魔群

「底? 何私の何を理解したっていうの?」

 私の煽りを受けて、言葉を吐く黄色矢は、それでも油断なく少しずつ距離を縮めてくる。

 数秒稼ぐ。

 そう言っても、黄色矢リカは蜻蛉との戦いでもほとんど傷を負ってない。

 一応外見は生身だろう。こんな異形に当然のように勝つんじゃない。

 ジキの空戦能力は、さっき一瞬見ただけでもわかる。桁外れだと。

 あ、忘れるとこだった。

「ジキ。私の部下を傷つけたこと、後で弁解を聞かせてもらうから」

「・・・・・」

 黙っていてもごまかされない。そこだけは曖昧に出来ない、譲れない。


「だから、数秒の間にぶちかませ。いいね」


 答えを聞く前に、黄色矢が走り出す。こちらを一気に屠るべく迫ってくる、まずい、間に合うかな。

 間に合わせないと。

「っつ!」

 痛みを堪えつつ両腕に刃を再び生成する。この分じゃまともな強度は期待出来ないな・・・

 それでも、はったり程度の効果はあるだろ。

 黄色矢には通用するはずがないけど。

 ジキ、業腹だけど、あなたが頼りなんだよ。


「・・・・蟲、群れ・・・・・」


 激突、探偵の拳と私の刃・・・こいつ終始武器を使わずステゴロを貫いてる。テンション上下肉体派探偵って迷惑過ぎる。

「そい!」

 いつかの再現のように私の刃がガラスのように砕かれる。本当にここまで通用しないなんて理不尽極まるなぁ。

「群れるのは・・・群れるのは・・・」

 ブツブツブツブツ、横たわったままのジキが何か呟いてる・・・けど、まともに聴き取る余裕はない。

「っつ! いつまでも!」防御してばかりじゃダメだと思い、不意を突いて攻撃に転じようとするも。

「温いから、それは」容易に防がれる。本当に私の全てが掌握されている感覚に襲われる。

 でも、一瞬引き付けることは出来た。

「群れるのは・・・蟲」

 後は、任せたよ、土蜘蛛。



「・・・ザザ、治療の時ワレに何をした?」

 たった今自分が出した技を見て、呆然としつつ、ワレは傍らの男に尋ねた。

「『魔群』、歴代の土蜘蛛の戦闘要員が操った秘術」

 着物、というらしい変わった服装のギギは、淡々と術の開設を行った。

「術、とやらを何やら身体に埋め込んだだけで使えるようになるというのが正直納得しづらいが」

「元からあなたが使っていた能力、八式とかいったけどそのお陰であなたは肉体面の強度が相当高くなってるとわかった」

 八式。

 人を異形の怪人に変える手術。それによってワレは圧倒的な空戦能力を持つ怪人「ミダレトンボ」の力を得た。


「だから、これに耐えられると思った」

「うん?」

「普通なら組み込んだ時点で内部から『喰いつくされる』か、逆に破裂するかだから」

 逆って何ぞ。どういう理屈・・・

「というか、そんな剣呑な手術を黙ってやるんじゃない!」

「ジキ、あなたが思っているより内部の崩壊は酷かった。これをしないとどっちみち治し切れるかわからなかったから」

 それを言われると・・・

「この力は土蜘蛛の象徴だから。絶対に必要」

 魔の群れ。潜む魔の顕現。

「俺とジキ、これを使える奴がふたりいれば、どんなに多くの敵がいてもその全てを喰らえる」


 初めに鳴き声のような羽音が響いた。

「形成・・・穴はワレの腹に・・・固定」

 いつの間にか耳蜻蛉の胸に空いた大穴、その中身は暗黒が詰まっていた。そしてその闇の中から。


 ジジジジジジイジジジジイ・・・・・・・


 轟音のような羽の音が響いて、何かが這い出てきた。

 これがジキの切り札・・・何かすごくヤバい雰囲気じゃ・・・


 ジジジジジジイジジジジイ・・・・・・・


 そして穴の中から魔群が出現する。



「っつ! きも!」

 思わず黄色矢が毒づく。私もこれはきついかも。

 出てきたのは飛蝗。数は数百、数千。今まで見たことのない規模の群れが胸の穴から泉のように湧き出ていた。

 不自然な攻撃性を露にしつつ、黄色矢、ヒルメそしてこの場の全てに襲い掛かる蟲の群れ。

 狙われた探偵たちはそれを一振りで薙ぎ払うも、数が多い、多すぎる。

 銃も加速も暴も、この単純な数の優位を覆すのは容易でない。

 それでも異常なまでのタフさでヒルメと黄色矢は何とかこっちに近づこうとしてくる、いやどれだけ適応性あるんだよ!

 私の方が引いてるよ!


「っつそろそろ閉じる・・・から逃れるぞ! タンクラ! そこで倒れとる奴かついでこい!」


 倒れてる?

 そこで私はようやくヤマメさんに気付いた。

 彼女は地面に仰向けに倒れていた。意識を失ってるようで、この騒ぎにも反応しない。

 ・・・・くそ、ここが今日最後の踏ん張りどころ、そう思って行くしかない。


「ハガネっつ! 聞こえていたら速攻で起きろ!」

 大声で呼びかけつつ、何とか彼女の所に這うようにして辿り着いた。


「・・・・・・・」

 起きない。

 ハガネハナビはピクリとも動かない。

「ハガネ! 起きないと・・・・その、私が困るんだっ! だから起きろ!」

 息はしてる。だけどこれなんだよ。装甲で覆われた内部を、ここまで斬ることが出来るのか?

 これをヒルメがやった?

 ここまでの力を彼女が持ってるなんて、そんなの知らない知っていればヤマメさんをひとりで戦わせることも・・・


「っつ! でい」

 そこまで考えて、自分の頬を叩く。

 後悔はいくらでも後で出来る。今考えることはここからの逃亡、それだけだ。切り替えろ。

「おっも・・・」

 再生したばかりで、前より装備が軽くなってるとはいえ、それでもハガネハナビを担いだとたん全身に想像以上の負荷がかかった。

 まずい。支えるだけで精一杯だよ。このままじゃ一歩も動けない。


「安心せい」


 そんな私の耳に、糸追ジキの声が届く。


「土蜘蛛の糸は、地獄の底にも届くんじゃ」


 そして私とヤマメさん、ふたりの身体がふわりと浮いた。

 え、ちょっと今度はなに? ジキはあそこで飛ぼうとしてる・・・置いてかないでよ?


「ふたり、でいいな?」

 違う、担ぎ上げられたんだ。この・・・猿みたいな怪人に。

 私もヒルメも、黄色矢すら全く気付かない内にここまで接近していた。


斑鵺まだらぬえ

 一言、簡潔にその名を猿面は口にした。

「それが俺の号だ。今は憶えなくていい」


 猿じゃない。虎、蛇・・・いろんな動物が混じってる。こういうの何て言ったっけ、確か前に鍵織の兄が言ってたような。

 普段妄言を口走ってばかりでまともに相手にしてなかったから、咄嗟に思い出せない。

「ここから適当にこいつら撹拌してから、うちまで走る。振り落とされるな」

 え、聞き間違い? あなたふたりの怪人を抱えてますよね、それで撹拌って・・・

 私が一瞬混乱するのと同時に、キメラの怪人は魔群に翻弄される探偵たちに突っ込んで行った。


「あなたか・・・『土蜘蛛の王』、会いたかった!」

 迫ってくる者の正体を知って、黄色矢が歓喜の声をあげれば。

「俺もだ。だけど今は逃げるから」

 そんな頓珍漢な返しを鵺が返す。

「これ無理だから!」

 それにしがみつきながら、私が泣き言を漏らす。

 。

 何なんだよ、こいつ。

 怪我人、それもひとりは意識を失ってるのに、それを抱えたまま探偵の群れの中を暴れまわっている。

 蹴り、頭突き、尾を振り回す。

 縦横無尽に走り回る猿面の怪物には銃など無意味。

「逃がす訳がないでしょっ! ここであんたを倒せば、全て終了確定だからさっ!」

 それを見ても一切怯むことなく黄色矢は掴みかかる。

「何なんだよっ。横から掻っ攫って!」

 混乱が解けたヒルメも短刀を構えて斬撃を繰り出す。


 何なんだよ、飛蝗の群れで打ち止めだと思い込んでたら、こうも易々それ以上の混乱が具象化してる。


「追ってこれないよう、適度にお前たちを痛めつける。それだけだ」

 その中でも、どこまでも平坦な声でそう宣言する怪人は、自分の為すべきことを理解し、それを実行する。


 そうだ。

 鍵織ツナゲが言っていた。

 私たち怪人を生む「八級手術」を生んだかつての大国。そこでは様々な動植物を組み合わせた兵士が運用されていた。

 私たち全ての始祖にあたるその存在の名は「合成兵士ジグソーパズル


 ようやく私はそのことを思い出した。

 でもこいつは、この斑鵺はそんなレベルじゃない。

 超絶不本意ながらこうして超至近距離でこいつとその戦いを見ることで、はっきりわかった。


 猿や虎、見えてる部分以外にも、化外がひとつの身体に無理矢理繋ぎ合わさってるんだ。

 それも十、二十といった数じゃない。


「だから、お前たちは俺が望むがままに翻弄されていろ。拒否権はない」


 軽く見積もっても百を超える魔がここにある。


 斑鵺、加羅ザザのひとつの身体が表す、百の魔による百鬼夜行。

 混沌の化身たるそれが今、現世に破壊を振りまいていた。

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