抗争の理由
その後、ジキに頼んで、街で隠れていたケラをここに連れてきてもらった。
ちなみに聖屋に面会した後、適当な人間の顔を借りてしれっと新しく宿をとっていたらしい。おかげで見つけるのに苦労したとか。
変な所で逞しい・・・
「そういう訳で12時間以内に黄色矢リカ、そして蛇宮フシメを排除することになったから」
「無理でしょ」
即答だった。
「まず黄色矢リカ、あなたも僕も、彼女に手も足も出なかった」
狙撃、近距離戦闘で、彼女はカオトバシとタンテイクライに勝利した。
単純な力の優劣でなく、そもそも互いの依って立つ基盤がズレているかのように、圧倒的というよりは異質な力を叩きつけてきた。
だから、正しく初めから私たちの間に勝負は成立していないようだった。
だけど今ならわかる。あの時、そんな黄色矢がはっきり動揺していた。
彼女がそんな感情を見せた相手はただひとり。
「もしヒフミさんの推測が正しいならヤマメさん以外の誰もあいつに勝てないことになる」
これまであの探偵と交戦した経験をジキ、それにザザの口から聞かせてもらことで、能力についてはほぼ特定出来た。
最悪なのは正体がわかったことで、私やケラが黄色矢には勝てないとはっきりわかってしまったこと。
でも、何もわからないよりはいい。
それに。
「ヤマメさん、ハガネハナビならあいつに勝てる。こうして私たちが黄色矢から無事に逃げることが出来たのも、それを証明している」
「あんまり無事じゃないと思いますが」
治療室の方を見ながらケラが言う。
「肝心のヤマメさんの治療が間に合うのか、いや上手く行ったとしても戦える程回復するのか・・・彼女のことだから心配いらないですね」
自分で言って、勝手にひとりで納得しないでよ。言いたいことはわかるけど。
「それで残りはここの探偵たちを束ねる蛇宮フシメ、彼に至ってはほぼ情報がない」
一応ヒルメから、彼女の家は「空間に干渉する」能力を多く輩出していると聞いたことはあるけど。フシメという兄がいることとかは、勢戸街に来るまで全く教えてもらえなかった。
当然能力は詳細不明なまま。
「暗殺、急襲、エトセトラを行うにせよ、困難極まる仕事ですよ?」
「・・・私だってそんなことわかってるよ」
何より今回標的の探偵は、どちらも明白な敵意をもって狩りに来ている。
最後までこちらを意識すらしていない名探偵たちを相手にするより、ある意味で厄介な敵だということ。
「じゃあ何で引き受けたりしたんですか」
「仕方がないだろ。ヤマメさんの為だから」
何を言おうと、共闘を断れば彼女の治療がどうなるかわからない。ジキもザザも、無条件に信頼出来る程私は豪胆な性格じゃないんだ。
「それに、ヤマメさんが無茶をして私を助けてくれたんだから、ここで私が思い切ったことをしないと、罪悪感がきつくなる」
「その無謀な行動に僕も付き合うことになるとわかってます?」
それを言われると・・・
でも、引き下がることは出来ない理由がある。
「前に言ったけど、少なくとも黄色矢はこのまま私たちを放っておくはずがない。ジキたちの次は私たちが狙われる」
「確かに好戦的な性格のようですけど・・・」
「何より、ジキの話を聞いて確信した」
探偵団と怪人、体制と反体制、ふたつの組織がある程度馴れ合うことで、かつては曲がりなりにも平穏が維持されていた。
それを容赦なく壊し、外部の力を借りてでも土蜘蛛を壊滅させる今回の動きにまで繋げた。
いくら反対者を排除しようと、たったふたりだけの探偵がそこまで勢力を撹拌するのは極めて困難なこと。
だから、間違いなく協力者がいる。
曖昧な平和より、妥協なき戦を求める。
それを専門にしている人間たち。
「丙見の『
そう一言私が口にすると、ケラの顔色が変わった。
その名前がこいつにとってどういう意味を持つのか。
私は嫌と言う程知っている。
「黄色矢、そして第11探偵団団長の背後には奴らがいる」
ふたりがここに派遣されたのも、おそらく「謝肉祭」の干渉の結果。
そんな回りくどいことをする目的はひとつ。
あの戦争狂いたちは同じことしかしない。
戦争、抗争、敵を見定めそれを潰す、そのあらゆる過程を製造する手法の貯蔵。
無から戦を生む工程の蒐集。
芦間や蛇宮のように最高傑作を生むという目的に進むことすらしない。
過程の為なら目的なんて忘れ去る。
「ケラ、あなたの家族が『果樹園』や『植物園』、その周辺地域でしていたのと同じことを勢戸街で起こす。第11探偵団はその為の道具に過ぎない」
もっとも同胞を斬ってまで戦を起こしたのはトップの探偵ふたりの決断で、奴らはただ手を貸してお膳立てをしただけだろうな。
「謝肉祭」はそういう存在なのだから。
黄色矢とヒルメの兄、彼女たちがそう決めた理由は知らない。
奴らにとってもきっとそんなのはどうでもいいこと。
謝肉祭が求めるのはいつだって実験とその完成だけ。
ここ勢戸街で上手く抗争を起こす。
その過程で為されたあらゆることを統合し、ひとつの手法として確立する。
一度それを生み出せば、後は実践するだけ。
迦楼羅街で、あるいは他の街や村で、奴らは同じことを繰り返し、同じ戦を量産する。
この世界から「名探偵」とその眷属以外の勢力が存在しなくなるまで。
それは最早名探偵や世界の為という大義すら必要としない。
自分たち自身の欲望の為に、未来を一切考えることなく今を搔き乱す。
その結果起きる戦と混乱こそが「謝肉祭」の唯一の存在理由なのだから。
秩序の権化の探偵でもなく、災害のように破壊を振りまくことすらしない。
ただひたすら戦の為の戦を生むことだけを思考して志向する厄災。
丙見の最深部に潜む組織。
それこそ私、芦間ヒフミが最初の「探偵殺し」を成し遂げる過程で戦った最初の敵、謝肉祭だった。そしてその戦いはまだ終わっていない。
土蜘蛛と関わり、ジキの話を聞く中で、そのことを思い知らされた。
多くの脳髄を胞子に浸しあらゆる記憶を操作してなお、私たちはあいつらを殲滅しきれなかった。その不始末がこうして巡り巡ってきた。ヤマメさんが傷ついたのも、黄色矢が私たちを狙うのも突き詰めればそれだけのこと。
ならせめてその企みの末端を、ここで潰すしかない。
だってやりかけたことは最後までやらないといけないから。
「ヒルメ、ちょっといいかな?」
団長室で一連の騒動の報告を終えるとフシメ兄さんが声をかけてきた。
ちなみに先に報告を終えた黄色矢さんは、もう自室に戻ってる。
出るとき「あとは兄妹ふたり、ごゆっくり~」と余計なことを言ってたけど。
ふたりきり。フシメ兄さんと・・・滅茶苦茶に気まずいよ、色々と
「ヒルメ? 聞いてる?」
「あ、ひゃん。何でもない、大丈夫」
いけない、ヒフミさんじゃないんだから、身内相手にビクビクしてられない、切り替えないと。
・・・このタイミングで話しかけてくるってことは、今度の攻勢のことかな。
わたしも黄色矢さんも先刻の戦いを無事目立った負傷をすることなく切り抜けた。鏃を後方に回すしかない状況だから本当に良かったよ。
もっともこの探偵団の誰ひとり、計画の延期を考えていないようけど。
そういう過激な好戦性がここのノリなんだろうか。
・・・何だか少し、気持ち悪いな。
だけど予想に反して兄さんが振ってきたのは仕事以外の話題だった。
「きみが初めて『探偵として』能力を使った時のことだけど・・・」
恩寵の儀。
演習場。
ズレ。
「あの『事故』のことで言っておかないといけないことがある」
事故・・・母さんが消えた・・・
「何で今更・・・」
脳裏にあの時の光景が浮かび上がるのを、必死で抑えながら私が答えた時。
「待たせたね、ヒルメ!」
何の前ぶりもなく、団長室に芦間ヒフミさんが入ってきた。
アレなテンションで。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
3人とも無言。
沈黙が重い。重くて、痛い。
居た堪れない。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「色々思う所はあるけど、かわいい部下の為だから、うん、私もこうして戻ってきた訳で」
この人・・・今の滑りをなかったことにした!
すごい・・・何だか一周回ってすごいよ、この人のコミュニケーション力!
見習いたいとは特に思わないけど。
部屋全体には何とも言えない微妙な空気・・・どうしてくれるかなぁ、この外面取り繕い切れてない陰キャ上司は!
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