。



『猫が喋ってるんだけどー!?』


『はあ? 何を言ってるの? そんなわけ――』



 十分後。




『我の名はエイブラハム。遠き星の彼方よりきたる者』


「うわぁああああ!? 本当に猫が喋ってるー!??」




 弌華の部屋に少女の声が響き渡った。




 ……さて、状況を説明する必要があるとは思う。




 男の名は如月きさらぎ弌華いちか、名前の漢字に華という字が使われているのが少しコンプレックスな普通の高校生である。

 一人暮らしへの憧れとの為に、親元を離れて都会の有名校に進学したはいいもののどうにも馴染めず、交友関係も広がらない日々を過ごしていた。


 そんなある日のことだった。

 学校からの帰り道、とあるものを見かけた。


 それは酷く衰弱した様子の青みががかった白い猫だ。

 その猫はゴミ捨て場の中に埋もれるように倒れていた。


 心優しい弌華という好青年は居ても立っても居られずにその子猫を助けたのも当然の行動だったと言えよう。

 正しく聖人、今の心が荒んだ現代の人間とは思えないほどの博愛精神を持つ人間……それこそが如月弌華という男だった。



「いや、嘘つけ。キミが動物好きとか初めて聞いたぞ」


「うるさいな、最近動物好きになったんだよ。動物可愛い!」


「嘘だー、キミにそんな感情があるわけないじゃないかー。どうせ、ペットとか居たらそれを出汁に女の子に話しかけられるかも……とか思ったんだろー?」


「……そんなことはないィ!」



 親元を離れてまで出て来た理由の大半は親の目のないところで彼女を作りたいという、非常にシンプルな欲求だと知っている紫苑、彼女からの指摘に弌華は咄嗟に否定した。


 そんな浅慮な考えをしたと思うのだろうか、予定では今頃彼女の一人でも作って薔薇色の青春を送っているはずなのにクラスでも浮いているレベルで女子との接点がない学園生活に焦りを持っているなどと……。



「そんなわけ……ない、だろう!」


「ああ、うん。ごめんって」



 それはともかくとして拾った子猫は一先ず見た目には大きな怪我もしておらず、家に連れ帰って様子を見て回復しそうになかったら病院に連れて行こうと弌華は考えていた。

 だが、その子猫は単に腹を空かせていただけなのか用意した食べ物をモリモリと食べるとその後は満足そうに寝てしまった。


 知識はなかったが近くのコンビニでもペットフードは簡単に手に入る時代で、ネットで検索すれば詳しくなくても食べさせてはいけないもの、してはいけないこともすぐにわかる今の時代の便利さを嚙み締めつつ弌華は一夜を明かした。

 そして、目が覚めた時には子猫は昨日の衰弱っぷりが嘘のように元気な様子で起きていたのだ。



「うんうん、実に素晴らしいことだね。生き物の命を助けるなんて、キミという人間も偶には社会的に正しい行いをするんだね」


「おい、俺という存在がまるで社会的に否定されるかのような存在はやめろ。まあ、それはそれとしてだ。元気な様子になってホッと一息ついて、「この様子だと病院にはいかなくていいかな? いや、でも万が一ということもあるし……」とか考えてたわけだ」



 弌華はその様子にホッとしながら話しかけた。

 気まぐれとはいえ助けた以上、元気になってくれるのは嬉しいものだった。


 それに動物というのに殊更興味があったわけではなかったがなかったが……即席で作った段ボールに布を敷き詰めて作った寝床、そこでゴロゴロと動く子猫の様子を見てどうしようもなく癒されてしまった。



「なんだ、これは天使か……そう思ってしまったね」


「即落ちニコマか?! どっちかというとペット愛好家とか馬鹿にしてた人種だろ!?」


「俺は掌をぐるぐるする人種だ!」


「知ってるよ!」



 そんなこんなで、弌華は「いっそのことペットとして飼ってしまうのはどうだろう?」と真剣に考えた。

 自分で選んだことではあるが、地元から離れこっちで上手く馴染めずにいた現状にストレスを溜めていた。


 あとはまあ、昴流の言っている通りにペットを飼えばそこから女の子に対してアプローチできるルートが出来るのではないかと……そういう下心が六割ほどあったのは認めよう。



「半分超えてるじゃねーか!」



 兎にも角にもペットを飼うというのは魅力的な案に思えたのだ。

 記憶違いでなければ弌華のマンションはペット禁止ではなかったはず、となると残る問題はペット用品の初期費用だが、それも貯めに貯めた小遣いやお年玉などの貯金を切り崩せば問題はない。


 将来、彼女が出来た時の為のデート代として積み立てていたものだが……。



「まあ、出来なきゃ無意味に積み立ててるだけだしね」


「うるせぇ!」



 まあそんなことを考えながら、その子猫に向けて手を伸ばしたのだ。

 警戒させないように慎重に、だがどこかドキドキとしながら伸ばした手はあっさりと子猫の頭へと到達した。


 あの時の感動を言葉にするにはどうしたらいいのか。


 手を伸ばすこちらの様子に気付いであろう子猫だったが逃げる素振りはまるで見せず、むしろこちらをその手を受け入れるかのように頭を差し出した――ように見えた愛らしさといったら。


 思い返してみればそうだ。


 実家では母親がどうも幼い頃に犬に噛まれたトラウマからか、ペット自体を苦手としていたからそもそも話自体も出てこなかったし、住んでいるマンションもペット禁止なので周りにも特に居なかった。


 精々、地元の友達の家で飼われていた金魚を見たぐらいだろうか。

 実際にこうして触れ合ってみてわかるが、動物とは触れ合ってなんぼだな弌華は思い知った。


 ――「ふふっ、なんだ大人しいな。……なあ、うちの子になるかー?」


 そう言うと大人しく撫でられていた子猫は不意に動いたかと思うと、弌華の右手の人差し指をペロリッと舐めた。

 まるでこちらの言葉の意味を理解して答えたかのようなタイミングで、猫特有のザラッとした舌の感触にピリッとした感覚が指先に走った。





――「ははっ、そうかそうか。……よし、決めたぞ。うちの子にしよう。動物を飼うの初めてだが責任をもって買ってやる。ケージやら何やらは今度の休みにまとめて用意するとして、ペットフードとかはどうするかなー。色々種類がありそうだし、試してから考えてもいいか……」


――『我は「はんばーぐ」なるものを食したい』


――「えっ、ハンバーグって玉ねぎ入ってなかったっけ? 猫にはダメなんじゃなかったか……」


――『否、我はその程度の事では屈せぬ。ゴミ捨て場で見た料理本を見て食してみたいと思っていたのだ。それに場合によっては玉ねぎを使わない「はんばーぐ」もあると書いてあった』


――「そうなのか……どんな味なのかちょっと興味があるな、玉ねぎ無しハンバーグ。それはそれとして、あと決めておくべきことは名前ぐらいか。名前は大事だからな、さて、どんな名前を――――ん、んん??」





 弌華はそこで気付いた。

 一体、誰と会話をしているのだろう……と。

 一人暮らしで当然以外に家の中に人など居ない。


 居るとすればそれは――



『否、我に名は既にある』



 可愛らしい目の前の子猫が喋った。

 一人称が「我」で喋っていた。




『この星の言語に翻訳するならば――我の名はエイブラハム。遠き星の彼方よりきたる者』


「……猫が喋ったぁぁああああ!?」




 状況説明終了。



「……というわけなんだ」


「とりあえず、なんでボクに電話したし? っていうか彼……いや、彼? 結局、何者?」


「知らん。名前しか聞いてない」


「嘘だろ、おい。なんでその状態で僕を呼ぶし」


「いやー、驚きを共有したくて。それに先に事情聴いて、「俺だけ先に知ってますよ」的な態度したらキレるでしょ?」


「あー、それはムカつくわー」


「だから、一緒に聞いた方がいいかなって。ちょっと待ってもらってた。案外聞いてくれた、いいやつだよ」


「いや、確かに驚いたけどさー。……良くいきなり喋り出した相手に対して、「ちょっと待って」なんて要求できるな。まあ、いいや。あー、えーっと、ボクは有栖川ありすがわ紫苑しおんです。それでこっちは既に知ってるかもだけど」


「改めて、如月きさらぎ弌華いちかだ」


『ミヅキシオン、キサラギイチカ……記憶メモリー。改めて礼を言う、イチカ。危ないところを助けて貰った』


「ああ、いえ、うん」


「うわー、本当に喋って……喋って? ……るのかな?」


『仕方のないことだったとはいえ、このようなか弱き個体に擬態してしまったのは失策だった。あのままエネルギーの補給が出来なかったらどうなっていたことか……イチカに感謝を』


「はぁ……。それで改めて聞きたいんだけど、遠き星の彼方よりきたる者とか言ってたけどそれって――」


「そのままの意味で我はこの星の外よりやってきた。この星の言葉で言うならば、我は「宇宙人」や「宇宙生命体」などと称される存在……いや、今の形態を考慮するならば――」


「ならば?」




『「宇宙猫」と呼ぶに相応しい存在であろう』


「「う、宇宙猫!?」」



 これは自称宇宙猫を拾ったことから始まる二人と――一匹?の物語だ。



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