第5話 空回り

 何が起きたのか理解出来ず、腕をペタンと下ろしてぽかんとしていた。すると、後方から走ってきた青年から何かが入った紙袋を渡される。


「はぁっ……、ふぅっ……。とりあえずこれでも食べてください、傷は治らないですけどHPは回復するんで。俺はちょっとアイツら何とかしてくるんで!」


 顔を上げて声の主を見ると、自分とそこまで歳の変わらなさそうな茶髪の青年だった。といっても、所謂ヤンキーや不良のようではなく、真面目で優しいタイプのようだった。

 そんな彼がエンティティたちの方へ走っていくのを見ながら、真っ先に思ったことをAIに向けて呟いた。


「……何でここにがいるの? AI、なんで?」


「同一の『エリア』は全てのプレイヤー間で共有されています。そのため、プレイヤーが別々に同一の『エリア』に入った場合、その中で遭遇することがあります」


 そういうことか……。そういう仕様じゃ『エリア』の中に引きこもっていれば誰にも会わなくて済む、とはいかないか。悪くない案だと思ったんたけど。


「そういえば、これを食べればHPを回復するって言ってたけど」


 さっき渡された紙袋を覗き込むと、その中には何かが紙で包まれていた。

 この袋の見た目から嫌な予感がしていたが、紙袋の中で包み紙を剥がした。


「っ……!? ゔっ、げほっ……ごほっ!」


 中身が露になった瞬間、辛味によって喉を刺すような刺激に襲われ、思わず咳き込む。

 すぐに包みを閉じて紙袋の中に戻したが咳は止まらず、しばらくその場で咳き込んでいた。


「う、何でよりによってこんな……げほっ」


 咳が収まったところで、さっきの青年が戻ってきた。


「はぁっ……とりあえずこれは返させてもらいます、体調が悪くなるだけなので」


「えっ、何か変なものでも……って、あっ!? すみません、かんっぜんに間違えました!!」


 袋の中身を見て自分が何を渡したのか気付いたのか、頭を下げて謝られた。

 というのも、袋の中身は真っ赤な辛いソースをチキンカツに塗りたくり、レタスやら何やらと一緒にバンズで挟んだというものだった。気管の弱い私は、それを顔の近くに持ってきただけで咳が止まらなくなる程だった。


「ごほっ……これを渡された時は何の嫌がらせなのかと思いましたよ。こんなもの食べられませんよ」


「す、すみません……。あっ、これ飲んでください! ちゃんと開けてないやつなので」


 水の入ったペットボトルを渡される。開栓されたり容器に穴を開けられたりした形跡が無いことを確認し、何口か水を飲む。


「ふぅ……ありがとうございます。それじゃあ私はこれで――」


「あ、あの、怪我大丈夫ですかね……? エスカレーターから落ちてましたし、包帯持ってるので腕貸してもらえれば……」


「結構です。助けようとしてくださったことと、悪意が無いことは伝わってますので、これで十分です」


 そうとだけ言い、背を向けてその場から立ち去った。

 しばらく歩き、姿が見えなくなって声も聞こえない場所に来たところで、溜息をつきながら呟いた。


「苦手なんだよなぁ、ああいう優しさだけが先行して相手のことを考えないタイプ」


 そういうタイプの人は尚更執拗にこっちに関わってこようとしてくるし。

 どこの誰かは知らないけど、ああいうタイプの人とは出来れば関わりたくも近付きたくもないなぁ……。


◇ ◇ ◇


 メリアこと芹沢椿が立ち去り、その場に残っていた青年――ノーアは彼女について考えていた。


 あの人……どう見ても芹沢さん、だよな? 同じクラスの。


 ノーア――本名は鷺宮さぎのみや蒼介そうすけ、彼はメリアと同じ高校に通うクラスメイトであった。


「先週は生徒会長に会ったし、こんな何人も知り合いに会えるもんなんだな……」


 メリアに突き返された紙袋を拾い、中の包みを開く。その瞬間、辺りに唐辛子やスパイスの臭いが広がった。


「それにしても、芹沢さん辛いのダメだったのか。とりあえず水は渡したけど、あれだけで大丈夫だったかな……って、一口も食べてないし!?」


 まぁ、口つけてないなら俺が食うか。

 あれ? じゃあ芹沢さんが咳き込んでたのって何だったんだ……?


 ノーアはあの激辛チキンサンドをメリアに渡すつもりは無かった。

 だが、それは怪我人が食べるものではないという配慮からではなく、単に自分が食べるためのものだからという理由だった。


「もし辛いのがダメなら普通の味なら食べれるか? いや、そもそも油っこいものが苦手なのかもな……。ゲーム内なら買っても劣化しないし、とりあえず後で買っておくか。それか、学校で次会った時に誘ってみるか?」


 今日は土曜だから……次行くのは明後日か。月曜と言ったらいつもなら憂鬱になる所だけど、色々話題も出来たし少し楽しみになってきた。


 それより、問題なのは芹沢さんに話しかけられるかだ。

 授業の時間は教室にいるけど、それ以外はすぐどこかに行くんだよな。


「それもそうだよな、自分を虐めてくるヤツが居れば」


 クラスの人達は芹沢さんに対して、虐めるか無視を決め込むかのどっちかで、改善をしようと思う人が誰もいない。先生にも言ってみたけど、第三者の俺だったからかまともに取り合ってくれなかったし。

 せめて俺だけでも味方でいてやれればな……!

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