【完結】婚約者を守ろうとしたら寧ろ盾にされました。腹が立ったので記憶を失ったふりをして婚約解消を目指します。

しろねこ。

第1話 婚約解消を待っておりました

「これで婚約はなくなりましたね」


 サインした書類は見届け人に確認され、滞りなく受理された。

 気づかれないように安堵のため息をつき、私は天井を仰ぎ見て、全てが終わったことにホッとしていた。


(ようやく終わったわ)


 この部屋に居るのは婚約者とその家族と、そして私の家族だ。

 他に侍女と両家の護衛の騎士、そして見届け人を請け負ってくれた宰相と騎士団長。


「今までありがとうございました」

 私は心からの笑みで婚約者に感謝を伝えたのに、同情するような蔑むように眉を顰めてこちらを見ている。


 両親と兄が悔しそうにしながらも、仕方ないとばかりに拳を握りしめ、眉間に皺を寄せているのが見えた。


(そんなに怒らなくていいのよ、お父様。お兄様。今はまだ)

 万が一婚約解消を取り消されては困る。


 私はこの婚約者を愛していない。






 私は目の前にいる元婚約者、ローシュ=フィル=バークレイを愛してはいなかった。


 いや最初は愛そうと努力していたのだが。


 兄のカルロス殿下と違いローシュ殿下はどこか気弱で、優しい性格であった。


 なので私が頑張らねばと気負っていたのだが、そこをどう勘違いしたのであろう。


「あなたは私の婚約者なのだから」

 と言って、私ばかりを働かせるようになっていった。


 剣の腕も魔法の練習も怠り、勉学もそこそこ。


「エカテリーナがいるからね」

 と、余裕の表情で言い放ち、死に物狂いで取り組んではくれなかった。


 確かにローシュ殿下は幼い頃は身体が弱かった。だが今はそこそこ元気になっているし、寝込むこともない。


 しかしそれでも自発的に動いてくれないのだ。


 ローシュ殿下の補佐の為にと侯爵令嬢である私が婚約者となり、色々な面でお世話をしてきた。


 王子妃教育も早々と始め、魔石がないと魔法が使えないこの世界で、珍しくも魔法が使える私は、時折護衛のような真似事をしながら側に仕えていた。


 それが変わったと感じたのは、いつの日かの茶会だ。


「そのネックレス似合うね」


「ありがとうございます、こちらはお父様に頂いたんですの」

 私の髪色と同じ赤い宝石のついたネックレスをローシュ殿下は褒めてくれた。


「君の髪色だ、とても似合うよ」

 にこにこと言ってくれるその様子に私も嬉しくなる。


 褒められれば人間嬉しいものだ。照れくさくなり視線を逸らし俯くと、髪留めも目に入ったようだ。


「髪留めも赤いものか、それも侯爵様からのプレゼント?」


「あ、これは……」


「そちらも似合うよ。でも僕の贈ったものも偶には着けて欲しいな」

 その一言に私は固まり、ローシュ殿下の侍女ポエットと護衛のリヴィオが固まった。


「そう、ですわね。申し訳ございません、配慮が足りませんでしたわ」

 その様子を見て、私は一つの可能性を考えたが、この場で問い詰めることはしなかった。


「そう畏まらなくていいけど、僕の贈ったものを付けたエカテリーナも見たいからぜひお願いね」


「はい」

 曖昧な笑顔で頷き、紅茶を飲む。


 ローシュ殿下は変わらずの笑顔で、私はポエットとリヴィオに目線を送るが、青褪めた顔で目線を逸らすだけだ。


(隠すならばもう少しうまくやって頂きたかったわ)

 ローシュは今までとても上手だったが、今日は何の因果か失態を犯した。


 ネックレスは父からだが、髪飾りはローシュからだ。


 それを覚えていないという事は自分で選んでいないという事、そしてその事は彼の侍従たちも知っているという事だ。


(別に義務は果たしているし、文句はないのですけれど)

 その割には「愛している」とか「君だけだ」とか耳障りのいい言葉をいつも口にしていた。


 政略結婚とはいえ、そう言われて浮かれないわけではないが、今日の事でまた気が引き締まる。


 ローシュは自分を愛していないと確信してしまった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る